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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

桃太郎

作者: 土日土日土日日
掲載日:2025/12/01

「最大の不幸は、彼らが我々を『鬼』と呼び、

 我々もまた彼らを『鬼』と呼んだことだ。」

                —桃太郎(戦後回顧録『波涛を越えて』より)


上陸用舟艇のランプが下りると同時に、海水の飛沫と重油の臭いが鼻をついた。


第一強襲揚陸部隊を率いる桃太郎少佐は、愛刀である吉備津丸(きびつまる)の柄に手をかけながら、泥濘んだ砂浜へと軍靴を踏み入れた。視界の先には、鬱蒼としたジャングルと、その奥に聳え立つ要塞化された岩山—通称「鬼ヶ島要塞」が、朝霧の中に黒々とした威容を晒している。


「総員、散開。予定通りの座標へ展開せよ」


桃太郎の声は冷静だったが、心拍数は平常時よりわずかに上がっていた。(やはり、何度やっても上陸戦ってのは寿命が縮む)

背後では、揚陸艇から吐き出された兵士たちが、蜘蛛の子を散らすように遮蔽物を求めて走り出している。彼らの腰には、一様に黄色い包みがぶら下がっていた。


三八式野戦糧食(レーション)—成分の大半をきび粉と糖分で構成された高カロリー固形食。

通称、「キビダンゴ」。


これが、この絶望的な敵地潜入任務に対する、祖国(婆さん)からの手向けであり、同時に命と引き換えの契約金でもあった。


大将(ボス)、一二時の方向に熱源反応。敵の前哨陣地です」


インカムから、ざらついた声が響く。

声の主は、第一分隊長の犬飼(イヌ)。嗅覚鋭敏なスカウトであり、かつては狂犬と恐れられた 特務部隊の生き残りだ。


桃太郎は手信号で停止を命じ、双眼鏡を覗き込んだ。

熱帯の植物に偽装されたトーチカの銃眼が、こちらを睨んでいる。


「距離、三〇〇。……派手に歓迎してくれる気らしいな」


「どうします? 迂回しますか?」


「いや、正面からこじ開ける。時間をかければ、奴らの主力が出てくる」


桃太郎の判断は即決だった。

この作戦の要諦は速度にある。敵—「鬼」と呼ばれる武装勢力が、沿岸防備を固める前に中枢を叩く。そのために、彼は選りすぐりの「獣」たちを連れてきたのだ。


猿渡(サル)、右翼から浸透して爆薬を仕掛けろ。雉本(キジ)は後方から制圧射撃。私が正面を引きつける」


了解ラジャ。……ったく、貧乏くじはいつも俺だ」


通信機越しに、猿渡(サル)のぼやきが聞こえる。近接戦闘のスペシャリストである彼は、軽口を叩きながらも、すでにジャングルの茂みへと音もなく姿を消していた。

一方で、高台に陣取ったスナイパーの雉本(キジ)からは、無機質なクリック音による了解信号だけが返ってくる。


(頼もしい連中だ。食料ダンゴ一つで地獄まで付き合ってくれるんだからな)


桃太郎は唇の端を吊り上げ、遮蔽物の岩陰から身を乗り出した。

瞬間、トーチカからマズルフラッシュが迸り、重機関銃の轟音が空気を引き裂く。


頭上を7.7ミリ弾が掠めていく風切り音。

桃太郎は反射的に首をすくめ、再び岩陰に身を隠した。石片が顔に飛び散り、頬を鋭く切り裂く。


「射撃開始!」


命令と同時に、後方の稜線から雉本(キジ)のライフルが火を噴いた。

乾いた発砲音が二つ、ほぼ同時に重なり合う。トーチカの銃眼から見えていた射手と、その横にいた装填手が、糸の切れた人形のように崩れ落ちるのが見えた。


「今だ、やれッ!」


爆発音。

猿渡(サル)が仕掛けたプラスチック爆弾が、トーチカの側面を吹き飛ばしたのだ。

黒煙と土砂が舞い上がる中、桃太郎は愛刀を抜き放ち、白兵戦の距離へと疾走した。


「一番槍は頂いたァ!」


瓦礫の山となった陣地へ飛び込む。

生き残っていた「鬼」—筋骨隆々とした異形の兵士が、金棒のような鈍器を振り上げて襲いかかってくる。

その動きは遅くはない。だが、桃太郎の動体視力には、スローモーションのように映っていた。


(遅い。……恐怖で腰が引けてやがる)


一閃。

鋼鉄の刃が、鬼の鎖骨から肺にかけてを斜めに切り裂いた。

鮮血の噴水。

断末魔の叫びを上げる暇もなく、巨体が地面に沈む。


桃太郎は残心をとることなく、次弾装填のためにボルトを操作しながら、周囲を警戒した。

硝煙の匂いと、鉄錆のような血の匂いが混じり合う。


「エリア・クリア。……制圧完了です」


犬飼(イヌ)が油断なく銃口を巡らせながら報告する。

猿渡(サル)が煤けた顔で瓦礫から這い出し、雉本(キジ)もスコープから目を離してサムアップを送ってきた。


完璧な連携。

だが、これはまだ玄関口を掃除したに過ぎない。


「よし、本丸へ向かうぞ。……財宝の分配は、生きて帰ってからだ」


桃太郎は、腰の糧食袋を軽く叩いた。

甘ったるい団子の味を思い出しながら、彼は再び、死と隣り合わせの進撃路へと視線を向けた。

彼らが「略奪者」なのか、それとも「英雄」なのか。

その答えは、この島の最深部にある。

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