来年も、あなたへ
私が生まれた日は、特別な日ではなかった。
幼い頃の私は、自分の誕生日を一度たりとも特別なものだと思ったことがなかった。
父と母は政略結婚で結ばれた夫婦だった。二人の間には、私が生まれる前から、愛情と呼べるものなど存在しなかったのだという。
そのことを、誰かが私に直接教えてくれたわけではない。幼い子供には難しい話だったのだろうし、大人たちは、子供には理解できない話なら、わざわざ説明する必要もないと思っていたのだろう。
けれど、子供というものは、ときに大人が思っている以上に多くのことを見ている。
父と母が同じ食卓につく日は、数えるほどしかなかった。たまたま顔を合わせたとしても、二人は互いに必要なことだけを口にした。
母が体調を崩して寝込んでいる日でさえ、父は具合を尋ねようとしなかった。父が夜遅くまで書斎にこもっている日も、母が帰りを待つことはなかった。
そして、私の誕生日もまた、いつもと何ひとつ変わらなかった。
贈り物はおろか、おめでとうの一言さえ、もらったことがなかった。
私の誕生日は、父と母にとって特別な日ではなかったのだ。
だからといって、寂しい思いをしている子供に手を差し伸べてくれる使用人がいたわけでも、もちろんない。
それでは私が不幸な子供だったのかと問われれば、そうだと答えるのは難しい。
少なくとも、公爵家ならぬ侯爵家の令嬢として、不自由なく育てられていたのだから。
ただ、私に足りなかったものがあるとすれば、それはきっと、誰かにとって特別な存在になるという経験だったのだろう。
そんな私の誕生日に、初めて変化が訪れたのは、八歳になった年のことだった。
「お嬢様、お嬢様宛てに贈り物が届いております」
侍女が持ってきたのは、手のひらより少し大きな箱だった。
包装紙は質素なものだったけれど、リボンは丁寧に結ばれていた。箱の上には、小さなカードが一枚添えられている。
贈り主の名前はなかった。カードには、たった一行だけ、こう書かれていた。
『お誕生日おめでとう、エリザ』
私はしばらく、その文字を見つめていた。
もしかして、父か母が気まぐれに考えを改めてくれたのだろうか。それとも、遠縁の親戚の誰かが私の誕生日を覚えていてくれたのだろうか。
私はそっと箱を開けた。
中には、小さな兎の人形が入っていた。
木を削って作られた人形で、滑らかに磨かれた胴体にはリボンが巻かれている。片方の耳が少し傾いていたけれど、手作りなのだろうか、なかなか精巧な出来だった。
誰が送ってくれたのだろう。
その日一日、私は何度も同じ問いを繰り返した。けれど、誰に尋ねても、贈り主を知る者はいなかった。
父や母に直接聞く勇気は、どうしても出なかった。
その年から、私の誕生日には毎年、贈り物が届くようになった。
九歳のときには花模様の刺繍が入ったハンカチ。十歳のときには絵本。そして十一歳のときには、小さなガラス瓶に入った香水が届いた。
贈り物はどれもばらばらで、ひと目で気に入るものもあれば、どうしてこれを選んだのだろうと首を傾げたくなるものもあった。
私のことをよく知っているのか、それともまるで知らないのか。さっぱりわからないその人からの贈り物を、私はどうしても捨てることができなかった。
子供っぽい髪飾りも、肌触りのいいハンカチも、香りが強すぎる香水も。
どれひとつ、捨てることができなかった。
そうして、何年かが過ぎた。
十六歳の誕生日を迎えた朝、私はいつものように贈り物を受け取った。
今度の箱は、いつもより少し大きかった。
蓋を開けると、中には淡い水色のドレスがきちんと畳まれて入っていた。レースのあしらわれた袖に、ふんわりと広がるスカート。なかなか華やかな装いではあったものの、色も飾りも、何ひとつ私の好みには合っていなかった。
流行も、ずいぶん前のものに見える。
何より、ウエストの寸法が大きすぎた。
「……まったく、これはいったい何なのかしら」
これまでにも、扱いに困る贈り物はいくつもあった。けれど、今回はとりわけひどかった。
カードには、いつもと変わらぬ短い言葉が記されているだけだった。
『お誕生日おめでとう、エリザ』
裏面にも、箱の中にも、贈り主の手がかりになりそうなものは見当たらなかった。
もう十六歳だ。
八歳のときに初めて贈り物を受け取ったのだから、これで九つ目になる。その間、贈り主の正体を突き止めようと何度も試みたけれど、いつも空振りに終わっていた。
もしかすると、誰かが私をからかっているのかもしれない。そんな考えが一瞬頭をよぎったけれど、すぐに首を振った。
まさか、九年ものあいだ、人をからかうためだけに、金と時間を費やす人がいるだろうか。
私はため息をつき、ドレスを再び箱にしまった。
気に入らないからといって、捨てるわけにはいかない。これまでに受け取った贈り物も、すべて大切に保管してきたのだから。
ただ、このドレスだけは、どこかに押し込んで二度と取り出さないつもりだった。
少なくとも、そのときまでは。
数日後、私は古い贈り物を取り出してみた。
特別な理由があったわけではない。新しいドレスをどうしようかと考えているうちに、ふと、以前もらった品々のことを思い出しただけだった。
ひとつずつ眺めてみると、改めて、ずいぶんたくさんの品があることに気づいた。
それなりに大切に保管していたおかげで、ひどく傷んだものはなかった。ただし、絵本だけは少し事情が違った。
その絵本は、もともと私のお気に入りだったものだ。
七歳のとき、下女が誤って捨ててしまった本だったので、贈り物として届いたときは、もう子供っぽい本なのにと思いながらも、どうしようもなく嬉しかった。
何度も読み返して、すっかり古びてしまった絵本だった。角は擦り切れ、ページをめくるたび、古い紙特有の匂いがした。
幼い頃は、物語をすべて暗記してしまうほど読み込んだものだ。けれど、いつの間にか、自然と別の本に手が伸びるようになっていた。
私はゆっくりとページをめくった。
最後のページに差しかかったとき、紙の下のほうに、小さな文字が書き込まれているのを見つけた。
『エリザが、この本をひとりで最後まで読めるくらい大きくなっていますように』
私が文字を完全に覚えたのは、八歳になった年の春だった。
そして、私が七歳になった年、この屋敷を去った人が一人いた。
私の乳母だった。
そこまで思い至ると、文字を読むのがまだおぼつかなかった私に、いつも代わりに本を読んでくれた乳母の声が蘇った。
声の次に浮かんだのは、日に焼けた丸い顔、優しい眼差し。そして、私が何よりも好きだった、ごつごつとしていながら温かな手だった。
乳母は、私が生まれた日から七歳になるまで、ずっと私の世話をしてくれた。
幼い頃の私は、世界で一番、乳母が好きだった。
彼女がそばにいてくれた頃は、誕生日が特別な日でなくても、それほど寂しくはなかった。
乳母は誕生日が来るたび、必ず私を抱きしめてくれた。そして、私が生まれてきてくれて嬉しいと、そう言ってくれたから。
けれど、七歳になった年、乳母は屋敷を去った。
なぜ去ったのか、正確には覚えていない。
大人たちは私に何かしら説明してくれたのだと思う。けれど、幼かった私に理解できたのは、もう乳母が来てくれなくなるということだけだった。
最初の数か月、私は乳母が戻ってくるのを待ち続けた。
こうしておとなしく待っていれば、いつか扉が開いて、以前のように私を抱きしめてくれるのではないか。そんなことを考えていた。
けれど、待ち続けても、願いが叶うことはなかった。
やがて、乳母のいない暮らしにも慣れていった。
誕生日が来ても、私を抱きしめてくれる人はいない。生まれてきてくれて嬉しいと、そう言ってくれる人もいなかった。
そんな日々の中で、ある年から、差出人のわからない贈り物が届くようになったのだ。
「……まさか」
私は久しぶりに、贈り物の出所を探してみることにした。
かすかな期待を胸に、乳母の故郷を尋ねた。幸い、長くこの屋敷に仕えている侍女の一人が、乳母の生まれ育った土地を覚えていた。
ほとんど思いつきのように訪ねたその村で、私は小さな郵便局を頼り、ようやく乳母の消息をつかむことができた。
「もしかして、マリーさんをお探しですか? 昔、このあたりに住んでいた方ですが」
「はい、今はどちらにいらっしゃるか、ご存じでしょうか?」
女性はしばらく私を見つめたあと、痛ましそうな表情を浮かべた。
「マリーさんなら……何年か前に亡くなられました」
一瞬、何を言われたのか、理解できなかった。
「……え?」
「病を患っていらしたんです。最期の頃には、ずいぶんお体も弱っていました。それでも、亡くなるまでは、ときどきこちらに顔を出されていましたよ」
私は乳母がどこにいるのかを尋ねに来たのだ。
もし会えたなら、何を話そうかと考えてもいた。
どうして屋敷を去ったのか。あれからどこで暮らしていたのか。そして、なぜ毎年、私の誕生日に贈り物を送ってくれたのか。
けれど、その問いに答えてくれる人は、もうこの世にはいなかった。
女性は私の顔色をうかがいながら、慎重に言葉を続けた。
「マリーさんが生前、こちらに預けていかれたものがあるんです。もしかして、お嬢さんのお名前はエリザ様ではありませんか?」
私は答える代わりに、こくりと頷いた。
「マリーさんが亡くなる前に、預けていかれたんです。毎年、お誕生日になったら、ここから送ってほしいと。あらかじめ、贈り物を用意しておられたんですよ」
そう言って女性が差し出したのは、古びた支出帳だった。
そこには乳母の名前とともに、決して少なくはない金額が記されていた。
私がどんなふうに育ったのか、もう知ることはできなかったはずなのに。
どんな色が好きになったのか、どんな服を着たいと思うようになったのか、どんな本を読んで日々を過ごしているのかさえ、知らなかったはずなのに。
それでも乳母は、私が迎える誕生日をひとつひとつ数えていたのだ。
好みに合わないと首を傾げた香水は、乳母が私を抱きしめるとき、いつも漂っていた香りだった。
子供っぽいと思った髪飾りも、幼い頃の私なら、きっと大喜びしたに違いない。
幼い頃の私は、今より少しふっくらとしていた。あのまま成長していたなら、ドレスの寸法もぴったりだったのかもしれない。
乳母は、私が成長していく時間に触れることができないまま、自分の記憶の中にいる、最も愛らしい七歳のエリザを思い浮かべながら、贈り物を選んでいたのだ。
その日の午後、村人に案内されてたどり着いたのは、村外れにある小さな墓地だった。
マリーの墓は質素なものだった。名前と生没年が刻まれた墓石の下には、誰かが供えた小さな花束が置かれていた。ときどき訪ねてくる人がいるのだろう。
私は墓石の前に膝をついた。
何を話せばいいのかわからなかった。
伝えたいことはたくさんあるのに、いざ目の前にすると、何から口にすればいいのか、見当もつかなかった。
長いこと迷った末、私はようやく口を開いた。
「……今年の誕生日に届いたドレス、正直、ちょっと野暮ったかったわ」
思ったよりも自然に声が出た。
「本当にもう、流行なんて毎日のように変わるのに、ずいぶん前からドレスを用意しておくなんて、どういうつもりなの! ウエストだって大きすぎたんだから!」
私は少しばかり悔しそうに、墓石に向かって声を張り上げた。
返事はなかった。
「……でも、もったいないから、お直しして次のパーティーに着ていくつもりよ。もしドレスを褒めてくれる人がいたら、そのときは、あなたの見る目もそう悪くなかったって認めてあげる」
伝えたいことは、たくさんあった。
同時に、口にしたくないことも、たくさんあった。
贈り物は嬉しかった。私は元気に育っている。
十六歳になったのだから、そろそろ結婚について考える年頃でもある。
寂しくなんかないと言いたかった。けれど、私は今も寂しかったし、これから先のことを考えると、不安も尽きなかった。
これからどう生きていけばいいのか。どんな人と結婚することになるのか。自分は本当に、誰かと一緒に生きていけるのだろうか。
もし子供を産んだら、その子を愛してあげられるのだろうか。
私が生まれてきたことを喜んでくれる人さえいなかったように、私もまた、自分のもとにやってくる小さな命を、何とも思わずに迎えてしまうのだとしたら。
「……たぶん、私は愛してあげられると思う」
乳母がしてくれたようにすればいいのだから。
乳母は、私を愛してくれた。
私がどんな人間なのかも、これからどんな人間になるのかも知らなかった頃から。
私がその愛を覚えていられないほど幼かった頃から。
そして、私が成長して、いつか彼女のことを忘れてしまうかもしれない未来までも。
私はゆっくりと立ち上がった。
スカートについた土を払い、墓石のそばに置かれた花束の隣に、小さな花を一輪添えた。
「来年も、また来るわ。」
私は少しだけ笑った。
「そのときは、ドレスがどれくらい素敵だったかも教えてあげる。もちろん、お直しがうまくいっていたらの話だけど」
来年は、どんな話を聞かせてあげられるだろう。




