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ラストムジカ  作者: 空放響
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非日常落下

ゆったり更新するのでよろしくお願いします。代わりに1話大体5000文字を目安に投稿していきます。




魔力が炸裂する音か、或いは叫び声か、とうに区別がつかなくなっていた。



 甲高いのか重苦しいのか、長命種である自分だとしても、それを経験するには、尚早すぎたらしい。

 「…次」

 当の昔に慣れた、血が炸裂する景色。目の前の、歩兵であるのかすら分からない誰かが、その珠玉を落としていく。ばったり出会ってばたりばたり。

 最早ここにおいては、経験の有無は意味をなさない。俺ですら、指定魔法師に選ばれたことがある人間ですら。油断すれば死に得るのだ。

 ほら、すぐそこに。

 即死級の魔力の塊が。




 ばつん、と記憶を千切られたような、或いは紙を破り去ったような感覚と共に、意識が戻ってくる。体を伝う冷や汗に反して、カーテンに覆いかぶさる太陽の光は今までのものが夢であったことを伝えてくる。


 「…仕事だ」


 ベッドから起き上がり、洗面台で水魔法と共に顔を洗いながら逡巡する。こんな夢を見たのは、今日、傭兵の仕事があるからだろう。宿における朝食は豪勢なものではない。ちょっとした保存食と野菜くらいなもの。それをゆっくり口に入れつつ、過去を思い返す。


 人々が呼ぶところの戦争時代が終了したのは、いつだっただろうか。あの時の記憶が最も鮮明であるし、いやまあ、あの戦場に鮮やかと言うほどのカラフルさはないが、つい昨日のことのようだ。世界平和条約の締結により戦争時代は過去のものとなった。国家間の摩擦は時間が解決していき、今では世界協力すら謳われつつある。


 服を着替え、仕事着に。合理性だけで作られている、とある不思議な動物の毛でできた黒コート。差し色はポケットやボタンを見分けるためだけの白。しかし俺にとっては、この服ほど便利なものはない。


 ドアを開け、目的の場所へと歩き出す。

 フィザロ皇国の町並みは、いつも通りだ。いや、自分にとっては非日常な景色で、見ることも少ないが、昨日のそれと余り違いはない。朝であるにも関わらず大通りの商店街は儲かっており、人々が道端に置かれた机で食事をとる。


 この国全体がとある魔法で守られることにより、この国の治安は極めて良い。太古の昔に、俺すら生まれていなかった時代に、とある天才がこの魔法を作った。

 あえて引用しよう。この国の歴史を語る本としては大定番たる、『オブリザの歴史的独白』によれば、


 「フィザロ皇国の皇帝が、彼女に依頼を行うことで、この国の不可視かつ接触不能の結界は完成した。国全体がこの結界に守られ、内部で起きた事象に対し犯罪かどうかを即座に判定、処罰を下す魔法。」


 「…問題があるとすれば、彼女が作ったそれは、彼女の悪戯により魔法に関する犯罪を防げず、同時に、その複雑さから彼女以外に内容を変更できなかったことだろう。まったく、やはり天才は難儀なものである。」


 例えばこの結界によって制定されているルール「食事によって発生した廃棄物は、道に捨ててはならない」は、ゴミをゴミ箱に入れない人間に対し処罰を行うのだ。まあ、この程度の違反では重大な処罰は行われない。せいぜい一発芸をやらされる程度だ。


 とまあこのルールにより、国が何も考えず置いた机椅子が汚れることはなく、この国では食べ物を買ったらそれが持ち帰りかどうかに限らず、そこいらで食べることができるのだ。


 さて、そんな話をしているうちに仕事場についた。俺はこの国に雇われた傭兵である。何故雇われたのか。衛兵を多く抱え、魔法師の戦力としても世界のトップかもしれないこの国が、どうして俺を雇う必要があったのだろうか。


 なんたって今日は、皇女様のスピーチがあるからだ。先日、皇帝が亡くなった。若くして病に伏し、魔法でも治らなかったそうだ。その上、子供は娘が一人だけ。後継ぎとしては速すぎる。

こうして、皇帝の妻である皇女様が国の権限を握ることとなったのだ。


 フィザロ皇国は、都市国家である。その中心は、皇帝のいる大きな城。戦争時代では防衛の要であった。

一度攻めたことがあるが、非常に厄介。特に、城に設置されていた自動の…


「アレーナ様、お待ちしておりました」


 思考をぶった切るように誰かの体が視界を占領する。城に思いを馳せていたところで、砂嵐が吹いたのだ。


「今日はよろしくお願いします。式典が無事に開催されることを願ってますよ」


 仕事内容は、式典が終了するまで現皇女を守る事。この国の結界は、魔法犯罪を防ぐことが出来ないため、騎士団や衛兵と言った治安維持機関が平和な国でも存在しているのだ。さて、今日も仕事を始めよう。





 サドラ、という魔法が存在する。この魔法により皇女の発言は国民全員に知らされることになる。効果としては、時限付きで物体に音声を付けられる魔法。即ち、触れさえすれば万物がレコードと化すのだ。

フィザロ皇国の城のすぐ下まで来てくれた国民へは皇女自身が録音した台詞と同じセリフを。来ていない国民も、鳥に付属された音声を聞くことにより同じ情報を手に入れることが出来る。


 アレーナは脳内で町の構造を反芻する。時折この城を攻めた時の記憶を思い出しながら、それでも明確な形で、テロリズムを崩すことを考える。彼の思考は、犯人を仮想していく。自分が犯人だったなら、どこを攻めるだろうか。


 『国民の皆様、今日はフィザロ皇国の転換点となる日でしょう。そんな日に、態々私の話を聞いてくれてありがとうございます。私は、現在この国の政治を行っている、アイビスという者です』


 冗長か、或いは雄弁か。魔法によって全国区に伝えられるそのスピーチが良いものかどうか、フィザロの人間ではない彼にとっては判別する術はない。

 仕事といっても、自分は衛兵ではないので、皇女を大々的に護衛することはできない。それは別の人間の仕事だ。


 それでも、もし仮に、自分が皇女を殺そうと思うなら。皇女が演説を行っている城のバルコニー。その下に集う大量の市民のうちの一人として、暗殺を目論むだろう、と考えていた。







 今日は晴れの日だ。ハレの日ではないよ。…だというのに、この国の人々は、総じてそれにも気づかず、何か今日から「新しい」が始まるのではないかと、皆で期待している。

今日は非日常だ。面白いものが降ってくるぞ、と。


そういえばそうだった。今日は快晴だ。憎たらしい程に美しい青だ。赤というのは、青い背景によく映える。なんて、ピッタリなんだろうか。


ほらほら、今日は非日常だ。面白いものが降ってくるぞ。


夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)


銃声。


ほら、死体が降ってきた。





 魔力の音か、或いは叫び声か、とうに区別はつかないらしい。







 よりにもよって、だった。ある種の正夢と言えようか。自分の考えていた想定が、そのまま当たってしまった。魔法を使い、高速移動する。この魔法は俺以外には使えない。なんたって固有魔法なのだから。魔法式によって一般化されたそれとは違うのだ。

 だからさっさと、皇女を殺した犯人を捕らえに行くぞ、俺。この状況で最速で犯人にたどり着けるのは、多分俺なのだから。



 金髪が揺れる。口には笑顔を浮かべながら、その皮膚には滝のような汗。

 

 「まったくさあ、この国の衛兵は、ちょっと、優秀すぎる…よねっ」


 路地を抜け、障害物を超え、ホップ、ステップ、ジャンプ。後方から追いかけてくる一人の兵士。そして、その「追跡役」の指示を基に僕の移動先を予想し待ち構えるまた別の兵士。


 「サーベリア」


 ほら、路地を突っ切って僕の前に立ちふさがる20くらいの男性が一人。壁を作ることことができる魔法で、僕を塞ごうとしているらしい。


 「あれぇ、意外と実戦積んでない感じ?取り敢えず行く先塞ぐってのは悪手も悪手。相手の固有魔法も分かんないのに、やるしかない盤面自分から作って、固有魔法で潰して、」


 一気に距離を詰め、蹴りを繰り出す。…フリ。


 「ファリズ」


 瞬時に魔法によって作られた壁が突如凍る。それに気づいた男が、口を開く。口を開いたという事は、魔法発動の意思を見せたということ。魔法というものは、口に発することで効力を発揮するものだから。


 「なんてことが出来るほど、僕はのろまじゃねえの。ほら、夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)


 右手に構えるはピストルの形。その人差し指の先は、男の脳髄を狙っている。


 「っ、エアロストラッッ!!」


 発生する暴風。それによって吹き飛ばされた金髪は、空中に放りだされながらも、無表情に。


 「可哀そうに。いい判断だったと思うよ、エアロストラで一回距離とって、しかも僕を追跡してるやつとの距離を縮める。挟み撃ち状態だし、うん…僕じゃなきゃあ、正解だった」


 警戒態勢をとる男の背後、そこで、魔力の塊が、異音を奏でる。気づけないほどに小さく。それでも、それは、明確な死の宣告だった。

 男の後方で展開されていた魔法陣は、不可視の弾丸を放った。


 銃声。


 「一人終わり、次」


 そうして一息つき、追跡役から逃れるためにまた走り出そうと振り返る。瞬間。



「っ!」



 完全に本能だけで、勢いよくしゃがむ。珍しく、いや、本当に珍しく、勘だけで回避した。気配が一切なかった。振り返り、自分の勘を確かめる。


 着地音は無かった。目の前に立つ、戦闘態勢の黒いローブの男。右手にはナイフを構え、自分がしゃがまなければ、ナイフがそこを通過していたと理解する。立ち姿と、保つ距離感だけでわかる、強者だ。

 男性にしては少々長髪で、目は鋭く、僕との正対を崩さない。


 「お前、名前は?」


 黒服の問い一つで判断を下す。僕がこいつとやりあうアドバンテージは皆無だ。


 「あー、こりゃ、分が悪いね」


 今のは、明らかに無意味な問い、即ち時間稼ぎ。この国の衛兵を、どれだけすべての出口に配置できるか、ということが重要になる盤面で、時間稼ぎを行う。圧倒的にセオリー通り。だから逃げることにした。


 「逃げられると思うか?」


 走り出した瞬間、自分の足元から、ナイフが飛び出す。地面から、人が出てきた。まったくもって意味不明な事態。固有魔法の仕業であろうそれ。


 この程度の想定外、想定内でなくては。


 「夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)


 銃声。その弾丸は、ちゃんと脳髄を貫いた。最後まで貫き切った。



 だから。

ちょっと、脆すぎる。


 なるほど、影を残すことで、空蝉の術的なことをしているのだろう。もし彼の固有魔法が「影間の移動・実体を持つ影の創造」のようなものであるならば、非常に厄介だ。そもそも、ここまで多様なことが出来る固有魔法は珍しい。その応用性から察するに、めちゃくちゃ修行を積んでいる。


 「…やるなあ。相当、固有魔法の練度が高いみたいだ。しかも常時発動できるタイプじゃんね」


 感心していれば、


 「ファリズ」


 後ろから聞こえてきた、氷魔法の名前。魔法を使うためには詠唱を必要とするこの世界において、名前の宣言は予約であり、それ故に予測ができる。だから、魔法以外の殺害手段を使う手練れが多い。だからこいつは不意打ちにはナイフを使った。


 その上で、あえての魔法。ナイフよりも射程が広いのは当然のことで、故に強い。


 「しかも普通の魔法のコントロールも完璧。僕の足だけ凍らせるとか神業かよ。ってことは、次は」


 そこまで喋って、口がふさがる。当然だ。声に出せなければ魔法にならないのだから、氷魔法で口をふさぎ、喉を凍らせて発声不可能にするのは常套手段。

 本当に強いな。この詰将棋をされているかのような感覚は、なかなか味わえるものではない。沢山の死地を乗り越え、合理化されてきた戦法。


 (まったく、まさかホンモノとやることになるなんて思ってなかったよ。こいつの固有魔法…おそらく「影を物体が移動できる」的なやつだろうけど…それ殆どテレポートじゃん)


 (しかもそろそろ、追跡役が追い付く。今の戦闘だけでかなり時間を稼がれたから、時間の問題だろう)


 (しょうがないけど…)


 (さあ、逃げるか)


夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)







 どこからか、声がした。銃声もした。地面に弾丸の跡が残っている。


 「…?」


 黒いローブの魔法使いは疑問を浮かべる。今の声は、目の前で足を氷漬けにされ、動くこともできない男のそれに似ていた。



夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)


 幻聴ではない。夢でもない。



夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)

夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)

夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)

夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)

夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)


 まずい、本当にまずいぞ、これは…!!







サドラ、という魔法が存在する。


効果としては、時限付きで物体に音声を付けられる魔法。即ち、触れさえすれば万物がレコードと化すのだ。フィザロ皇国においては権威者から国民への連絡手段となっていた。


ところで。魔法の発動条件とは、何であっただろうか。

そうだ。「名前を呼ぶこと。」正確には、名前を呼ぶことで明確に「撃つ」という意識を呼び込む必要があるが、要するに、「その魔法を使える人が、名前を呼びさえすれば、魔法は発動する」のである。







 近くにただ置いてあるだけの木箱。何の変哲もない、いつかさびて消えるだけの木箱。


それから発声された音声は、新たな魔法となり。エネルギーを発生させる。


金髪の男の固有魔法「夢悔い自殺(エーテル・スーサイド)」。それが、一点に向かって、撃たれ続けている。


 「クソが…!!」






 影に溶け込み、どこかへ逃走するローブの男。さ、僕もあとは、意識を失わないようにするだけだ。保険って、掛けておくもんだね。もともとは逃走ルートを瓦礫でふさいで時間稼ぎするためだったけど。




 夢悔い自殺により、魔力が一か所にたまり続ける。魔力という概念も、エネルギーだ。


そして、魔力の有名な性質がある。




たまり続けた、極めて濃度の高い魔力は、いつか、魔力暴走を起こし…




 爆発する。






 「あーー…痛い痛い…死ぬかと思ったぜー」


 肩を抑え、よろよろと歩く。随分と酷い怪我だ。さっきから治癒魔法を掛けてるってのに、直りやしない。…ま、おかげで僕は、この町の城壁までたどり着けて、さっきの爆発で人の少なくなった、ざる警備の門を通り抜けられるんだけど。



 金髪の青年は、傷を抱えながら、しかし堂々と。フィザロ皇国から脱出して見せた。







 皇女殺人事件は幕を下ろす。そして、金髪の彼が起こしたこの事件は、彼の思わぬ形で波及し、世界を巻き込むムーブメントと化す。


プロローグ・END


公開設定:フィザロ皇国の名物は魚料理。とある英雄が好んでいたことからいつの間にか市民にも一般化していた。

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