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第三話『鳥山明』

 1984年──『ドラゴンボール』がこの世に生まれた年、私は作者・鳥山明と同じ愛知県清須市に、鳥山家の長男として産声を上げた。何の巡り合わせか、どういう因果があったのか、両親は生まれた男の子に「あきら」と名をつけた。

 鳥山明。

 幼い頃から、この名前のせいで揶揄われることがあった。『ドラゴンボール』の作者と同じ呼び名だからだ。学生時代にもネタにされることはあったが、名前そのものにコンプレックスを抱いていたわけじゃない。

 ただ、大人になってから、自分の名前が“超有名漫画家と同じ”であることに苦しめられ、理不尽なほどの憤りを覚えるようになるとは、この名を与えた両親は想像もしなかっただろう。

 話がそれたので戻そう。

 父はサラリーマンで、母は専業主婦。二人は漫画やアニメに偏見も執着もない、いわば普通の大人だった。漫画やアニメをよく知らないから、生まれた子どもに「明」という名を与えたのかもしれない。

 なにより、僕が生まれた頃、漫画家の鳥山明はまだ、漫画界の歴史に名を刻むほどの大漫画家ではなかった。そう考えれば、仕方なかったのだとも思える。

 それでも、この名を与えた両親に対して、文句の一つや二つはある。下手なキラキラネームよりも、よほど質の悪い。

 とにもかくにも、私は、ごく平凡な家庭に育った。時代はちょうど平成の初期。高度経済成長を経てバブルに湧いた日本経済は、バブルの崩壊によって右肩下がりの時代へと突入していた。そんな中、私は貧しくもなければ特別に豊かでもなく、それでいて教育熱心でもなければ放任的な両親が営むごく平均的な家庭環境の中で育っていった。

 僕と漫画の最初の接点は、いつもここから始まる。私と同じ同姓同名の作者が描いた『ドラゴンボール』だ。まだ五歳くらいのころ、母が運転する車のカーステレオから流れていた主題歌『魔訶不思議アドベンチャー』だ。カセットテープに録音されたその曲を、私は何度も巻き戻しては聴いていた。四十を迎えた今でも、頭の中でその曲が自然と再生される。映像まで浮かんでくる。あのオープニングムービーを、まぶたの裏に映して。

 小学校から帰る道はいつも全力だった。夕方の再放送を一秒でも多く見たいがために、ランドセルを背負ったまま走って帰った。水曜の夜は、ドラゴンボールZの放送がある日だった。野球中継を見たがる父と、テレビの主導権をめぐって毎週のように小さな争奪戦を繰り広げた。

 小学生の頃の私は、とにかく『ドラゴンボール』が大好きだった。ちょうどその時代は、いわゆる“ジャンプ黄金期”と呼ばれる時期と重なっていて、他にも面白い漫画がこれでもかというほど溢れていた。『幽遊白書』『ジャングルの王者ターちゃん』『忍空』『ジョジョの奇妙な冒険』。どれも心を躍らせる作品ばかりで、毎日の生活が漫画とアニメで彩られていた。

 まるで、世界がそれらの作品の周囲を回っていたようにさえ感じていた。

 そんな中で、私がいちばん好きだったのは、やっぱり『ドラゴンボール』だった。けれど、ドラゴンボールは私にとっては“神漫画”ではない。思春期のフィルターがかかる前、幼い頃の自分にとってただ一番好きだった漫画だった。

 たぶん私は、『Z』よりも『ドラゴンボール』の初期が好きだった。幼い孫悟空が、七つの玉を求めて摩訶不思議な世界を旅する。

 だからだろう。子供の頃の私の夢は、空を飛ぶこと、そして冒険家になることだった。その作者が亡くなったと知ったとき、胸に込み上げたのは、深い感慨だった。理由ははっきりしない。けれど、胸の奥にはどこかノスタルジックな感傷があふれていた。

 思い浮かんだのは、小学生だったあの日々だ。未来には夢や希望が満ちていると、心の底から信じて疑わなかった自分の姿だった。

 かつて、世界は果てしなく広がり、未知に満ちていると信じていた。大人になれば、不可能なんて存在しない。そう、信じて疑わなかった。

 そんな純粋な少年が、今では六畳ワンルームの安アパートに暮らし、井伏鱒二の『山椒魚』のように、社会への不満を心の奥底に溜め込みながら、毒を忍ばせるようにして、細々と吐き散らしている。

 そんなふうに変わり果ててしまった自分の姿など、あの少年には、きっと想像もつかないだろう。私は、自嘲気味に笑みを浮かべながら、手にしていたジャンプをカラーボックスへと収めようとした。

だが、中はすでに全部で百十一巻に達した、長寿漫画『ワンピース』の単行本でぎっしりと埋め尽くされていた。新たに何かを差し込む余地など、どこにもない。

 ほんの数センチの隙間さえ見当たらず、私は仕方なくジャンプをカラーボックスの天辺に置いた。

 そこは長らく放置されていたせいで、うっすらと埃が積もっていた。

 私は何気なく、手のひらでその埃を払い落とす。置くだけなら、別に気にする必要はなかったはずだ。どうせまた、しばらく触れることもなく、時間の積もった埃に埋もれていく。それが分かっているのに、私はなぜか、埃の上にジャンプを置くのをほんの一瞬、ためらった。

 たったそれだけのことなのに、胸の奥に、得体の知れない感情がふっと浮かんだ。それが何なのか、自分でも分からなかった。ただ、確かにこと時は「嫌だ」と感じた。それは確かだ。何故かはわからないが。


「にしても、ワンピースももう百十一巻か。長いな……。終わるまで、あと何年かかるんだろうな」


 『ワンピース』こそ、私にとっての“神漫画”だった。

それゆえ、今もなお唯一、買い続け、読み続けている漫画でもある。そんな“神”のように崇めていた作品に対して、こんなことを呟こうとしている自分がいる。どこか、不敬な気もする。ワンピースを批判したクラスメイトにムッと苛立ち、真っ先に食って掛かって激しく口論したのは、誰だったか。

 もちろん、私だ。そのときの相手の名前も顔も思い出せないが、ワンピースをどれほど好きだったかという自分の気持ちだけは、今でもはっきり覚えている。あの頃は、それだけ漫画に夢中になれた。

 今では、その思いも、記憶の中にだけしか存在していない。

 これが、大人になるということなのだろうか。だとしたら、この寂しさはなんなのだろう。胸の奥に、じわじわと染み込んでくる。

 過ぎ去った時間が、やけに空虚に思える。

 まるで、自分の中にぽっかりと空いた穴があるようだった。

 いつからだろう。少しずつ、中身を失っていったことには、自分でも薄々気づいていた。

 このスカスカな空洞感は、ずっと前からあった気がする。今の私は、大人の形をしているだけで、その中身にはどこにも芯がない。

 こんなエモーショナルな気分に侵されているのも、空腹のせいかもしれないな。そんな考えが頭をかすめ、私は苦笑を浮かべながら台所へと向かった。ヤカンに水を注ぎ、ガスの火をつける。小さく青い炎が、静かに揺れている。


「読み続けるのはいいが……さすがに、こうして毎回買い続けるのは、ちょっと辛くなってきたな」


 かつては、ワンピースを。いや、ワンピースだけではない。漫画という漫画に、ただ夢中で没頭していた。ページをめくる手が止まらず、次回を待つ時間すらもどかしかった。だが、それももう、三十年近くも前のことになる。

 変わってしまったのは、漫画ではない。

 変わったのは、きっと私のほうなのだ。

 単に、老いてしまっただけなのかもしれないが。

 

 一九九七年、ワンピースの連載が始まったとき、私は中学一年生だった。思春期のまっただ中で、身体も心も大きく変わり始めていた。あの頃の私は、小学生から成長した肉体と、膨らんでいく精神を持て余していた。

 器用貧乏といえば聞こえはいいが、大抵のことは努力しなくても“そこそこ”できた。だからこそ、何かを始めたい気持ちはあっても、「何をしたいのか」が分からなかった。小学生の頃に本気で夢見ていた「空を飛ぶ」とか「冒険家になる」といった願いは、ほんの少し大人になって、現実に目を向けられるようになった頃の自分には、あまりに幼稚な考えに思えた。

 そして、そんな夢を語っていたかつての自分を、どこか恥ずかしく感じてしまった。成長期特有の、エネルギーを持て余していた。自分でも理由のわからない焦りだけが、胸の奥にいつもあった。

 何かしなければ、時間を無駄にしてしまう。けれど、何をすればいいのか分からない。分からないから、結局何もしなかった。

 無為な日々が過ぎていくたびに、焦りはさらに募った。ただ、いらだちと苛立ちだけが、行き場をなくして体の中をぐるぐると巡っていた。

 そんな時に出会ったのが、ワンピースだった。

 未知の世界を舞台に、夢を抱いた少年が仲間たちと共に冒険を繰り広げる物語。それは、かつてドラゴンボールに夢中だった幼い頃の私が、もう一度求めていた“冒険の物語”だった。

 尾田栄一郎先生が描く広大な世界に、私は思春期特有の持て余したエネルギーをぶつけるようにしてのめり込んでいった。

 この瞬間、私は自分の進む未来を、はっきりと決めた。

 それは、漫画家になること。

 今にして思えば、あまりにも幼稚で、無謀な夢だった。けれどそれは誰もが一度は胸に抱く、思春期特有の曖昧で不確かな将来へ向けた“希望”だったのだろう。

 

 甲高い音が、現実へと意識を引き戻す。

 ヤカンが沸いたのだ。

 火を止めて、戸棚の奥にあったカップラーメンに湯を注ぐ。

 それは、非常食として取っておいた二年前に“期間限定”で出されたカップラーメンだった。味は豚キムチ。だが、あまり人気がなかったのか、大量に売れ残り、セール棚に山積みにされていた。

 私がそれを買ったのは、去年のことだった。念のため賞味期限を確認してみると、案の定、半年以上も前に切れていた。この時の私は、なぜか「皮肉が効いているな」と思った。


「今の自分に、ちょうどいい」


 自嘲気味にそう呟きながら、お湯を注ぐ。人生の旬など、とっくに過ぎ去っていた。それでも私は、いつまでここに居座り続けるのだろう。この狭い六畳ワンルーム。家賃四万円の安アパートで、まるで時間を止めたように閉じこもっている。

 箸でカップラーメンの蓋を抑えながら、ふと振り返る。敷きっぱなしの布団の脇に座卓があり、その上には漫画道具が無造作に散らばっている。

 白紙の原稿用紙。乾ききったインク壺。使い古されたペン軸たち。そこには、夢を追い続け、夢に破れ、それでも捨てきれずに抱え続けた夢の残骸が、乱雑に散らばっている。

 かつて寝る間も惜しみ、食べることも忘れて漫画を描いていた頃の自分の姿が、幻のようにそこに浮かぶ。

 それを呆然と見つめる今の私は、もはや生きているだけの遺体のようなものかもしれない。

 カップラーメンの熱が、掌にじんわりと伝わってくる。長い間に就いた肉体労働の末に硬くなった皮膚が、それを平気で受け止めている。

 気持ちは虚無に近い。からっぽで、何も感じないはずなのに、心の奥に、ぽっかりと穴が開いているような感覚があった。

 その穴は、じわじわと引き込むような引力を持っていて、まるで足元にブラックホールが開き、

上下の感覚もなく、ただひたすらに落ちていくような、そんな気分だった。

 せんべい布団の上に座ると、床の硬さがダイレクトに尻へと伝わってくる。私はカップラーメンを座卓には置かず、じっと原稿用紙と、ペン立てに差さったつけペンたちを見つめていた。

 最後に本気で漫画を描いたのは、いつのことだっただろう。どんな世界を思い描き、どんなキャラクターを作り、どんな物語を紡いでいたのか思い出せない。

 部屋の右隅へ視線を向ける。そこには、段ボール箱に詰め込まれた、かつて描いた漫画の原稿たちが、山のように積み上がっていた。

 それを最後に開いたのが、いつだったかも思い出せない。

 いや、もう今では開く気にもなれない。

 あれは、俺の黒歴史が封印されているパンドラの箱だ。違いがあるとすれば、中には、今の自分を救ってくれる希望が一つも残されていないということだけ。

 あるのは、後悔と恥だけだった。逃げるように視線を、再び白紙の原稿用紙に戻す。

 俺はまだ、中学生の頃に抱いた夢にしがみついている。

 情けなく、みっともないほどに。

 そんな自分に、気づかないふりをしながら俺はいつまで、どこまで、こうして彷徨い続けるつもりなんだろうか。


「……ありったけの夢を、詰め込んで……」


 口から自然と、ワンピースの主題歌が漏れた。落ち込んだ心が、必死で明るく振る舞おうとしていた。

それはきっと、限界寸前の自分が本能的に見せた防衛反応だった。

 けれど、その陽気な歌声と歌詞とは裏腹に、気持ちは、どこまでも暗い方へ沈んでいく。

 どれだけ小さな夢をかき集めても、俺の本当の夢は、もう叶わないと分かっている。

 夢を叶えるには、運と才能が必要なんだ。

 努力だけじゃ、届かない現実がある。

 それが分かってしまった今、この二十年の苦しみも葛藤も、すべて無駄な徒労に過ぎなかった。


「探し物を、探しに行くのさぁ〜……ワンピース……」


 頭の中では、あの主題歌が、あの頃の記憶と一緒に鮮やかに流れていた。

 私は、カップラーメンの蓋をめくり、箸で麺をすする。麺は、すっかり伸びきっていた。

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