侍女が必要だとガーヤは思った 4
ジャジャを追い返してほどなく、エナ女官長がひとりの女官を伴って帰ってきた。
あぶなかった、と思う。
もうちょっとタイミングが遅かったら、息子みたいな男の子をゴリゴリ追いつめている元女官長の図式をあやうく見られるところだった。
「お待たせ、ガーヤ」
エナの後ろにいるのは背の高い、姿勢のいい女性である。
「ミシャでございます。お呼びとうかがい参上しました」
それだけいって、ミシャは膝を深く折る目上のものへのお辞儀をした。
「よろしく、ミシャ。あたしは先代の女官長をやっていたガーヤといいます。今はただのおばさんですけどね。よかったら座って話を聞いてくれますか?」
ミシャは今一度頭を垂れて無言の挨拶としたが、ソファに腰掛けることはせず、ガーヤの斜め前あたりにきちんと両手を揃えて立った。ここで話を聞くということらしい。
そこまで、わずか数分。
(この子にしよう)
ガーヤはきっぱりとそう思った。
まだろくに会話も交わしておらず、ほとんど直観である。
ただガーヤ自身、かつては王宮内の500人以上の女たちを束ねていた手前、人を見る目はそこらのおばさんのものではない。
まずは姿勢がいい。落ち着きがある。知らない人の前でも視線がぶれない。呼ばれた事情も知らないはずだが身体の前でそろえた指先がそわそわ動くこともない。
多分この子は心が強い。意志も強い。そういう子だからくせも強いかもしれない、だがそれでいい。
「仕事中に呼び出してしまってすみませんでしたね。アズマイラさんのところにいるんですもんね?」
「はい、ですがご懸念には及びません。エナさまが直接顔を見せて呼びに来てくださいましたので」
「そう──働いていて困ったことやつらいことはありませんか?」
「とくにございません」
そんなやりとりをいくつか交わして、ガーヤの直感は確信に変わる。
声がいい、話し方もいい。余計なことをいっさいいわないということは頭もいい。
お茶を飲みながら、ミシャを改めて観察してみる。
すっきりした顔だちと頬の線をしている。きっと化粧でかなりの美人になるだろう。それなのに第一印象は『どこにでもいる地味な女官』だ。
あえてやぼったく見せている。ということはやっぱり頭がいい。
(うん、この子にしよう。この子がいい)
会っていくらもしないうちに、ガーヤは胸の内で決めてしまった。
と同時に、エナ女官長がいっていた懸念も理解できた。
感情を表に出さないようにつとめている娘なのだろう。それでも、かすかに、疲れが表情ににじんでいる。これだけしっかりした子がわずかにでもそれを表に出すということは、そうとう参っているのだった。
ガーヤはもう一度たずねてみることにする。
「働いていて、つらいことはないですか」
「はい、ございません」
即答である。まるで誰に聞かれてもそう答えると決めているような。
それでも目のあたりには隠しきれない疲れが見える。
(危険な兆候だね)
おそらく今が分岐点であり、これを過ぎれば再びなにも悟らせないようになってしまうのだろう。
(こういう娘をつぶしてはいけない)
ガーヤはぐいと前のめりになった。
「本当に、なにもつらいことはないの?」
「──はい」
ミシャは答えた。
もちろん本音ではない。本音など、この後宮で口にする女はひとりもいない。
「お気遣いに感謝いたします。なんとかやらせてもらっております」
とはいえ、まったくの嘘でもなかった。
つらいかと聞かれれば、つらくはない。
みぞおちのあたりが常に硬くて、なにかつっかえているような感じがするだけで、つらくはないのだ。嬉しいと思うことも特にないが。
「そうですか。今日はあなたを口説きに来たんですけど、話だけ聞いてくれますか?」
「──はい、うかがいます」
「あたしが今いるところには、かつての第五王女殿下がいる。姫さまの侍女を探してるんですよ。あなたさえよかったらお願いしたいと思うんだけど」
「王女殿下……」
「そう。ただし場所は砂漠の真ん中で、不便も多く、王宮のような暮らしはのぞめません。友人や家族ともめったに会えなくなると思うからそのつもりで」
「なるほど……」
珍しくミシャは口をつぐんだ。
どこまで真に受けたらいい話なのだろうと思ったのだ。
あまりに唐突だし、予想外でもある。
ここまでは黙って聞いていたエナ女官長がこらえきれずに吹き出した。
「ガーヤったら、普通引き抜きというものは、嘘でも今よりよい条件を示すものよ」
「嘘をいって連れていこうとは思わないさ」
エナ女官長はおかしそうに笑うと、ミシャを安心させるようにいった。
「いいのよ、今すぐにお返事しなくても。話を聞くだけで十分なのだから。ゆっくり考えてくれれば……」
あの、と控えめにミシャが声をあげた。
「ガーヤさまは、砂漠からいらっしゃったのですよね」
「そうね」
「ということは、そう頻繁にこちらにいらっしゃることはできない。合ってますか?」
ええ、と女ふたりは首肯した。
ミシャは少し首をかしげて考えるそぶりをみせてから続けた。
「わたしを、お望みなのですね」
「そうだけど、あなたの気持ちが一番だから」
「いえ、でしたらわたし、行きます」
即答したミシャに中年女ふたりのほうが驚いた。
「あなた……本当にいいの?」
「はい」
迷いはなかった。理由などない。
命じられたら行くだけだとミシャは思った。
それに、はるばる砂漠を超えてやってきたということは、おそらく急いで決めた方がよい話なのだろうとも思ったのだ。
「砂漠なんて、行ったこともないでしょうに」
「はい、ございません」
エナ女官長は驚いたような顔をしていたが、ミシャは冷静だった。
そこがどんな場所だとしても関係ない。
(地獄の種類が変わるだけのことだ)
ひんやりした気持ちで、そう思った。
地獄へ行くのは、なれている。




