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砦の女王ヘイゼルにたりなかったもの  作者: くろつ


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侍女が砦にやってきた 3

『王族の女性としての品格を』


 ヘイゼルに身につけさせたいとガーヤからは言われている。


(努力家で愛すべきかたではある……しかし……品格)


 ヘイゼルが馬に近づくと、馬は彼女に会えた嬉しさを隠そうともしていない。見ているミシャがはらはらするほど大きく首をふって喜びを表現している。ほっそりしているヘイゼルが怪我でもしないか、見ているほうが心配になった。


(しかし郷に入っては郷に従えというし……来たばかりの自分があれこれ口出しするのもどうか……)


 そのときである。


「頑張りすぎだとおれも思うよ」


 不意に声がかかり、ミシャはびくっとする。

 振り向くと、この砦の三代目の主であるアスランが岩に寄りかかるようにして立っていた。


「料理や馬の世話をさせるために、王宮からかっさらってきたわけじゃないんだけどね」


 なんと返したらよいかわからず、ミシャはひざを折って腰をかがめるにとどめておいた。


「でもうちでいちばん扱いの難しいオス馬が、ヘイゼルにはでれっでれなんだよね……」

「とても好かれておいでなのですね」


 まずは模範解答を口にしてみたミシャである。

 アスランは、うーんといって腕組みをした。


「そうなんだけどね。だからといって、乗れるわけでもないんだよなあ……あいつ、あんだけヘイゼルを気に入ってるくせに、ヘイゼルが乗るとがんとして動こうとしない」

「……」

「まあそこがね、面白いとこでもあるんだけどね、馬ってね」

「危なくはないのですか?」


 すりすりと頭をヘイゼルにすりよせている馬を見ながらミシャは聞いてみる。馬からしたら甘えているだけなのだが、ヘイゼルはそのたびによろけていた。


「危ないよ」


 アスランはあっさり答えた。


「たまにいとしさ余って頭突きされてるしね。今のあれだって人間からしたら痛いけど、馬からしたら軽めのスキンシップなわけだし」

「でしょうね……」


 ふたりが会話している間、馬は遠目にも明らかなほどヘイゼルのことが好きでならないようだった。アスランはそちらを指していう。


「あれに、嫉妬したほうがいいと思う?」

「もしや、お返事をしたほうがよろしいので?」


 アスランはかかかと笑って寄りかかっていた岩から身を起こした。


「まあ気がむいたらその心の声聞かせてよ」

(──!)


 読まれていた、とミシャは思った。思っていることが顔に出るタイプではないはずなのだが。

 この人実はあほなのかな、と思ったことや、なにをのんきにしてるんだろうと思ったことや、あれやこれや。


「ところでさ、ミシャ・ダルリンブル」


 家名を呼ばれてミシャは思わずびくっとする。

 今はもう消えてしまった名前である。その名で呼ばれるのは何年ぶりかもわからない。

 ミシャの動揺を知ってか知らずか、アスランは続けた。


「戦わずに勝つ方法があるとして、きみならどうする」


 どきんどきん、心臓が強く跳ね始める。

 わたしをダルリンブルの娘と知ってその質問をするというのは、これは、なんのテストなのか?


「ど、どういったお話をされているのかとっさにわかりかねます」

「そうか、じゃあ説明しよう」


 アスランはざっくりと現状の砂漠の部族の力関係について説明した。

 砦の立ち位置や他の部族との関係性などを。そのうえで、諸外国がいかに砦の資源を手に入れようとしているかも。


「おれたちは当初、最低限の武力があればそれでいいと考えていた。ここで産出される石と砂を小出しに流通させて砦に集まったやつらを養っていく。それで平和にやっていけると思っていたし、途中まではうまくいってた」


「あ、あの、アスランさま」

「だが正当な取引でほしいものを手に入れるのではなく、武力で強引に手に入れようと考えるものもいる。と同時に、砂漠の部族など対等な人種ではないとさげすんでまっとうに取引をしたがらない人種もいる。そこへ加えてヘイゼルの嫁入りだ。俺とヘイゼルの間に男の子でも生まれた日には、オーランガワード王家の血をひく男子が生まれることになる」


「あの、そんなことを入って間もないわたしに……」

「端的にいうと、俺が目指しているものは、諸外国に攻め込む気を起こさせないほど強くなることだ。具体的には、諸外国列強の思い通りにならないこと。そして自主的に砂漠の他部族と結びつくこと。──だが、ここまでだ。具体的なプランはなにもない。俺の考えはそのあたりで止まっている。そこで聞きたい。ミシャ・ダルリンブル。戦わず勝つためにきみならどうする」


 途中まで、どうにか話をそらそうと懸命だったミシャであるが、それは無駄な努力だった。

 彼の話は興味深く、あまりに切実だったからだ。


 わかる。相手につけこまれないほど強くなりたいと望む気持ちが。

 ミシャには痛いほどわかる。


「──もし、わたしでしたら」


 知らず知らず、頭の中心が冷たくなった。

 頭の中に澄んだ泉がある気がする。

 泉にはこれまで蓄積してきた知恵や知識が無数に沈んでおり、選ばれるのを待っている。

 ミシャはその泉からもっとも適した考えを掬い取ると、ゆっくり続けた。


「戦わずに勝つためには、まずは力をためます。摩擦は極力起こしません。防御にだって労力は使うのですから」


「それからどうする」

「どうもしません。攻め込まれることを不安がって右往左往していては無駄に消耗するからです。いつも通り、平和に暮らせばよろしいと思います。そのかわり、情報は常に更新するように留意しますね」


「なるほど」

「きわどい情報を優先的に手に入れるためには、人間関係がかなめです。なにも、気に入らない有力者と無理に社交しろというのではありませんよ。ご縁があって出会った人々をごく当たり前に大切にすることで、いつか自分に必要な情報が出回った時には、かならず優先して耳に入れてもらえます」


 なるほどな、とアスランはいった。


「きみがいうのはこういうことだろ。武力に自信があるものほど率先してそこを尖らせたがるが、そうした動きは諸外国にも必ず知れるものだし、知れたときには無用に相手を刺激してしまうと」

「その通りです」


 さすが、アスランは若くとも砦の主だった。ミシャがやんわり告げたことの本質を一瞬でつかんでくる。


「そうか──戦況が停滞している時、男ってのは派手に動いて事態を打破したくなるものだが、そういう時こそ地味にコツコツなにかを積み上げるべきなのかもな」

「わたしはそう考えます」


 ミシャがいうと、アスランは腕組みをしてしばし考え込んでいた。

 沈黙──長めの沈黙。

 心配になるほど長い時間が過ぎてから、アスランは、「よし」といって顔をあげた。


「ありがとな! これから末永くよろしく!」


 アスランが勢いよく手を差し出してきたので、ミシャも思わずつられてそれをとった。

 男女間のそれではない、仲間としての握手だった。


(──いまのは、なんだったの)


 ミシャが呆然としているのをよそに、アスランは身軽に駆けていくと馬とヘイゼルの間に割って入った。馬が邪魔されて怒っている。


「おれ、ちょっと走ってくるよ」

「行ってらっしゃい」


 アスランはヘイゼルの額に軽くキスをすると、怒っている馬に手早く鞍を乗せ、くつわをかませてそこから連れ出した。あれだけ不満たらたらだった馬は彼が上に乗るとぴたりと大人しくなった。

 ふたりきりになって、ミシャはよろよろとヘイゼルのそばに近づいた。


「姫さま」

「なあに」


 いまのはなんだったんだろう。

 目の前で起きたことがとっさに理解できない。


(うちの実家は特別だった。ダルリンブルの一族なら、たとえ女であっても戦略や戦術について学ぶことはよしとされていた。でも家から一歩外に出たら、かたく口を閉ざしていろと教わった。女が軍事に口を出すことを世間の男は好まないからと)


 胸がどきどきしていた。

 わたしは今、自分の意見を口にしたのか? 彼はそれを受け入れたのか? 砦の頭領たるアスランが、入ったばかりのよそものの、しかも女であるわたしの意見を?


(──ありえない)

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