天井の木目に睨まれるようになった朝
挿絵の画像を生成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」を使用させて頂きました。
その夜の寝心地は本当に最悪だった。
頭も身体も眠りを欲しているのになかなか熟睡出来ないし、何とか寝入ったかと思えば妙な圧迫感と不快感が拭えなかったし。
日の出頃になると、頭は冴えているのに身体がピクリとも動かなくなるし。
何とか動けるようになったから良かったけど、きっとあれが「金縛り」なんだろうな。
「あれ何だったんだろ、本当に最悪なんだけど…って、うわあっ!?」
愚痴りながらベッドの上で起き上がろうとした私は、文字通り仰天してしまったの。
何と私の部屋の天井の木目が、まるで人の顔のようになっていたんだ。
それもシミュラクラ現象で片付けられるような生優しいレベルじゃなく、凝視すれば黒目と白目まで判別出来る程だったの。
天井から注がれる、グッと睨みつけてくるかのような無言の視線。
それに恐怖と威圧感を覚えた私は芸能雑誌に付録として封入されていた男性アイドルグループのポスターで覆い隠したのだけれど、結果的には何の意味もなかったの。
あの無言の視線は、男性アイドル達の爽やかな微笑を貫通して私をジッと凝視していたんだ。
両親に相談しても、何の意味もなかったわ。
天井板のリフォームはお金がかかるし、私の個室に使えるのは今の部屋しかない。
そうした現実的な理由から、私の頼みは全て却下されてしまったの。
藁にも縋るような思いで相談したのは、クラスで変わり者扱いされている一人の女子生徒だったの。
「成る程…朝起きたら天井の木目が顔のようになっていて、それにグッと睨みつけられているような気がするんだね。」
切羽詰まった私の心を知ってか知らずか、随分と嬉々とした様子だった。
それには少しカチンと来たけど、文句は言えなかった。
このクラスメイトの鳳飛鳥さんは、私にとって最後の頼みの綱なのだからね。
翌日の放課後、「一緒に学校の宿題をやる」という口実で私の家に遊びに来た鳳さんは、丸めた白い紙を抱えていたの。
「成る程…これが昨日の話で聞いた天井の木目だね。ここまでクッキリと顔に見えるのは、単なる見間違いでは片付けられないよ。コイツは偶然に天井へ取り憑いてしまった低級の浮遊霊。早期発見出来たから良かったけど、放置していたら家運を傾ける厄介な存在になっていただろうね。」
口元に浮かんだ不敵な微笑は妙に不気味だったけど、それと同時に不思議な程に頼もしかったよ。
「どうやら準備しておいた物が役に立ちそうだよ。悪いけど、脚立とポスター用両面テープを持って来てくれないかな。」
言われた通りの品々を持って来ると、鳳さんは例の顔が隠れるように白い紙をピッタリと天井に貼りつけたの。
よく見たら例の白い紙は、まるでポスターの裏面みたいに良質な紙質をしていたんだ。
「あっ…あのさ、鳳さん。ポスターなら私も貼ったけど意味がなかったよ。しかも裏貼りだなんて…」
「まあまあ、そう焦らないで。細工は流々、後は仕掛けを御覧じろだよ。」
そう自信満々に断言されたら、もう何も言い返せなかった。
素人の私に出来る事と言えば、「万一の時の為の用心」として渡された数珠を握り締める事位だったよ。
そしていよいよ、あの瞬間が訪れたんだ。
「さあ、見て御覧よ。これからがショータイムだよ!」
「えっ、これは…?!」
鳳さんに促されて天井を見上げた私は、思わず我と我が目を疑ってしまったの。
「うっ…ううっ!うううっ!!」
何と白い紙を貼られた所から、物凄い呻き声が聞こえてきたのだから。
それはまるで、火事で煙に巻かれたか密室で毒ガスを吸ってしまったかのような凄まじい苦悶に満ちていたの。
「アイツったら、必死で剥がそうとしているな…そうはさせないんだから!」
「やっ、止めろ!ソイツを近づけないでくれ!」
ブルブルと震え始めた白い紙の中心を、鳳さんの手にした伸縮式マジックハンドがピッタリと押さえている。
その先から聞こえてくるのは、絶望に満ちた哀願の声だったわ。
「そ〜れ、悪霊退散!とっとと成仏しちゃいなよ!」
「あっ!ああああ…」
そうして勝敗は決し、白い紙がはらりと剥がれた天井には単なる普通の木目しか残っていなかったの。
「すっ、凄い!あの薄気味悪い顔、どうやって消したの?」
「なあに、簡単な話だよ。このポスターの表面が天井板と密着するよう貼っただけだから。」
鳳さんが紙をクルリと反転させた時、私は今度こそ絶句してしまったの。
「ちょっと、鳳さん…それってウェッティ蛭口じゃないの!?」
まるでカメレオンみたいにギョロッと大きく見開かれた両目に、生理的な不快感を喚起させる爬虫類か両生類みたいにジメッとした雰囲気。
そして何より、分厚く突き出て赤黒い光沢を帯びた唇。
それは抱かれたくない男性芸能人ワースト5に毎年ランクインしている色物系芸人である、ウェッティ蛭口のキス顔ポスターだったんだ。
確か深夜のバラエティ番組で商品化企画の進められた、特級呪物系ファングッズだったっけ。
「あの天井の木目の顔にも口はあったじゃない。その口とフレンチキスをするように、このポスターを裏貼りしてやったんだよ。」
そうして嬉々とした様子で語る鳳飛鳥さんは、下手をすれば悪霊なんか比べ物にならない程に恐ろしかったよ。
それにしても、幾ら半ばジョークグッズ的な意味合いで商品化されたとは言え、あの色物芸人も自分のポスターが悪霊退治に使われているとは思いも寄らないだろうなぁ…




