嫉妬と言う名のおぞましき病巣について
それは、愚かな己の満たされない心からなる身勝手で気持ちの悪い感情だ。
自覚はあった。幾度のその感情が湧き上がる自分を死ねばいいのにと蔑み、されど、手首に刃を差し込む度胸のない己を何度も恥じてきたからだ。
だが、それでも、どれだけ自罰的に己を罰し二度とそのような感情を出さぬよう、封じ込めようとしても、物理的に釘が打てるわけでもないがゆえに、その感情はあふれ出す。
今だってそうだ。
私は、友人を妬んだ。
自分を擁護するようで気持ち悪いが、ほんの小さな嫉妬だった。
その友人は、頼れる人間だった。少なくとも私はその人物に一切の悪感情は抱いてなかったはずだ。いなかったはずなのだ。
誰からも頼られるいい人で、年下ながら自己管理がうまく、面倒事が起こった時対応してくれた。
それだけ人望が多い彼だからこそ、彼の身の回りのことでトラブルが起こった時、彼を助けようと何人もの人間が動いた。
私は、気持ち悪くおぞましくもその事実を羨ましいと思い、その感情に引きずられたせいで私は彼を心配せずに‥‥‥一瞬、されど一瞬、妬んで、いい気味だと思ったのだ。
吐き気がした。そう、一瞬思った自身を信じられないと動揺した。自分が二人いるように感じた。気持ち悪くて気持ち悪くて仕方なかった。なんで、どうしてと、叫びそうになった。
人間、ここまで落ちぶれることができるのか。嫉妬だけで、友人に向かって、唾を吐くことができるのか!?
こんなの自分ではないと、否定したくて仕方がなかった。皮の面をはぎ取って、自分を自分ではないモノにしたくなった。
出来なかった。
死にたいと願った。
願うだけだった。
薄っぺらくて、気持ち悪かった。
ユニットバスに体を横たわらせ、水面を覗き込んだ。
自分の顔が見えた。
友人を、妬み蔑んだ罪人の顔が。
ぐちぐちねちねち己を罰する。
それだけが正しいことであると、願って。
誰もそんな自罰を望んでない事は私は知っている。だから、これは自分を許せない、己の私刑の私刑だった。
首を絞めた。自分の首を絞めた。
湯の外にある首元は思ったよりも冷たく、自分の手のひらは思ったよりも温かくなかった。
お風呂の中であるからか、指の裏から感じる血流は早く感じた。
首を両腕で握りしめた。力いっぱい、血管を押しつぶした。
ぎゅっと、内側から外へと何かしらの圧がかかったのか目が痛くなる。
いつもよりもずっと早く、気持ちが悪くなり、頭がくらくらして、苦しくなる。
「がはッ」
呼吸が戻る。意識が元に戻る。目だけが痛いまま。
許したくない。そもそも、誰かに許されようとすること自体が気持ち悪い。これだってそうだ。書いてる今でさえ気持ち悪くて、けど一時的でも、この嫉妬と言うがんへ形を与え切り捨てないと、死にたくなりすぎておかしくなりそうなのだ。
狂気が欲しかった。その、自罰的な思考のまま、一歩先へ踏み出せる強さと正しさが欲しかった。
だけど、私にはそんなものが無い。どこまで行っても自分が可愛くて、どれだけ憎んでも、殺せない。
今だってそうだ。首を絞めても十秒後には首から手を放して、死んだように天井を見上げるばかりだ。
でも、それでも、この自罰だけはずっと永遠に続けなければならない。意味が無くても、狂気に侵されて一歩先へ踏みだすことができないとしても、私は私をおぞましいと思い、気持ち悪いと思いながら、半殺しにして、死に続けながら生きなければならないのだ。
死ねないのだから、そうするべきなのだ。
そうして、この心に巣くうおぞましい嫉妬が怪物へと羽化しないように、一瞬の妬みと蔑みが常習化しないために、私は私を生きる価値のない汚物と称しながら生きるのだ。
それがきっと、一生癒えないこの病巣と生きる人生の処世術だと、信じて。
不器用、なのだろう。だけど、私にとってこれが一番「正しい」と思えるのだ。
‥‥‥気持ち悪い。




