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砦の女王ヘイゼルにたりなかったもの  作者: くろつ


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熊もたおせる彼女は 5

 砦に帰りつくと、ヘイゼルはほっとした顔になった。

 今はその気持ちがミシャにもわかる。ゴツゴツそびえる岩の砦は、外敵から守ってくれる安全基地のようにみえた。


「おかえり」


 迎えに出てくれたウースラに、挨拶もそこそこにヘイゼルはいった。


「ウースラあのね、さっきのかたが来ても、多分もう来ないと思うけど、絶対取り次がないで」

「ほう?」

「わたしもそうだけど、ミシャとも絶対会わせないで」

「……ほう」


 ウースラの目が底光りする。


「なに、どうしたの」


 実はかくかくしかじか。ヘイゼルが説明している間にも、女たちが三々五々集まってくる。

 なになにどしたの。さっきのチャラけた貴族男がああでこうで。なんですってえ。


「その男、常識がなってないわね」

「そうよ。店の女の子を外で見かけたら、どっちも知らんぷり。当たり前のことでしょうが」


 世慣れた女たちが一緒になって怒るなか、ミシャはいえいえと首を横にふった。


「娼館にいたのは本当のことだし、わたしが悪いんです」

「ミシャは悪くない」


 ぴしりといったのはヘイゼルである。


「ミシャは悪くないわ、そうでしょう。逃れることができなかった運命は、あなたのせいであるはずがないわ。むしろ、その運命を乗り越えてここにいるあなたは、運命に勝ったといえるのではなくて?」


 頭をガツンとやられた気がした。

 目の前に火花が散ったかと思った。


(──わたしが、運命に勝った?)


「ほんとにそうね」

「うちの女王のいう通り」


 砦の女たちが口々に同意する。


(そんなこと、はじめていわれた)


 そんなふうに考えたことはなかった。感情を殺して、どうにかしのいできたつもりの日々だったのに。


(どうしよう、泣きそうだ)


 ヘイゼルは続ける。まるで宣言でもするように朗々と。


「あなたが乗り越えた過去を指摘して侮辱するような人とは、今日も、これからも、わたしが戦います」


 よしよくいった、さすが女王。

 女たちからは賛同の拍手が起こる。


 なんだどうしたと顔を出した男たちに、輪の外側にいる女が説明をしている。

 なんだその男は。クズだな。今度会ったら一発ぶん殴ろう。


 男たちの声も聞こえて、ミシャはこらえきれなくなった。

 袖のはしで涙をぬぐう。ぬぐいきれずに涙が頬をつたって落ちる。

 この人たちの本当の仲間になりたいという気持ちが胸にこみあげてきて、抗えなかった。


(ここにいたい、ずっとここにいたい)


 声もなく泣いているミシャの横で、ウースラが腰に手をあててにやりと笑った。


「これからますます忙しくなりそうね」


 あまり爽やかな笑いではなかった。おそらくラウルに今後どうやって復讐するかを考えているのである。

 ラウルと直で会ったことのないアデラがいう。


「バルグドとどっちがクズ?」

「バルグドはただのばか。クズは今日の男がダントツで上」

「そう、それでばかとクズは別もの」


 女たちがあまりにも的を射たことをいうので、ミシャは涙も乾かないまま素でコメントした。


「間違いないですね」


 腰の曲がった厨房のばあさまが言う。


「ばかな点ではどっちもどっちじゃないのかい」

「それはそう」


 女性陣全員、万感の思いを込めて相槌する。


「バルグドはね、確かにプロポーズにナマズを持ってくるとか空気の読めないばかだけど、クズというにはちょっと足りない」

「クズになるにはおつむがちょっとね」

「見た目もね」


 女たちは好き放題、かばっているのかそうでもないのかわからないことをいう。


 誰も、ミシャに『もう泣くんじゃない』というものはいなかった。

 だから安心してミシャは涙を流し続けた。そうしながら、ああでもないこうでもないとクズ男談義をおっぱじめる女たちの話をうんうん聞いたり、ときに積極的に話に混ざったりしたのだった。


 ◇◇◇


 そのしばらくのち。

 隊商都市サランの定例市でのことだった。


 満月と新月にひらかれるこの市場には近隣の砂漠の部族のみでなく、大陸の人間もやってくるため、人種も肌の色も様々な人が集まる。各地の果物や野菜、布や雑貨にいたるまで、ありとあらゆるものが並ぶのである。


 いつもの果物屋に砦の女たちが行くと、なぜか、果物屋のおばちゃんはヘイゼルを見るなり顔色を変えた。


「ちょっ、ちょっ、女王あんた、ちょっおいで!」

「?」


 手首のスナップをきかせて激しく手招きされたので寄ってみると、これ知ってるかい、と一枚の姿絵を見せられた。

 姿絵の中央にはヘイゼルが描かれている。見るなりヘイゼルはきゃっと口元を覆った。


「なによこれっ」

「すんごい売れてるよ……」


 狼と虎をムチでぶったおし、ついでに大ヒグマの頭を片足で踏みつけにしている絵だった。絵姿のヘイゼルはムチを両手でピンと張って見せつけるように挑発的な流し目をくれている。


「なにこれ! 一部しかあってないじゃないの!」

「ちょっとでも本当の部分があることに驚くけどね」

「違うのほんとに一部! クマだけだわ!」


 よりによってそこなんかい、という顔を果物屋のおかみさんはした。


「一番獰猛なやつじゃないか」

「でもこんなに大きくなかったわ! まだ子どもだったのよ!」

「へーえ……」


 果物屋のおかみさんはややあごを引いて大きく煙草を一服ふかした。

 いったい誰がこんなものを、と憤慨するヘイゼルである。しかも絵姿のヘイゼルはあろうことか、セクシーに片方の太ももを露出させているではないか。


 煙をゆっくり吐き出しながら果物屋のおかみさんがいう。


「あたしゃ、全部が創作だとばっかり思ってたよ……」

「事実はなんとかよりも奇っていうけど本当だねえ」

「そんじゃ、足も威勢よく出したのかい? やるねえ」

「出してません!!!」


 隣近所の露店からもおかみさんたちが寄ってきては素朴な疑問を口にする。


「いいんだよ。砂漠の女は強くなくっちゃあ」

「そうかい、そうだったのかい」

「火のないところに煙は立たないって本当なんだねえ」

「ち、ちがいますったらああああ!!!」


 定例市の青空に、ヘイゼルのすんだ愛らしい声が響きわたった。

 夜には満月が約束されている、雲ひとつないまっさらな青空であった。

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