侍女が必要だとガーヤは思った 1
「ねえガーヤ」
「なんですか姫さま」
「わたしって高貴さが足りないと思う?」
「え、なんですって?」
ヘイゼルがそんなことを言い出したのでおもわずガーヤは振り返った。
書斎でのできごとであり、彼女は四つ折りにされた手紙を持っている。
「なんでまたそんなこと」
「ブルーデンスにいわれたの。わたしはなんでも自分でやりすぎるところがあって、そこは友人としては美徳だけれども王女や女王としてはその……あまりよろしくないと見る人もいるって」
ブルーデンスというのは近隣諸国の王女である。ヘイゼルより少し年下であるが、生まれながらに足が悪く、侍女の手を借りないと生活がままならない。とある事情でヘイゼルとは親しくなり、以来、折にふれて文通をしているのである。
「わたしが王宮で育たなかったことは事実だし、ブルーデンスのいうことにも一理あるのかしらと思って」
「高貴さ……」
「ねえガーヤはどう思う?」
鮮やかな緑色の瞳がまっすぐガーヤを見つめている。
さあどうしよう、これにどう答える。
ガーヤは久しぶりに顔に焦りが出てしまいそうで、とっさにばっと顔を伏せた。同時に手のひらを挙手のかたちにかかげる。
「そこはですね」
「はい」
「少々お時間をください、姫さま」
肉厚の手のひらでヘイゼルをちょっと待てさせておきながら、ガーヤは頭を急速回転させていた。
高貴さ。王族としての高貴さ。
盲点だったかもしれないと今さらながらに思ったのだった。
第5王女ヘイゼルを森のなかで16年にわたって育ててきた。そこに一点の悔いもないといえば嘘になるが、やれるだけのことはやってきたつもりである。
それに、乳母としての欲目をさっぴいても、ヘイゼルは美々しく、品良く、愛らしく、聡明で、うちの姫さまのどこに文句があるっていうんだい、文句があるならあたしが相手になろうじゃないさの気持ちであることも否定できない。
ただ、ブルーデンス王女がおそらく手紙で忠告してくれたことも真実である。
ヘイゼルは砦の女王として、この先ありとあらゆる人間と会う機会が増えてくる。そんな時、しょせんこの程度かと侮られることがあってはいけない。
さあどうする、さあどうする。
これは姫さまをお育てした自分の責任だとガーヤは思った。
(──早急に、侍女をひとり探す必要がある)
◇◇◇
その日のうちに、ガーヤは王宮づとめの友人に手紙を書いた。
それを早馬に届けさせる。
といえば聞こえはいいが、砦で昼寝をしていたマッチョな男をたたき起こして届けさせたのである。いかつい男はガーヤが真顔で頼みこむと、生娘のようにびくついて大急ぎで馬をすっ飛ばした。
返事はすぐにきた。
『立場上、あなたのお申し出には応じられないけれど、よかったら非公式にお茶を飲みましょう』
とある。
かつては女官長までのぼりつめたガーヤはこの書き方でピンときた。
「ちょっとでかけて参りますから、姫さま」
「ガーヤ、あなた最近忙しすぎるのでは……」
「すぐ戻りますから、すぐです」
ここにきてからというもの、馬の扱いも砂漠の横断もお手のものになったガーヤである。
次の日の昼にはオーランガワードの王宮の中になにくわぬ顔で滑りこんでいた。
◇◇◇
「ガーヤ!」
「んまあエナひさしぶり!」
再会したとたん、大きな声がでてしまった。
かつての同僚であるエナは心得たようにガーヤを自分の私室へと案内する。
扉を後ろ手に占めると、ふたりは女の子みたいに手をとりあった。
「お元気だった?」
「元気ですとも、エナ。今日は時間をとってくれて感謝してますよ」
いいから座ってよ、とオーランガワード王宮の現女官長であるエナ・ミトライエットは自室のソファにガーヤを座らせた。王宮の女官たちを束ねる立場ともなると、ちょっとした貴族並みの部屋がもらえるのだ。
エナは自分も腰かけると、さっそく前のめりになった。
「ガーヤ、なんだかあなた若返ったのでは?」
「なにをいってんですか!」
ガーヤはぶ厚い手をびゅんびゅん振る。
「こんな砂っぽいばあさんにまで愛想を言わなくても」
「そうじゃないわよ、ばかねえ」
あのね、とエナ女官長は声をひそめた。
「わたしなりにずっと心配していたの。ほんとにいろんなことがあったし……」
「まあ、それはそうですか」
当時女官長だったガーヤは、ある日第5王女ヘイゼルの乳母となり彼女を育てるように命じられた。それも王宮から遠く離れたファゴットの森でである。そうかとおもえばヘイゼルとともに王宮に呼び戻され、それぞれにつらい思いをした。それからすぐ、ヘイゼルは愛した男の妻になって砂漠へ逃げたため、その責任をとる形でガーヤが処刑されそうになったのである。その処刑の日、ヘイゼルはみずからガーヤを救いにあらわれた。これは公衆の面前で起きたことであり、土産物屋の姿絵がばんばん売れているあたりからもわかるように、誰もが知る『棄てられた王女のドラマチックな物語』なのであった。
「慣れない砂漠の暮らしで苦労していないかと案じてましたけど……あなたの肌つやを見る限り心配なさそうね」
「ま、おかげさまで元気にやらせてもらってますよ」
「目力が強くなってる。強い女の顔ね。砂漠での暮らしは性に合った?」
「というか、しばらくぶりでストレスなくやらせてもらってるね」
「なるほど」
「ファゴットの森で暮らした16年、楽しかったけど、あたしは姫さまの見張りでもあった。あのかたは聡明だから気づいていたと思う」
そうね、とエナはあいづちをうった。
王宮がどんなところかいやというほど知っている。
第5王女が産まれた直後、呪われた王女だというので目の届かないところに追いやったはいいものの、けっして監視の目はゆるめなかったのである。毎年決まった額の金貨を渡し、暮らしが困らないようにするかわり、ガーヤはヘイゼルになにかあれば報告することを義務づけられていた。
乳母でもあり、監視役でもあったのである。
「今はあのときとは違う。なんのしがらみも遠慮もなくそばにいられる。幸せなことさね」
「そうね」
「自分の心にうそをつかなくていいってのは、こんなに晴れ晴れするものなんだね。あたしが生き生きして見えるとしたら、きっとそのせいだよ」
王宮暮らしの身としては耳が痛いわとエナは肩をすくめた。
さてと、とガーヤも身を乗りだす。
「それじゃそろそろ『非公式な話』でもさせてもらおうか」
「いいわ」
「侍女を探してる」
ガーヤはずばり切り出した。
「砂漠で暮らしてもへこたれない、気丈な娘がいい」




