第八話『踏み荒らされる夢(中編)』
「おはようございます」
社員が挨拶すると、従業員たちも遅れて声を重ねた。気力の抜けた、頼りない返事がぽつぽつと数人の声が折り重なるように響いていく。全員が眠気を引きずるように気怠く寄ってきて、輪が小さく狭まっていく。社員を中心に人垣がひとつの輪を成したころには、老害の姿はいつの間にか別の人垣に紛れ、消えていた。間合いがひとつ分ひらき、私はわずかに安堵する。
けれど胸の内は不安のままざわつき、頭の中では考えが絡まり合って騒々しい。注意事項、今日の物量、各ラインの作業変更、社員から告げられる言葉は鼓膜を打つばかりで、意味の輪郭を結ばない。
漫画。
夢。
単行本。
頭の中は、渋谷のスクランブル交差点のように、途切れることのない雑踏に埋め尽くされている。次から次へと絶え間なく降り注ぐ思考と記憶が、私の意識を埋め尽くす。脳が生み出す過去の情報の奔流によって現実感が呑み込まれていく。
フラッシュバックみたいに、過去の記憶が頭の中で勝手に回りはじめた。かつての自分が、目の前にいる。
古びたフィルムがふいに再生されたように、ところどころ穴が空き、ざらついたノイズが走る。欠けた部分だらけなのに、不思議と輪郭だけは鮮明だった。
まだ三十を迎えたばかりで、自信と野心に満ちていた頃の自分が、そこにいる。漫画を描く手が、まだ止まっていなかった頃だ。連載作家としての契約が切れ、アシスタントとしても絵で食っていけず、しぶしぶ始めた派遣の現場に、日々ストレスを募らせていた。
慣れない肉体労働、癪に障る現場の人間関係に心も体も、擦り減らしていった。その疲弊の中で、かつての担当編集者であった小西への憎しみだけが、日ごとに濃くなっていった。ストレス、怒り、焦燥、悔しさ。あらゆる感情が混ざり合い、膿んだ傷のようにじくじくと、精神の奥底で燻りつづけていた。
それらの悪感情は、私に自覚されることなく、静かに、しかし確実に、私という存在を蝕んでいった。
私はただ小西を見返してやるという思いに突き動かされるようにして、漫画を描き殴っていた。ペンを走らせる続けるごとに、自分自身が削れていく感覚に気が付きもせずに、ひたすらに漫画を描き続けていた。
今にして思えば、この頃から私は漫画を描くことに苦しんでいた。漫画に呪われていることに気が付いていなかった。
あの頃の私は、まだ若かった。若さゆえの思い上がりに満ちていて、自分には他人とは違う、特別な才能があると、本気で信じていた。世の中をどこかで睥睨し、自分以外の人間を、内心では見下していた。尊大な自尊心に、身の丈をはるかに超える野心を重ね合わせ、周囲の無理解を、ただの愚鈍と決めつけていた。
自分の漫画を誰も理解できないのは、読み手がバカだからだ。そう、心の底から思っていた。
けれど今にして思えば、あれは傲慢などではなく、ただの自己防衛だったのかもしれない。自分の中にある脆さや不安を覆い隠すため、無意識のうちに虚勢という殻をまとっていたのだ。もしあのとき、自分には才能がないのだと認めてしまっていたら、私はきっと漫画家の夢を諦めていた。いや、夢どころじゃない。人生そのものを、諦めていたかもしれない。そう思い込まなければ、生きていけなかった。今の私には、あの頃の自分が、まさにそのように映る。
張りぼての自尊心を抱え、思いあがり、傲慢で、そして愚かだった。そんなかつての自分の姿が、ふいに、今の私に重なっていくのを感じる。あの頃の感情、思考、そして口にした言葉が、堰を切ったように今の自分へと流れ込んでくる。
自分はいつか必ず成功する。こんな底辺の職場など、すぐにでも抜け出す。いつもそう思っていた。周囲に自信満々に自分が漫画家になるのを目指していると言い放ったときの、周囲の視線がよみがえる。若さにまかせた自惚れが、今となっては身を刺すように恥ずかしい。
あの頃に抱いていた感情が、今も胸の奥でじくじくとうずく。記憶が後悔を呼び覚まし、胸を締めつけていく。鼓動が胸を激しく叩き、息が浅くなる。呼吸はしているはずなのに、空気が薄い。肺の奥にまで届いていかない。自然と握られた掌の内側が、汗でしっとりと湿っている。
視界が、ゆっくりと狭まっていく。周囲の色が淡く、音が遠のいていく。現実の輪郭が曖昧になり、立っているはずの地面が感じられない。思考はまとまらず、浮かんでは沈み、まとわりつく霧のように意識の中に散っていく。
白昼夢を見ているような気分だ。重力が失われ、自分の体が現実から切り離されていく。上下の区別が曖昧になり、空間が傾いていく。世界が、音もなく、私を挟みこもうとするように、静かに、確かに、縮んでいく。その圧迫感に、私は囚われている。
「それでは本日も、ケガに注意して作業してください」
ミーティングが終わり、社員たちの声と共に作業が始まる。そのざわめきに引っ張られるようにして、意識が現実へと引き戻される。けれど、感覚のどこかがまだ戻りきっていない。視界の隅がぼやけ、胸の奥にじんわりとした圧迫感が残っている。鼓動がまだ少しだけ、喉の裏を叩いている。
私は、老害に話しかけられたくなかった。だから、できるだけ無言で、急ぎ足で自分の持ち場へと歩いていく。
機械音が場内を満たし始め、次第に他の声はかき消されていった。
ちらりと周囲を見渡す。別のエリアで作業の説明を受けている老害の姿が目に入った。
初めて来たはずなのに、どこか偉そうな態度で、あれこれと質問をしている。ちゃんと説明を聞いているようには見えない。ただ、知ったふうなそぶりで相槌を適当に打っていることだけは解る。
ああ、変わっていない。遠目にも、そう思えた。
仕事ができると勘違いしている人間にありがちな態度だ。自分の狭い物差しで「こんなもんだろ」と勝手に納得し、仕事を理解した気になって作業に入る。そして、いざ何かあれば、「そんなの聞いていない」「ちゃんと教えろ」と他人のせいにする。
過ちを認めず、反省もしない。責任からは器用に逃げ、口だけは一人前なタイプだ。
この老害は、何ひとつ変わっていない。そう思った瞬間、胸の奥に、またひとつ、黒い感情がふつふつと沸き上がってくるのを感じた。それが形を成すっていうか、黒い感情は一体どこから来るのかって感じになると思うんだ。
――確か、その話を聞いて、俺、お前の本を探したことがあったんだよな。どんな本だったかな――
先ほどの老害のセリフが、頭の中で何度も繰り返される。
――どんな本だったかな――
その一言が、不吉に心の中に響く。軽口のようでいて、何か別の意図が潜んでいるような、そんな感触があった。
不安が、じわじわと胸の奥から沸き上がってくる。言葉にできない曖昧な恐れが、脳のどこかに粘りついて、静かに、だが確実に精神をかき乱していく。
確かに、私はあの男に、かつて漫画家だったことを話した。単行本を出していたことも口を滑らしてしまった。「どんな本だったっけ?」と問うその口ぶりは、それを探して、読んだかのような響きだった。
描いたものを読まれるのは、当然のことだ。世に出した以上、評価されるのも理解している。けれど読み手と、その読み方ひとつで、私の魂が剥がされていくような感覚になる。
連載が始まった当初、ファンレターはほんの数通しか届かなかった。しかもそこに書かれていたのは、私の漫画を馬鹿にし、嘲るような言葉ばかりで埋め尽くされていた。ファンレターと呼べる代物じゃない。そこにあったのは、無頓着で無邪気な悪意だけが染み込んだ手紙だった。漫画に対する厳しい意見なら、まだ耐えられた。けれど期待していたものとは真逆の内容が、想像以上に精神にこたえた。封筒を開けた瞬間、胸の奥がすうっと冷えていく感覚を、今でも覚えている。
見えない読者の反応が気になって、軽い気持ちでエゴサーチをした。画面の向こうに何か一つでも肯定が見つかる気がして。けれど、そこで目にした評価は惨憺たるものだった。私が心も体もすり減らして描いた漫画が、私が心も体もすり減らして描いた漫画は、薄く冷たい氷のような言葉で切り捨てられていく。。
設定が浅い。
ストーリーがありきたり。
伏線が単純。
キャラが魅力的じゃない。
総じてつまらない。
そんな、冷たいほどにリアルな低評価が、ネットの片隅に無数に散らばっていた。
それはまるで、幼児がホールケーキをナイフで切り分けようとするみたいだった。形も構造も気にしない。ただ思うままに刃を入れて、ぐちゃぐちゃに崩していく。切り分けるというより、壊していく。見た目も中身も、すべてを台無しにしながら、それでも本人にはその自覚がない。無惨な切り口だけが残り、ケーキはもう、ケーキではなくしてしまう。
つまり私は、ただ作品を批評されたのではなかった。
作ったものを世に出した以上、評価がついて回るのは当然だ。クリエイターとして背負うべき覚悟だということも、頭では分かっている。
――それでも。
自分のすべてを詰め込んだものが否定されるのは、自分の存在そのものを否定されたような感覚だった。
血のにじむ思いで描いた物語が、冷ややかな数語で、あっさりと切り捨てられていく。
読まれる漫画の裏には、作者の努力も、葛藤も、苦しみも。そのすべてが絵に染み込んでいる。だがそれらは、まるで最初から存在しなかったかのように、平然と無視されてしまう。読者の評価は、ときに無慈悲で冷酷だ。どれほどクリエイターの心を削るのかなど知らずに、あるいは知ろうともせずに、ただ一言で片づけてしまう。
――つまらない。
ネットに残された全く知らない誰かの評価でさえ、この痛みだ。
それがもし、自分の漫画を身近な人間、それも苦手でできれば関わりたくないと思っている相手に読まれ、その上で評価されるとしたら。
それが、どれほど恐ろしいことか。
あの男にだけは、触れてほしくない。
あの無神経な目と声で、俺の漫画を笑われたとしたら、考えただけでも耐えられることではない。
いくら漫画は読まれるために描かれるものだと、頭ではわかっていても、作者だって人間だ。苦しみ抜いて、やっとの思いで描いたものを、「つまらない」と一蹴される。「面白くない」と一笑に付される。
これほど辛いことはない。その残酷さを、いったいどれだけの人が、本当に理解しているのだろうか。その言葉の先で、誰かがどれほど苦しみ、どれほど深く悲しみに沈んでいるかを考えもしないまま、人々は平然と、ひどい言葉をレビューに並べる。
もちろん、作品にお金を払ったのだから、それを評価する権利があるのはわかっている。けれど、その言葉が向けられる先に“人間”がいるということを、誰も考慮しようとしない。
言葉の重さを知らないまま、無意識に、無責任に、創作者の心を踏みにじっていく。
もし、あの老害が何気ない軽口で、私の漫画を笑ったのだとしたら。
それは、私にとって、想像すらしたくないほどの苦痛だ。
嫌だ。聞きたくない。
自分の作品を全否定されるのは、ただただ恐ろしい。
複雑怪奇な感情が生み出す膨大な負の思考が、テトリスのブロックのように次々と落ちてくる。一つ一つを必死に消し去っていると、手は動きつづけているのに、頭の中だけが沈んでいくようだった。
そして、そのとき。
背後から、不意に声が落ちてくる。
「鳥山さんって、元漫画家なの?」




