第二話『夢も希望もない、ただの中年(後半)』
二〇二五年、夏。
時刻は早朝。空が白み始めたばかりだというのに、空気はすでに膨張したように重く、じっとりと肌にまとわりついてくる。
軽く歩いただけで、額にはうっすらと汗がにじんでいた。仕事を終えたばかりの体はすでにぐったりとしており、作業服の上着は汗を吸って不快なほどに湿っている。その下に着たTシャツはびしょ濡れだ。濡れた布地が歩くたびに腹と背中にぴたりと張り付き、冷えた汗が肌に絡むたびに不快感が増していく。
四十を迎えた中年男の汗には、もはや粘着質な成分でも分泌されているのかと疑いたくなるほどだった。その不快さは、肌に張りついた布地の煩わしさを越えて、苛立ちと疲労を皮膚の奥深くにまで染み込ませていく。
駅から自宅まで、わずか徒歩十分の道のりが、果てしなく遠く思えた。
都内に林立するビル群の隙間から差し込む朝の光が、じわじわと空気を焼くように熱していく。鮮烈な夏の払暁に、思わず目を細めながら歩く。
横断歩道が近づくと、信号が赤に変わり、手前で足を止めた。向かいの歩道には、まだ早朝だというのにちらほらと人影が見える。
その奥に広がる住宅街へと続く路地から、このクソと形容したくなるような暑さの中を、ひとりの男が走ってきた。男は私と同じくらいの年齢に見える。
ブランドロゴがやたらと目立ち、そこそこ値の張るスポーツブランドで全身を固め、まるで歓楽街のネオンサインでもぶら下げているかのような派手な装いだ。
体型維持のためのランニングなのだろうか。信号の手前で立ち止まりながらも、その場で軽やかに足踏みを続けている。
顔には、まるで何一つ挫折を知らないかのような自信が満ちていた。順風満帆な人生を歩んでいるかのようなその男の自信満々な様子が、私のささくれだった心を逆撫でする。
思わず、敵意を込めた視線で見つめてしまった。
ふと、男の視線がこちらに向く。
はっとして、帽子を深くかぶり直し、顔を伏せる。視線をそらしながら、信号が青に変わるのを待つ。
青になった瞬間、顔を下げたまま歩き出し、男は興味を失ったのか中空に視線を漂わせながら、何事もなかったかのように走り始めた。横断歩道の中央で、男とすれ違う。私が向けたシニカルな視線も、ひねくれた感情も一切届くことなく、彼はリズムよく走り去っていった。
私は足を止めて、思わず振り返る。遠ざかっていく背中をしばらく眺めながら、こみ上げてくる苛立ちに、思わず毒を吐いた。
「そのまま熱中症にでもなって、ぶっ倒れちまえ」
そう口にした瞬間、苛立ちを潮のように静かに引かせる後悔の念が込み上げてくる。
自分の矮小さが嫌というほど胸に突き刺さり、どうしようもない自己嫌悪がじわじわと広がっていく。夜勤明けの疲弊した体に、暗澹たる鉛のような重みがずしりとのしかかってきた。
こういうときほど、私は自分の器の小ささを思い知らされる。嫌でも、痛感させられるのだ。
「あぁ、死んでしまいたい」
周囲には誰もいない。聞かれるはずもないのに、声は自然と小さく、ただのつぶやきにしかならなかった。そんな自分の臆病さに、またしても嫌気が差す。
いっそ、大声で「殺してくれ」とでも叫んでみればいいのに。それすらできずに、また心の奥に毒を沈殿させていくだけの自分が、滑稽で情けなかった。
胸の内で渦巻く矮小さは、じわじわと嫌悪へ変わり、その不快感は焦燥や苛立ちと混じり合って、冷たい汗のように肌の内側から滲み出る。
額に浮かんだ汗をぬぐいながら、ぼんやりと歩いていると、次の横断歩道が見えてきた。信号が青から赤に変わり、再び足を止める。
ふと視線を下ろすと、自分より一回りほど年上に見える老夫婦が隣に立っていた。
健康のためのウォーキングだろう。
二人そろって、靴はニューバランス、ジャージは白のアディダス、帽子はナイキ。どれもこれも、そこそこ値が張る。年収二百万前後の私には、まず手が出ない品だ。経済的な余裕をひけらかすようなその格好に、先ほどと同じ苛立ちが、また胸の奥からじわじわと滲み出してきた。
信号が青に変わると同時に、私は先ほどと同じように帽子を深くかぶる。老夫婦とほぼ同時に歩き出すが、彼らは前を向いたまま談笑しながら歩き、私はうつむいて足を進める。
やがて、老夫婦が私の横をゆっくりと通り過ぎていった。
「この年金に縋る老害が、さっさとくたばりやがれ」
聞かれないように、注意深く小さな声で毒を吐く。万が一を考え、歩く速度を少し速めてその場を早々に離れる。
いい加減、精神的に疲れてきた。これ以上、この露悪的な感情に心をすり減らしたくはない。
そう思って足早に家へ向かうが、無情にも、またしても横断歩道の手前で信号が赤に変わる。ただそれだけのことで、舌打ちが出るほど苛立ちが込み上げてきた。
案の定、対面には自分より一回りは若そうな女性が、犬を連れて立ち止まっている。
ピンク色の派手なスポーツウェアに、顔の半分を覆うようなサングラス。全身を高級ブランドで飾った出で立ちが、けばけばしく彼女を演出している。ペットの散歩という名目の裏にある、見せびらかすための意図が透けて見えるようで、胸の奥に生理的な嫌悪感が湧き上がる。
そんなのは私の嫉妬が作った妄想だと分かっている。だが井伏鱒二の『山椒魚』にあるように、悲嘆に沈む状態が長引けば、人は悪い性質を帯びる。私はきっと、長いこと底の方で腐ってきたせいで、妬心を抑えられなくなっていた。
存在そのものを否定したくなるような、破壊的な感情がこみ上げてくる。無意識にまじまじと彼女を見つめてしまい、口元に嘲笑が浮かびそうになる。
慌てて視線をそらし、自分を律するようにうつむいた。
信号が青に変わり、女性は気取った足取りで横断歩道を渡り始める。
私は口をきつく結んでいたはずだった。だが、自分でも気づかぬうちに、唇がわずかに開いていた。そして、その口からこぼれたのは、小心者で、ひねくれた精神が産み落とした、つまらない僻みにすぎなかった。
「頭だけじゃなく、股まで緩そうな女が」
こんなことを、小さな声で、陰に隠れるように吐き捨てる自分がたまらなく嫌になる。この、無性にみじめで悔しい思いがどこから湧いてくるのか、もう自分自身でもよく分からない。愚痴や不満を呟いたところで、何も変わりはしない。
むしろそれは、自分の矮小さや卑屈さを白日のもとにさらすようで、胸の奥に情けなさがこびりついて離れない。
まるで、薄暗く湿った洞穴でカビのようにひっそりと生きてきた人間性そのものだ。
俺という存在は、もう根の深いところから歪んでしまっているのかもしれない。誰かと目が合えば、条件反射のように毒を吐きたくなる。誰かの幸福そうな姿を見るたび、自分の不遇さがより濃く浮かび上がってしまう気がして、どうしようもなく嫉妬がこみ上げてくる。
駅から自宅へと続く閑静な住宅街の一本道で、すれ違う人間一人ひとりが、自分にとっては無言の格差の象徴にしか見えなかった。老若男女、世代も性別も関係ない。すれ違う者たちは、誰もがひと目でそれと分かる有名ブランドで全身を武装している。
まるで、家路へと続く早朝の一本道が、自称勝ち組たちのためのパリ・コレのランウェイに仕立てられたかのようだ。
彼らは意識しているのか、それとも無意識なのか。
ただの運動着でしかない服に、社会的ポジションの証を刻み込み、自らの“成功”を誇示している。そこには、品性の欠片も感じられなかった。
誇らしげに胸を張り、ブランドロゴを掲げるその姿は、社会的ステータスの高さを誇ることでしか自分の存在価値を示せない、虚飾そのものだった。他人を見下して、自分こそが上級国民だとしらしめるための仮装だ。滑稽なほどに着飾っていても、実のところ、中身はすっからかんの裸の王様でしかない。
つくづく、こんなことを考えてしまう自分に嫌気がさしてくる。
自分の思考が滑稽で、俗悪で、安っぽいことなんて、自分が一番よく分かっている。
それでも、そうでも思わなければ、俺の心が壊れてしまいそうになるんだ。
そんな自分が情けないとわかっていても、もうどうしようもなかった。
この、着古した安物のTシャツに、色褪せてほつれた作業服。背中に背負った黒いリュックは、無印良品で買ったもので、もう十年以上使い続けている。長年の使用で布地は日焼けし、端は擦り切れ、完全にくたびれていた。汗で濡れ、くたびれ果てたその格好が、すれ違うたびに自分の社会的な劣等感を、これでもかとねぶってくる。
彼らの存在は、無関心であるがゆえに、残酷だ。
俺のような社会の底辺に住み着く存在には、目もくれない。ただ通り過ぎるだけの他人でしかない。
それでも、自分が見下されたような気がしてしまう。一瞬だけでも、その視線が俺の輪郭をなぞったかと思うと、たちまち軽侮された気分になる。
分かっている。全部。
それが被害妄想でしかないことは。
それでも、ぐつぐつと腹の底から湧き上がる苛立ちが止められない。この苛立ちが、ただの妬みであることは重々理解している。それでも、体中をじわじわと蝕む毒のように、滲み出る感情は止めようがなかった。
「どいつもこいつも、死んじまえ」
四十歳を迎えてもなお、俺は自分自身を御することすらできなかった。
信号で立ち止まるたび、反対側に立つ社会の成功者たちが、自分にとっては怒りと屈辱の源となる。そのたびに、私は怨嗟の小言を地面へと吐き捨ててしまう。
そうしなければ、心の中にたまった不平不満の毒に押し潰されてしまいそうになる。
赤信号で感情が煮詰まり、青信号で吐き出す。
赤信号、青信号、赤信号、青信号。
その繰り返しが、まるで無限地獄の歯車のように、俺の精神をすり減らしていく。
そのときだった。
原付バイクが、乾いたエンジン音をまき散らしながら、私の横を駆け抜けていった。新聞配達人のバイクだ。
早朝の空気を切り裂くその音は、静寂を無遠慮に破り、私の胸の奥で膨れあがっていた鬱屈と倒錯の感情の膜を容赦なく突き破った。
ようやく、意識がこの暗澹とした泥沼から引き剥がされる。現実に引き戻された瞬間、虚しさが一気に押し寄せてきた。胸の中にぽっかりと、大きな穴でも開いたかのようだった。
妬みから生じたこの露悪的な感情の毒に当てられて、心はずぶずぶと憂鬱へと沈んでいく。そして、自分の幼稚な癇癪と、その救いようのない滑稽さに、私は自分自身を殺したくなる。
気づけば、見慣れたコンビニの看板が視界に入っていた。いつのまにか、ここまで歩いてきたらしい。このコンビニから歩いて五分の場所にある、家賃四万円の古びたアパートで私は暮らしている。
家に帰る前にここに立ち寄るのは、もはや習慣のようなものだ。
自動ドアが開き、チャイムの音と共に冷房の冷たい空気が体を包み込む。熱を帯びた皮膚がすっと冷やされ、先ほどまで胸にこびりついていた暗い気持ちが、少しだけ薄らいでいく。
店内の時計は、午前五時を指していた。夏の朝は明けるのが早い。夜の名残はすでに消え去り、雲ひとつない空が青く晴れ渡っている。
それでも、まだ世間は眠っている時間帯なのか、店内に客の姿はほとんどなかった。
店内に入ると、私は迷うことなく、様々な雑誌が雑多に並べられているラックへと足を向けた。
目的はひとつ。今日は月曜日。週刊少年ジャンプの発売日だ。
当然のように、ジャンプは雑誌ラックの前に、床に置かれたボードの上で縦に積み上げられている。私はその一番上の一冊を手に取り、パラパラとページをめくって目当ての漫画を探す。
かつては、ジャンプに掲載されている漫画はすべて読んでいた。
だが、いい歳になった今、毎週欠かさず読むのは、もうひとつだけだ。『ONE PIECE』。
私が人生で出会った、唯一無二の“神漫画”だ。連載開始の第1話から、ただの一度も欠かすことなく読み続けている。
目当ての話を読み終えると、私は雑誌を元の場所に戻し、なにも買わずに店を出る。レジ前でスマホをいじっている、二十歳前後の若い店員は何も言わない。ただ、無言のまま、含みのある視線を一瞥だけ寄こす。
入店時もそうだった。私はほぼ毎日、決まった時間にこの店に顔を出している。何も買わず、各曜日ごとに発売される漫画雑誌を立ち読みするだけだ。水曜日ならサンデーとマガジン、木曜日ならチャンピオン。それが、いつの間にか日課になっていた。
きっと私は、何かしらのあだ名をつけられて、裏で笑いものにされているのだろう。気分はよくない。実際、若い世代から見れば、こんな見すぼらしい中年のオッサンなんて、軽蔑して、笑って、見下すだけの対象だ。
それも仕方がない。所詮、私は夢も希望もない中年男だ。人生の敗北者だ。社会の底の方を生きるオッサンだ。
頭上には、雲ひとつない青空が広がっているというのに、私の心はまるで鉛色の曇天のように重く垂れこめていた。足取りが重く、まるで身体に引きずられるように、若さを失った中年の私は自宅へと続く一本道を歩いていった。
ほどなくして、いつもの古びたアパートが見えてくる。
古い鉄製の階段を一段ずつ上がるたび、心に重く垂れこめた未来に対して募り続ける絶望の影がじわじわと濃くなっていくようだった。
部屋の鍵を回してドアを開ける。
六畳ワンルームの狭い室内はクーラーによってじんわりと快適な室温にまで冷やされていた。タイマーを入れておいたから当然だ。低収入ゆえ光熱費は節約したいが、今の日本の夏ではクーラーなしに耐えるのは非現実的だ。その代わりに節約しているのが食費で、ここ数年ですっかり痩せて、健康水準内の体重にまで減量した。
背負っていた十年モノの無印のリュックを降ろす。中身はスマホと財布、そして空の水筒だけ。荷物を下ろすとすぐに狭いバスルームへ直行し、シャワーを浴びた。汗とともに、どこかで固く凝り固まっていた感情が、ゆるやかに溶け出していくような気がする。
さきほどまで頭を覆っていた将来への不安や、黒々とした絶望の影が、湯と共に洗い流されていくようだった。きつく締めつけられていた胸の内が、ようやく少しだけ、緩んだ気がした。
バスルームから出て、パンツ一丁のまま冷蔵庫を開ける。冷えた麦茶を一口含んだ瞬間、身体を縛りつけていた何かがふっとほどけていくようだった。開放的な気分に思わず鼻歌がでる。ワンピースの最初の主題歌だ。鼻歌が漏れた瞬間、自分でも驚くほどに心が軽くなっていたことに気づいた。
あれほど心を侵食していた憎悪や妬みが、すっと影をひそめている。
そのまま、床に敷いた布団の上に倒れこむ。程よい疲労が瞼に重くのしかかり、自然と眠気が降りてくる。
ゆっくりと深呼吸を一つして、静かな鼓動に意識を戻す。
部屋の中には、カビと埃の匂いが淀むように立ち込めていた。
十年間、惰性と怠慢にまみれてきたこの部屋には、敗残感と社会の負け組としての生臭さが染みついている。
空腹を覚え、体を起こす。
足元には黒いカラーボックスがあり、中には唯一、主人公が今も買い続けている漫画『ワンピース』の全巻が収められている。
そのカラーボックスの上には、去年買った一冊の『週刊少年ジャンプ』が置かれていた。
なぜだか、それが目に留まる。
ジャンプを買ったのは、本当に何十年ぶりだった。
ここ十年以上、『ワンピース』以外の漫画を買った記憶はない。
なぜ、そのときだけジャンプを手に取ったのか。
そして、なぜ今もその一冊だけを捨てずに残しているのか。
自分でもよくわからないまま、なんとなくページをパラパラとめくる。
巻末の作家たちのコメントが並ぶページで手が止まった。
「そうだ。このジャンプは、鳥山明が亡くなった時の号だったっけ」
そこには、二十名を超える漫画家たちによる追悼コメントが並んでいた。
「そうか、なんだかんだでもう一年以上も経ったのか」
気がつけば、『ワンピース』の作者・尾田栄一郎の追悼コメントを読みながら、そんなことを呟いていた。
時の流れの速さに、静かに打ちひしがれるような思いで。




