表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

詩人・此井晩秋

〈晩春の色々思ふはや老齡 涙次〉



【ⅰ】


 孫・君繪の成長を見届けつ、じろさん思ふ。(すつかり世の中に置いて行かれてしまつた。)

 それは、不景氣の世に寄せるじろさんの感慨であり、カンテラ一味の行く末に對する、不安でもあつた。(これでは、いかんなあ。詩でも書いてみやうか。)

 じろさんは、澄江さんと出會つた頃、若書きながら、詩を書いてゐた。澄江さんがじろさんの求愛に振り向いたのは、一つには、詩人・此井功二郎であるじろさんに、惚れ込んでしまつたからだ。文化的な事と、喧嘩番長である事の兩立が、澄江さんの心に燈を點したのだつた。



【ⅱ】


 じろさんは、橋口稔氏の『詩人オーデン』(平凡社初版第1刷函・帯付き。じろさんはブックオフで安く見付けたのだ)と云ふ本を讀んでゐた。その本は、詩人としてW.H.オーデンが、(精神的亡命の地)アメリカの文壇でのし上がつてゆく、と云ふ、謂はゞ、遂には詩人としては立つ瀬のなかつた、自分へのレクイエムとして、じろさんの心に響いた。



 〈オーデンと云ふ男〉


 オーデンは不思議な男だ

 同性愛者であつた事を

 自らの出世に役立てた、稀有な存在

 さりながら

 キリスト教のヒューマニズムを

 自らを律してゆく、事に役立てた。


 ...(中略)


 オーデンが絡め取られた

 政治的狀況、それは

 一言で云へば「響き」のない事であつた。


 ...(中略)


 六十六と云ふ享年は

 彼にとつて、長過ぎたのか

 短か過ぎたのか

 それは分からない

 (多分、長過ぎたのだらう)

 多事多難

 彼を祀り上げた時代

 詩人オーデン

 こゝにあり。



【ⅲ】


 澄江さんは、その詩を一讀。「あの頃の功二郎さんが、帰つてきた」-と、云ふ事で、じろさんには内緒で、詩の新人賞に応募してしまつた。悦美が「アラサー美女コンテスト」で、世に知られる存在となつたのも、澄江さんの思ひやりのお蔭。彼女が、バストアップの冩眞、全身の冩眞、プロフィールなどを、コンテストに「勝手に」送り付けたせゐで、今の悦美、世の男性諸氏に溜め息を()かれる悦美、があるのだ。


 結果、新人賞を受賞してしまつたじろさん。69歳と云ふ、「新人」としては髙齡なのが審査員の目に付いたか? だが、それには、審査員同士の仲たがひ、が横たはつてゐて、結局は仕事(ヤマ)案件に引つかゝる羽目に陥らうなどゝは、澄江さんも予期せざる話だつたのである。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈皮肉皮肉魔が足りなくば魔を造れさう云ふあなたは何者なのか 平手みき〉



【ⅳ】


 此井晩秋(このい・くれあき)、とは澄江さんが、自らの思ひを込めて、じろさんの詩に付けたペンネームだつたのだが、新人賞応募の記載条項には、無論本名を書く欄があり、此井功二郎と云ふ、カンテラ一味の者だと、審査員一同、知つてしまつたのだつた。


 審査員A氏が、じろさんに仕事の話を持ち掛けてきた。審査員の同僚、B氏が【魔】に憑り付かれてゐる…。それは、内紛を示唆する言葉であつたけれども、もはや仕事を選り好みする猶豫ない一味。じろさんは、獨自に「下調べ」してみた。まづ、どのやうな嫌疑(?)があつて、A氏がさう云ふのか、それが知りたかつた。

 彼の言葉に依ると、B氏は、明らかに精神的健康を害してゐるに関はらず、審査員を續けてゐる。彼は、後進の者に、身を譲らない。また、その心の病ひ、通常つひぞ人間界ではお目に掛かれぬ、畸妙なもの、だと云ふ。審査員同士の會合の途中で、突然叫んだり、かと思へば、急に口を噤み、長時間物を云はなかつたり。


 だが、じろさん個人としては、やはりそれは所謂「ノイローゼ」の範疇にある事、としか思はれなかつた。じろさんが、テオに相談をしてみたのも、また、むべなるかな、だつた。



【ⅴ】


 テオの答へは、明快だつた。尠なくとも、一人悩んでゐたじろさんには、光明の一種である、と思はれた。「このB氏、SNSで、今日を含め、約三十日間眠つてゐない、つまり不眠だと、云つてゐますね。これは、確かに異常だ。但し、彼の言葉が眞實だとするならば、と云ふ限定に於いて、ですが」


 テオは例の野良猫メイクで、探つてみやうか、と云ふ。じろさんはそれを断り、「きみだけに迷惑を掛けるのは、だうも俺の氣が濟まん。自分で、彼に当たつてみるよ」...


 と云ふ成り行きで、じろさん、B氏と會見の坐を持つた。



【ⅵ】


 じろさんの「診立て」では、限りなく黑、に近いグレー。確かに、B氏は落ち着きがなく、その下瞼に刻まれた隈は、尋常な人間のそれ、を遥かに凌駕したものだつた。


 で? この話、(こじ)れに拗れ、結局としてはA氏、B氏の確執に依る物だと、結論づけなくてはならなかつた。(おろそ)かに仕事をしてはならぬ、カンさんもさう云つてたつけ。


 そこに【魔】がゐる、やうに見えたのは、A氏に二心あつたからだ。さう、思ふ事にした。



【ⅶ】


 ところが…。カンテラはじろさんには秘密、として、B氏を斬つた。それは、じろさんより遥かに長い年月を、「斬魔屋」として過ごした、己れの「野性の勘」に依るものだつたか。はたまた、この事は後年、人の目が裁きを下すだらう、と云ふ、カンテラ一流の、厭世観に依るものだつたか。「しええええええいつ!!」


 依頼料は、勿論A氏が持つたのだが、一詩人に払へる限度である、50萬圓に留まつた。カンテラ、じろさんには、金尾に頼んで、それとなく分け前を渡した。それに依つて事がバレても、致し方ない。カンテラも、詩を書けるものなら、書いてみたい氣分だつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈晩春に晩秋名乘る心かな 涙次〉



 何だかニヒルに過ぎるやうな氣もするが...。取り敢へず、カンテラ事務所は、所員に、谷澤景六と此井晩秋と云ふ、二人の文士を抱く事となつた。それは? それは、の答へは、神のみぞ知る。


 ぢやまた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ