3話 あこがれを体現する唯一であるために!!
煌めく姿を得た「ナナナカノコ」も、これにて最終話です。
アイドルフェス屋内の会場には、8000人の観衆が詰めかけている。暗いステージ中央の闇の中――そこに自分を消し、息を潜ませる僕はそっと呟いた。
「さぁ、皆の待ち望んだ大トリの降臨だ」
一際強いスポットライトの円が降臨し、期待に目を輝かせる何人もの想いを具現化したアイドルが現れる。
「みんなーーーーーーーーーっ! 今日はナナナカノコのために来てくれて、あっりがとぉーーーーーーーーーーーーーーっ!」
ステージの上で僕が大きく手を振れば、会場中の空気を震わせる大歓声が沸き起こる。
声は音子。
身体は僕。1年前に彼女が言った通り、僕が音子の意志を察して演じている。
Pさんが、二台のシンセサイザーと、パソコンに繋がれたMIDIコントローラーに囲まれて、何人ものバンドメンバーが作り出すのにも負けない複雑な音を創り出す。
彼の音に導かれて、歌が始まり、僕は大きく口を開ける。
けれど、僕のマイクは音を拾わない。僕の役割は、大勢の人たちの希望と夢を具現化したアイドル「ナナナカノコ」の身体だ。音子の歌声が、華やかな煌めきを纏って聴衆に向かって行く。
僕らは三人で、絶対的なアイドルを創り出す。
性別を感じさせないアンドロジナスな風貌に、少女の様に愛らしく透明感のある歌声で、時に隠しきれない激しさと力強さを漲らせるシャウトを繰り出す歌を紡ぎ出す。
現実ではない理想を体現した、幻想の実現体――それがアンドロジナス・アイドル「ナナナカノコ」。
大勢が愛し、追い求めるアイドルは虚像で構わない。
皆が熱狂する、音と、声と、詩と、そして風貌が揃えば、理想が現実として確かな力を持ち、触れる人たちにとんでもないパワーを与える。
ステージの上は、三人が夢と理想で紡いだ「完璧」な芸術品だ。
生まれたばかりの「ナナナカノコ」は、Web上で顔を出さず、Pの作った曲を歌っていた。そして人気に火が付けば、Pと音子の「ナナナカノコ」の歌をもっと広い世界に知らしめ、魅了したいとの想いは強くなるばかりだった。
人気が出ると、テレビや生のステージへの露出が求められる。
けれど、二人の理想とする「ナナナカノコ」は音子そのものの風貌とは違っていたし、何よりその時まだ中学校一年生でしかなかった彼女は、普通に学校に通い、生徒としての自分も残したかった。
あの喫茶店で、契約に同意した僕に音子は言ったんだ。
「わたしは貪欲で贅沢者なの。普通も、極上も、両方の世界を味わい尽くしたいの! 超アイドルで世界中も魅了して、その上で普通の学校に普通の友人関係を築いてもみたい!! だからナナナカノコは、実在しちゃいけないの」
理想を追い求める彼女は、僕が今まで目にした何よりもキラキラ輝いて見えた。先に彼女と歩み始めていたPに嫉妬心を覚えたくらいだ。だから、僕はP以上にナナナカノコをアイドルとして輝かせる存在になりたいと努力し続ける。
そうしてずっと音子の見る極上の景色を、一緒に目に焼き付けるんだ!
けど、それだけじゃあ満足できない。
「強引な音子に振り回されて、僕まで影響を受けちゃったんだろうな」
微かに呟いて、光が降り注ぎ爆音の様な歓声を独り占めするステージの中央から、ひっそりと影に潜んで歌い声を紡ぐブースへと視線を向ける。
「音子が居る平凡な日常も、身体の僕じゃなく……那珂として一緒に過ごして生きたい。僕まで、贅沢で貪欲になっちゃったみたいだ」
彼女のために、僕は全力を尽くして輝く。
みんなのアイドルを壊さないように――いや、違う。
たった一人、音子のあこがれを体現する唯一であるために!!
完結までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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