詩人・此井晩秋
〈晩春の色々思ふはや老齡 涙次〉
【ⅰ】
孫・君繪の成長を見届けつ、じろさん思ふ。(すつかり世の中に置いて行かれてしまつた。)
それは、不景氣の世に寄せるじろさんの感慨であり、カンテラ一味の行く末に對する、不安でもあつた。(これでは、いかんなあ。詩でも書いてみやうか。)
じろさんは、澄江さんと出會つた頃、若書きながら、詩を書いてゐた。澄江さんがじろさんの求愛に振り向いたのは、一つには、詩人・此井功二郎であるじろさんに、惚れ込んでしまつたからだ。文化的な事と、喧嘩番長である事の兩立が、澄江さんの心に燈を點したのだつた。
【ⅱ】
じろさんは、橋口稔氏の『詩人オーデン』(平凡社初版第1刷函・帯付き。じろさんはブックオフで安く見付けたのだ)と云ふ本を讀んでゐた。その本は、詩人としてW.H.オーデンが、(精神的亡命の地)アメリカの文壇でのし上がつてゆく、と云ふ、謂はゞ、遂には詩人としては立つ瀬のなかつた、自分へのレクイエムとして、じろさんの心に響いた。
〈オーデンと云ふ男〉
オーデンは不思議な男だ
同性愛者であつた事を
自らの出世に役立てた、稀有な存在
さりながら
キリスト教のヒューマニズムを
自らを律してゆく、事に役立てた。
...(中略)
オーデンが絡め取られた
政治的狀況、それは
一言で云へば「響き」のない事であつた。
...(中略)
六十六と云ふ享年は
彼にとつて、長過ぎたのか
短か過ぎたのか
それは分からない
(多分、長過ぎたのだらう)
多事多難
彼を祀り上げた時代
詩人オーデン
こゝにあり。
【ⅲ】
澄江さんは、その詩を一讀。「あの頃の功二郎さんが、帰つてきた」-と、云ふ事で、じろさんには内緒で、詩の新人賞に応募してしまつた。悦美が「アラサー美女コンテスト」で、世に知られる存在となつたのも、澄江さんの思ひやりのお蔭。彼女が、バストアップの冩眞、全身の冩眞、プロフィールなどを、コンテストに「勝手に」送り付けたせゐで、今の悦美、世の男性諸氏に溜め息を吐かれる悦美、があるのだ。
結果、新人賞を受賞してしまつたじろさん。69歳と云ふ、「新人」としては髙齡なのが審査員の目に付いたか? だが、それには、審査員同士の仲たがひ、が横たはつてゐて、結局は仕事案件に引つかゝる羽目に陥らうなどゝは、澄江さんも予期せざる話だつたのである。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈皮肉皮肉魔が足りなくば魔を造れさう云ふあなたは何者なのか 平手みき〉
【ⅳ】
此井晩秋、とは澄江さんが、自らの思ひを込めて、じろさんの詩に付けたペンネームだつたのだが、新人賞応募の記載条項には、無論本名を書く欄があり、此井功二郎と云ふ、カンテラ一味の者だと、審査員一同、知つてしまつたのだつた。
審査員A氏が、じろさんに仕事の話を持ち掛けてきた。審査員の同僚、B氏が【魔】に憑り付かれてゐる…。それは、内紛を示唆する言葉であつたけれども、もはや仕事を選り好みする猶豫ない一味。じろさんは、獨自に「下調べ」してみた。まづ、どのやうな嫌疑(?)があつて、A氏がさう云ふのか、それが知りたかつた。
彼の言葉に依ると、B氏は、明らかに精神的健康を害してゐるに関はらず、審査員を續けてゐる。彼は、後進の者に、身を譲らない。また、その心の病ひ、通常つひぞ人間界ではお目に掛かれぬ、畸妙なもの、だと云ふ。審査員同士の會合の途中で、突然叫んだり、かと思へば、急に口を噤み、長時間物を云はなかつたり。
だが、じろさん個人としては、やはりそれは所謂「ノイローゼ」の範疇にある事、としか思はれなかつた。じろさんが、テオに相談をしてみたのも、また、むべなるかな、だつた。
【ⅴ】
テオの答へは、明快だつた。尠なくとも、一人悩んでゐたじろさんには、光明の一種である、と思はれた。「このB氏、SNSで、今日を含め、約三十日間眠つてゐない、つまり不眠だと、云つてゐますね。これは、確かに異常だ。但し、彼の言葉が眞實だとするならば、と云ふ限定に於いて、ですが」
テオは例の野良猫メイクで、探つてみやうか、と云ふ。じろさんはそれを断り、「きみだけに迷惑を掛けるのは、だうも俺の氣が濟まん。自分で、彼に当たつてみるよ」...
と云ふ成り行きで、じろさん、B氏と會見の坐を持つた。
【ⅵ】
じろさんの「診立て」では、限りなく黑、に近いグレー。確かに、B氏は落ち着きがなく、その下瞼に刻まれた隈は、尋常な人間のそれ、を遥かに凌駕したものだつた。
で? この話、拗れに拗れ、結局としてはA氏、B氏の確執に依る物だと、結論づけなくてはならなかつた。疎かに仕事をしてはならぬ、カンさんもさう云つてたつけ。
そこに【魔】がゐる、やうに見えたのは、A氏に二心あつたからだ。さう、思ふ事にした。
【ⅶ】
ところが…。カンテラはじろさんには秘密、として、B氏を斬つた。それは、じろさんより遥かに長い年月を、「斬魔屋」として過ごした、己れの「野性の勘」に依るものだつたか。はたまた、この事は後年、人の目が裁きを下すだらう、と云ふ、カンテラ一流の、厭世観に依るものだつたか。「しええええええいつ!!」
依頼料は、勿論A氏が持つたのだが、一詩人に払へる限度である、50萬圓に留まつた。カンテラ、じろさんには、金尾に頼んで、それとなく分け前を渡した。それに依つて事がバレても、致し方ない。カンテラも、詩を書けるものなら、書いてみたい氣分だつた。
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〈晩春に晩秋名乘る心かな 涙次〉
何だかニヒルに過ぎるやうな氣もするが...。取り敢へず、カンテラ事務所は、所員に、谷澤景六と此井晩秋と云ふ、二人の文士を抱く事となつた。それは? それは、の答へは、神のみぞ知る。
ぢやまた。