びた一文ねえ
むかしむかし、あるところに自堕落な男がいた。働かず、酒に溺れ、女と遊び、賭場に通っては借金を重ねに重ね、ついにはその重みで首が回らなくなった。
さすがにこりゃまずいと思った男は、近くの寺に駆け込み、住職に助けを求めた。
「って、おいおい、あんた。ここは縁切寺じゃねえぞ。もし仮にそうだとしても、借金なんざ縁切りできる代物じゃねえよ。回らねえ首なら、いっそ吊っちまったらどうだ? そしたら少しは柔らかくなるだろうよ」
住職は笑いながらそう言った。
「違うんですよ、住職さま。おれもね、逃げ道がもうあの世しかないってことはわかってます。おれに金を貸した連中に、そこに送られるのも時間の問題だってこともね。でも、それはまだいいんです。へへへ、どうも酒に浸かり過ぎちまったもんで、どのみち長くないんですよ。でも……地獄に落ちて鬼の酒のツマミにされるなんてことだけは、どうにも御免なんですよ!」
「いいじゃねえか。酒の味が染みてるんだ、喜ばれるだろうよ。地獄の鬼はしゃぶるのが得意だってなあ。骨まで味わってもらえ」
「嫌ですよお……地獄のことを考えると怖くて怖くて、縮み上がった玉が溶けてションベンと一緒に流れていっちまいそうなんですよお。なんとか助けてくだせえ」
「うるせえなあ……」
住職は少し考え込むと、ふっと仏のような穏やかな顔をしてこう言った。
「いいか、お前さん。もう二、三人から借金してきなさい。なあに、これ以上増えたところで、返せないことに変わりはないんだから、心配する必要はないだろう。それで集めた金をうちの寺にお布施しなさい。地獄の沙汰も金次第と言います。私が閻魔様に頼み込んで、お前さんを地獄に落とさないよう取り計らってあげよう。南無阿弥陀仏」
「なるほどなあ!」
それを聞いた男は目を輝かせ、膝を打ち、住職に礼を言って喜び勇んで寺を飛び出した。この時代、人々はかかあよりも地獄のほうを怖がっていたのだ。
男は浄土で楽に暮らせるのならと、言われたとおりにかき集めた金を住職に全額差し出した。
それから間もなく、男は静かに息を引き取った。
魂は体を離れ、ふわりふわりと漂いながら、やがて浄土の門へとたどり着いた。しかし――。
「あのー! もしもし! 開けてくれませんかあ!」
いくら門を叩いても、中に入れてもらえなかった。
仕方なく男は、震えながら地獄の門へ向かった。だが、そこでも門前払いを食らった。
呆然と立ち尽くす男の耳に、空か、はたまた地の底からか嘲笑うような声が響いた。
「お前みたいな一文無しには、地獄の門さえ開かんよ」
一方、寺の住職は死後、自分の寺から出られなくなっていた。
金集めの才能が評判となり、高名な僧侶として崇められた挙句、果てには即身仏にされてしまったのだ。