2話 おねがいっ! 君の身体を、わたしにちょうだい!!
警戒心も顕わな僕を、強引に連れて行くのは不可能だと判断したんだろう。
焼き鳥屋を無理矢理引き摺り出されて、噛み付いてやるとの意思も顕わにした僕に彼らが提案したのは、近所の古い喫茶店に入っての事情説明だった。
ほんの少し裏通りに入ったところに在るその店は、昔からの常連が珈琲と新聞で時間を潰しにやって来る店だ。程よくまばらに客が入り、天井近くに設置されたテレビには歌番組が流れている。
幾つも空いた4人掛けのボックス席の一つに、僕とPが向き合って着き、彼と背中合わせになる席に音子が腰かけた。
彼女が何故同じ席に加わらないのか、不思議な行動ではあった。けれど僕にとっては、そんなことより連れ出された案件についての方が重大で、大問題だった。
「あのさ、そんな噛みつきそうな顔で見ないでくれないかな? 傷付いたお兄さんの繊細なglassハートが、砕けた煌めきのshowerを浴びて、太陽に背を向けた背徳者の沈鬱に圧し潰されちゃう――」
「ワケの分からないこと言って誤魔化さないでください。ここで、人攫いって大声を出しても良いんですよ」
ただそれをやらないのは、音子が妙に気になったからだ。全く知らない痴女に強引にこんなことをされたのなら、即大声&警察案件なんだけど、僕は彼女を知っている気がする。
けど、思い出せないんだ。
いとこ……でもない。ハトコにもいない。もっと遠くの親戚??
ふいに、テレビからとある歌が流れて―――僕の聴覚を惹き付けた。
男女の別なくあこがれの視線を向ける、今を時めく超人気アイドルの歌だ。彼女の澄んだ高音はぶれず、安定して伸びやかに響き、切々とした恋の詩を力強く希望に満ちた輝きを伴って紡ぎ出す。
「あれ、この声? どっかで聞いた気がする」
「わたしだよ」
呟いた僕にすかさず音子が答える。
「よかった知ってた。なら話は早いね」
「いやいやいや、待って? 無理があるでしょ。あの彼女とあんたとじゃあ、姿が……」
僕が指差したテレビの画面に視線を移したPが、チッと舌打ちをする。腕を組んで、眉間にしわを寄せた不機嫌そのものの態度だ。真っ黒な丸サングラスで隠れているけど、きっと映像を睨み付けているに違いない。
「こいつは二代目の身体だ。そん時の録画だ」
「一週間前にクビにしたの。だって、迫るし、脅すし、勝手なことばかりして、ナナナカノコを壊そうとするから。だからナナナカノコは一週間活動休止中なの!」
Pの背中越しに、僕に視線を寄越した音子が、苦々しく顔全体を歪めて大きく溜息を吐く。
「は? え?」
僕の口からは間の抜けた音しか出てこない。何を言っていいのか、彼女たちが何を言っているのか、まるで分らないからだ。音子の言うナナナカノコは僕だって知っている。けどそれを壊すって? 二代目の身体って?
「ナナナカノコがこれ以上表に出ないと、重病説が流れて、今後の活動に支障をきたすって……そう焦ってたとこに君がいたの! 大好きな焼き鳥が結んでくれた縁が、トリだけに飛び込んで来てくれたのよ!!」
Pが、必死に肩越しで音子を圧し留めようとしているけれど、抗いきれない力強さで僕に向かって身を乗り出してくる。「落ち着け音子! 新たな騒ぎを起こすな! 目立つわけにはいかないからっ」と、小声で必死に懇願するPだが、瞳孔の開ききった音子は僕を逃すまいと更に背凭れから全身を乗り出してくる。もぉ、こっちの席に着いた方がマシなんじゃないだろうか。
「わたしとPには、君の身体が必要なのよぉぉぉぉーーーーーーーーー!! おねがいっ! 君の身体を、わたしにちょうだい!!」
とんでもない熱量をぶつけられて、鬱々漫然と過ごすだけだと思っていた僕の「お仕事」は、音子の望む方向へ舵を切ることになった。
「ぶっちゃけ、ナナナカノコは俺が一手に仕切ってて、事務所とか関係無いから取り前は大きいよ」
そう言って、Pさんが提示した金額がとても魅力的だったことも否べない。
現役学生を売りにしているナナナカノコの活動が、休日限定だったりすることも、アルバイト学生にはとても魅力的だったんだ。
あとは、アイドル活動に並々ならぬ力強い情熱を注ぐ、音子に絆されたのも、ちょっとあった。
―――いや、格好つけても仕方ない。正直に言うと、年下の彼女から感じた僕にない「情熱」。それを身近に感じたかった興味が、何より大きくなっていた。