ダゲレオタイプ
小説家になろうがルビを振れる文字設定が10文字までなせいで技名を変えざるを得なくなり…
今後もよろしくお願いします。
英雄というのは皮肉なものだ。勝てば官軍負ければ賊軍、或いは祭り上げられ、或いは居場所を失う。ここでいう「英雄」とは、彼ら「英雄を求める者」からすれば、ただの変革者でしかなく、何らかの手法を用いて不満を解決する存在だ。
そこに、正義は問われない。
この世界で話される共通言語における「変革者」を意味する言葉、「トリスタ」。金髪の青年は、いつの間にか、そう呼ばれていた。
「あー、いや、ふざけてんじゃねーよぉ?トリスタだっけか、あんたらの国で起きたことは可哀そうだと思うが、それがウチにまで影響してやがる。面倒ったらありゃしねー」
ぼさぼさの髪。しかしぼさぼさというには少々尖っていて、目つきの悪さと相性最悪の童顔がアンティークな机に乗っかっている。白く、僅かに灰色に濁った髪と、国の重役とは思えないほどラフな服装は、彼の性格を鏡移しにしているようだ。
「許してくれよ、ロディ。皇女様が亡くなられて、本当に大変だったんだ。ウチのお嬢様が彼女じゃなきゃ、本当に国ごと逝ってたさ」
対照的に、水色で、透き通ったような髪の毛、きっちりとした服装。皇国の正装であろうそれや、立ち振る舞いが清廉潔白さを出している好青年が一人。
ロディ、と呼ばれた男が返して、
「…そこまでギリだったか。まああのお嬢様なら、本当にどうにかしちまうかもな。内部との争いは面倒この上ないだろうが」
「相変わらず君は敬意ってものを欠片も感じてないね。いつか大義名分の種になって戦争吹っ掛けられるよ?」
「お前の国にか?はっ、ユーリ。お前があの国の最高戦力であるうちはそうはならないだろーさ。友達だろうに」
ユーリと呼ばれた男は図星とばかりに笑って、机の上に置いてあったグラスを呷る。ここはフィザロ皇国にある一般的なバー。国の重鎮どうしがこんな店で語り合っているなど、誰も想像できやしない。
「…でもね。その「トリスタ」、あの『黒鉄』から逃げ切ってるんだよ」
ぴしり、とロディの動きが停止する。先ほどまでの「面倒オーラ」はどこへやら、すっかり姿勢を直す。
「まーーーーーーーじで?」
疑うような黄色と赤のオッドアイをユーリに向ける。その奇抜な見た目は、異常性を表出している。
「大マジ。なんでも、サドラで魔法を連続使用して、無理やり魔力暴走を起こして逃げ切ったらしい」
「…イカレてるな。魔力調整をミスっただけで自分の魔力全部持ってかれて死ぬし、爆発でも死ぬし、場所もタイミングも全部計算に入れて動かねーと出来ねえだろ」
もし仮に「夢悔い自殺」をサドラの録音時に言いすぎて、魔力が足らなくなった場合、即死は確定する。ましてや、爆発の場所もタイミングも、全てがかみ合わなければ、逃走中に魔力が急激に減少して不利になる。
ロディは端的に、「正気じゃない」と理解した。
「逆にアレーナさんは、よくそんな状況まで追い詰めたな。普通に逃げ切る分じゃ爆発に巻き込まれる必要ないだろ」
「ああ。足と口を氷漬けにしたらしい。そこまでやって勝てない奴の方が少ないよ。この現代で氷砕きの魔法を掛けずに戦闘してるやつもめずらしいし、だから口だけ凍らせるなんて神業が必要になる」
「おー。俺は勝てなそうだ…」
そんな世間話を交えていると、ロディの耳に連絡が来る。
『ロディさん!さっさと戻ってきてください!!「トリスタンズ」が国を攻めてきてます!!東門前です!』
「はぁぁぁぁ???…しゃーねーな。すまんユーリ。行かせてくれ」
「うん。今日はお開きだね」
トリステンズ。トリスタの皇女暗殺に感化され、勝手に思想を持ち上げ、勝手にテロ行為を行う団体。ただ旗印が欲しかっただけなのか、それとも本気でトリスタを信じているのか。信仰に近いその思想は、過激さを増していく。
サーフリック共和国を拠点に活動を始めた彼らだが、その団員は驚異的速度で増えており、最早サーフリック共和国だけの問題ではない。
「ったく…楽にやらせろよ、数が多いな…」
屋根の上で下を見下ろすロディ。ため息とともに屋根から降りる。
「ここが一番重いんだって?さっさと潰させてもらうよ」
通信で入ってきた指示に従いやってきたが、やはり自分ひとり。自分の戦闘力への信頼ではあるが、面倒この上ない。
ロディはそう感じながらも、目の前に広がる50超えの敵を見据える。
「おらよ、さっさとやんぞ」
剣を取り出し、薙ぐように切り捨てていく。時折体に魔法やら剣やらが当たり、傷つく。
瞬く間に修復する。
それを見たトリスタンズの人々は、驚愕の様子を隠せない。
「なっ…!!」
「あぁ。知らねぇのか」
服をひらりとめくり、貫通したはずの腹を見せるロディ。その腹は、急速に修復を行っており、1秒もしないうちに、元通りになっていた。
「見ての通り。驚異的なまでの自動回復…一度に体をバラバラにされようが、つながった意識が切れる前に修復する。あらゆる死につながる要素を無視して、無理やり体を繋ぎなおす」
「これがサーフリック共和国指定魔法師、ロディ・シュトラウスの固有魔法…」
「『黄金数』だ」
「だから、もう面倒なんで諦めてくんね?」
「ただいまー」
「おかえり、ロディ。今日も大変だったね。無理させて悪いとは思ってるんだ。トリスタンズの活動が活発になってて…もう確保とか甘えたこと言ってられなくてね」
重厚なドアを開けたロディは、たちまち気を緩める。先ほどの戦闘は、相変わらず死にはしないが、まさか自爆という手段を取るとは思わなかったようだ。魔力暴走を体内で起こし、自爆する。魔力量が低かったことで爆発の威力自体は低かったが、あそこまでの躊躇のなさは驚きだ。
正面で書類に向き合っているのは、ロディの妻である女性、アリス・シュトラウス。赤と白の髪は長く伸び、すらりとした長身は髪色によく映える。
男性的とも取れる精悍な顔つきで、「ザ・王子様」というような雰囲気の表情と白基調の軍服が清潔さを醸し出す。
「いやあ、別にいいよ。危険分子の処理は国民の投票で決まったことだ。必要だしね」
執務机の前に置かれた対面するような一対のソファ。ふかふかで仮眠をとるにはバッチリな場所に腰を掛け、息抜きに軽く目を瞑る。
「ふぅ」
このソファで良く寝ているために、アリスには怒られがちだ。それでも追い出さないのが優しいところではあるのだが。
「アリスも休んだらどうなのさ」
「私は良いかな。この、ロディ風に言うなら「超面倒」な書類の山を片付けてからにするよ。今やらないと忘れちゃうしね」
アリスは極めて真面目で、隙のない性格だ。ロディとは対照的で、サーフリック共和国の事務上のトップであるだけはある。
サーフリックの制度は一言で表すなら「法が王である」。
今の国民が生まれるより前に出来た法律は国を運営する上での基本方針が書いてあり、それに則って立法・司法・行政が成立している。完全なる法律主義で、選挙に至っては魔法で完全にシステム管理されているのだから驚きである。
「大変だなあ、手伝おうか」
そのシステムで選ばれた国の代表の一人であるのが、アリス・シュトラウスである。主に外交と軍事を担っており、国の代表でなければ、サーフリックにおける指定魔法師となっていただろうと言われている。
「気持ちだけ受け取っておこうかな。君は休んだ方がいいよ、ロディが苦しむ姿は見たくはないからさ」
「…言ってくれるじゃん」
指定魔法師というシステムは、この世界に存在する殆どの国が戦争の流れで導入し、依然として形を残している。
戦争時代において自分の国の力を他国に示す他、戦力の可視化、加えて兵士の士気の向上など、いいこと尽くしだった制度である。
内容としては、魔法が多様な使われ方をしていた戦争時代において、「単騎で一つの戦争に影響を及ぼすことが出来る魔法師」に称号を与えることで差別化する。
代表としては、「黒鉄」アレーナ。「黒鉄」が来るかどうかだけで戦場の在り方が変わるとまで言われたほどである。そもそも彼は固有魔法以前に魔法の扱いに長けるので、応用性といった観点でも評価されている。
「そういえば、言い忘れてた。トリスタンズの勢力拡大がひどくてね、特に時折報告に上がってくる「六摩天」という、トリスタンズの階級の奴らがとんでもない暴れ方をしてるんだよ。ウチはまだテロも起きてないけど、いずれそいつらも来ることになると思うから」
「…ちなみに、その「影響」ってのが出てる国は?」
「まだ小さな被害で収まってるから表面化してないけれど、フィザロ皇国はそろそろまずいんじゃないかな、と思ってるよ。もしかして、ユーリを助けたい?」
図星だったのか、顔をしかめるロディ。その様子を見てアリスはクスクスと笑う。
「一応、友達だしな。…だけど昔は国ごと仲が悪かったし、遠慮してんのさ」
「…六摩天とやらの影響力にもよるけど、サーフリックとフィザロで、同盟を組めるかもね。いずれにせよ、ロディにはサーフリックに行って六摩天の話を聞いてきてほしいんだよ。トリスタンズの活動は、最近目に余るから」
「…………また、離れ離れかよ」
「ごめんね」
バツの悪そうな顔をロディは隠さず、申し訳なさそうな顔をアリスも返球する。やることを思い出したのか、ロディは立ち上がり、金を基調に装飾されたドアを開けて去っていった。
「……はぁ」
アリスは大きなため息とともに机の引き出しを開け、何やら大量の小物を机に並べ始めた。
「……一緒がいいなあ」
机に鎮座しているのは、ぬいぐるみに彫刻、何で出来ているのか分からないアクセサリー。特筆すべきは、その全てが、ロディにそっくりだ。趣味に縫物を持つ彼女は、其の愛故か、大量のロディグッズを自作している。誰にも言っていない趣味であり、本人に言う勇気もない。
ぎゅ、とロディぬいぐるみを抱えながら、頭の中で逡巡する。
「なんでこんな時にロディに命令するわけ…折角一緒だと思ったのにさ」
またしてもため息が出る。彼と結婚して5年ほどが経とうとしているが、両者ともに忙しい立場であるために、二人でいる時間も取れないのだ。
ロディ・シュトラウスという人間はかなりの愛妻家だが、実はその愛はアリスの方が強い、というのは彼の与り知らぬところである。
固有魔法至上主義、という考え方が存在する。とある魔法学校に所属する教授がいなければこの主義は一般的な物となっていただろうが、それが戦争時代を超えて無くなりつつある今でも「固有魔法至上主義」は依然として形を残すことがある。
だから、不幸な子供が生まれるのだ。
泥まみれの地面に突き飛ばされる。口に土や血が混ざって区別がつかなくなる。泥を払う暇もなく、上から泥だらけの靴で踏みつけられる。ぐちゃり、という音がなり、俺だか、僕だか、私だかは地面にたたきつけられる。
「…」
とっくの昔に、、泣いたり叫んだりするの事の無意味さは知っていた。親に貰った呼称は、アブレ。救いのない彼は、アイスブレイクが下手くそだった。
別に、彼をいじめていた子の固有魔法が凄かったわけではない。ちょっと優秀、指定魔法師には程遠い魔法だった。それでも、アブレに与えられた固有魔法は、酷く残酷で、矮小で。彼が魔法師という職業を早々に諦める理由にもなる。
「点水を裂けば」
掠れるような、音であったかすら怪しい程小さな、自身のない声。掌の上に出現したのは、小さな小さな、玩具のコイン。コインは両面が金で、表面には氷のマークが刻まれている。小さすぎて硬貨としての価値がないことは一目瞭然で、ソレを見る度アブレの目には涙が溜まる。
もし彼が、新しい価値観の教師がいる魔法学校に通っていれば、「この世は固有魔法だけではないし、その魔法にも伸びしろがある」と教えていたことだろうが、運悪く、或いは必然的に、彼は固有魔法に対する価値観が古いままの人間のもとに辿り着いてしまった。
誰の協力もなく、講義を受ける機会も少なかった人間が、魔法式で全てを解決できるなど夢のまた夢。魔法師としても発展途上であったが為に、彼は加速度的に、減速度的に、魔法の技術から取り残されていった。
それでも彼は諦めなかった。誰にも言わず、この「点水を裂けば(アンブルウ・フェルメエル)」で出現するコインが「魔力の消費がない」という事を唯一の自慢に、独学で魔法学を勉強していった。
「魔法師フィジリアみたいになる!」
いつかの日に親に向かって言い放った言葉だったはずだ。フィジリア、というのは戦争時代よりも前、この世界にまだ「魔物」という魔力をエネルギーに活動する生き物がいた時代に英雄として実際に存在した、御伽噺の英雄である。
実は、フィザロ皇国という国の名前は彼から取られており、今ではその事実は立派な観光資源でもあるのだ。歴代最強の魔法使いにして、皆の憧れ。その英雄譚に真っ当に憧れ、真っ当に「魔法使いになりたい」という夢を掲げた彼の情熱は、そこまでのいじめを受けて尚、燃え続けていた。
そして、18の頃だっただろうか。彼の固有魔法は進化し、使い物になるようになった。その時彼は、とっくに魔法学校の道から外れており、仕事をする傍ら練習をしていただけだった。
それでも、彼は今の自分なら、と魔法学校を受けなおす。
「不合格です」
「え」
「これ、昔の貴方の固有魔法のデータですけど、これを見ておきながら入学なんて、無理に決まっているでしょう。まして成長したとは言っても、18から魔法師なんて、到底不可能ですよ。我々は本気の人間しか採用する気はありませんからね」
彼が魔法師に憧れた理由は、フィジリアと、もう一つある。親への恩返しだ。こんな使い物にならない固有魔法を見て尚、自分の夢を応援してくれ、魔法学校に通わせ続けてくれた親に、自分が活躍している所を見せたかった。
彼の親は、もう年齢を重ねていた。彼には時間が無かった。その焦りも大きかった。いや、ここで焦ろうが焦らまいが、結局彼は魔法学校に入れないのだが、彼は反発した。
「ふざけないでくださいよ!!せめて固有魔法の現状を見てから言ってください、僕が本気じゃないだなんて、貴方の勝手な偏見じゃないですか!」
怒りと共に椅子から立ち上がり、机に詰め寄り、掌にコインを出現させる。
「点水を裂けば」
「冷静になりなさい、貴方。冷静を欠くことは魔力制御の失敗につながりますよ。そのように熱しやすい性格などというのは、親御さんもさぞ短気なのでしょうねぇ」
完全にそれが契機だった。自分の魔法や性格が馬鹿にされることより、親が馬鹿にされる方が、到底許せなかったのだ。彼は進化した「点水を裂けば」の効果を使った。
使ってしまった。
結果として試験官は死亡、丈夫なはずの魔法師が一撃で殺されたことでこの問題は魔法学校へと通達、アブレは世間から追われる立場となった。
加え、そこで親が亡くなる。殆ど同時期だった。
「……………馬鹿は僕だ」
当初の目的であったはずの「親に自分の成長した姿」を見せることすらできず、寧ろ、人殺しになってしまった。しかも、その事実を知られることがなかったという事実に、安心している自分がいる。
くそったれだ。
ありえない。
なんで、誰も僕の努力を認めすらしない。なあ。母さん、父さん。僕は、一人で頑張って、成長してきたんだよ。なんでそれが認められないんだよ。こんなことになるなら、成長の途中でその話をするべきだった。
誰か、僕を、僕の夢を肯定してくれよ。
おかしいだろ、こんな世界。
いつの間にか、彼は一人になった。そして、アブレは、「皇女殺人事件」に英雄を見た。
確信した。世界を変える力がある人間が、英雄であると。あの金髪の青年こそが、変革者であると。彼のように、同じような確信を得た人間たちが勝手に集まり、「世界を変える」ことを誓った。これが、トリスタンズの構成理由。
最早、トリスタの真の目的など、誰も気にしていなかった。「変革者」であることが最も重要だったのだ。彼を助ける目的で出来たわけではない。でも、彼に憧れ、世界を変えてみたいと思った大馬鹿。それが、トリスタンズ。
世界を変えるにはどうすればいいのだろう。そんな疑問に、トリスタは一つの正解を示した。俯瞰して、自分事ではないと思っている人間を、巻き込めるだけのムーヴメントを起こせばよいのだ、と。
フィザロ皇国はトリスタがやった。では、自分は、その次に魔法に長けると言われる長大なる国家、サーフリック共和国を詰めよう。そう、思った。
見ていてくれよ、母さん、父さん。僕をいじめていたやつは、僕をいじめていた才能の塊共は、僕の努力に追い抜かれるんだ。
地獄絵図を作って見せよう。きっと天国からでも、この変化は、著しいだろうから。
最高の世界を作って見せよう。そうすれば僕も、気づけば天国行きの馬車に乗れるのだから。
魔法師フィジリア。貴方のように氷魔法を極めてみたかった。僕にはそんな才能は無かった。だから、誰でも、固有魔法の内容にかかわらず、好きな魔法を研究できる。
そんな世界を作って見せる。だから。
少しの間だけ、貴方の氷は砕かせてもらうよ。
「点水を裂けば」
公開情報:魔法師フィジリアは、氷魔法で名を馳せ、太古に存在していた「魔物」という存在を一人で壊滅させた。事実、現代に残る「魔物」は非常に数少なく、彼の登場以降の時代を「人間時代」と呼ぶ学者もいる。「オブリザの歴史的独白」によれば、「彼なくしてフィザロ皇国の存続はあり得なかった。今なおその存在をありありと証明する証拠があるのだから、彼は御伽噺に収まらない英雄だろう。」