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なつかしの施設見学

自衛隊内には、様々な人が働いている。自衛官や専門の技官、事務職員など。働き方に違いがあるが、元をたどれば国を守るのが仕事だ。自衛官も海上や陸上、航空と三種類あって、それぞれ考え方も働き方も風習、訓練も違う。

 海上自衛官においても大学を卒業して入る幹部や途中の階級で入る特殊なもの、看護学生やパイロット候補生、技官など多種多様だ。

 詩帆は高校を卒業して一般の自衛官として入隊した。当時女子は入隊時期が年二回。全国の一般女子海上自衛官の訓練は横須賀教育隊のみだった。分隊は違うが、横須賀には男子の教育隊もある。女子教育隊分隊長は当時女性で、この隊の責任者だった。校長先生のようなものだ。そのすぐ下にも女子だった。分隊士一名。責任者の補佐である。副校長か学年主任のような役回りだ。分隊士の下には班長がそれぞれに八人。当時は女性と既婚男性が半々の四人ずつで構成されたメンバーだった。それぞれの班には班員がいて班員の練習員を教育する直属の上司である班長。学校でいう担任の教師のような役割で、何もわからない自衛官になりたてのヒヨコたちをニワトリに近づけるように育てていく。

 ウエーブ二十二期の隊員たちは三月末に横須賀教育隊に配属、練習員として訓練し四か月後の夏、卒業して正式に部隊に配属された。


 訓練の毎日が詩帆の脳裏に浮かんだ。

 厚い迷彩服を着て、重い陸警靴を履き、小銃を胸に抱えて長い道のりを走った。その時に入隊したことを後悔していた。

 

 門の前では、かつての女子練習員だったおばさんたちが塊になっていた。四十人参加していると聞いたが多く見えた。あんなに可憐だった女子は、心も体も成長して、体型も成長している。点呼を取られて人数やメンバーを確認、隊の門へと集団で入っていった。事前に住所や名前、電話番号は提出していた。

 一旦門を過ぎたところで、また集まった。集団の前に、白髪だらけのおばさんともおじさんとも見えない風貌の、浅黒い顔で細長い同期が立った。しわもシミも多い。

「プンプンだ」

 誰かの声。あだ名を覚えていた。男っぽくて優秀で当時一目置かれた存在だった。カーストのテッペンにいた。他の班にいて、光り輝く存在だった。詩帆は彼女と一度も話したことはない。彼女は船舶要員だった。詩帆は航空要員。交わることはなかった。

 プンプンが集団の前で説明している。今日は昇進試験が行われていて静かにしなければならないこと、各施設を外から回って行くが、宿舎と広報室以外は入れないこと、などだ。

 詩帆は群衆の中に溶け込みながら、どんどん先を進んでいった。視界には長い道のりが続いている。装甲車が通っても壊れないくらい分厚いアスファルト。次々とオババの集団が小さな塊をいくつか作って、バラバラに歩いていく。

 かつての少女たちは懐かしい仲間を見つけ、思い出や現状を興奮状態で話している。塊がくっついたり、離れたりして別の塊になりながら、歩いていく。同じ年頃の女性特有の騒がしさ。この人たちも例外でない。

「コバヤシー」って、隣にいた堀が言った。

「ホリ―。元気?」

 小林は堀の肩を抱いた。

 目の前にいるのは、ピンク髪の太ったおばちゃんだ。

 ガストで江頭が別人だと言っていた小林めぐみ。ラインで顔を見たといっていたが、全身を見たわけではないだろう。この圧倒的な存在感。江頭は小林を見て、対抗して緑にしたのだろうか。

「赤鬼と青鬼じゃん」と、堀。

 小林の顔は見覚えがなかった。おなかがデカいのをロングのフリルスカートで隠していたが、強調しているようにしか見えない。コートの襟もフリル。ガーリーと言っていいのだろうか。身長も高く見えた。ふわりとパーマをかけている。

「小林だよね?」と、詩帆は聞いた。

 小林が詩帆に抱きついた。

「やだー。詩帆ちゃん? 懐かしいね、全然変わってない」

「なつかしー。音楽隊希望していたよね。なれた?」

 詩帆が言う。

「希望していないよ」

 音楽隊は狭き門だ。空きがなければ入られないし、空きがあいても希望者が殺到して試験に通るのは並大抵のことではない。座学の時、隣の席で音楽隊の熱い思いを話したのは小林ではなかったのか。

「はーい。積もる話もあると思いますが、止まらず進んでください。じゃまでーす」

 小さな旗を持ったメガネのおばさんが旗を小脇に抱え、両手で手をたたく。みんなが一斉に音のなる方を向いた。

「今回は海上自衛隊、婦人自衛官二十二期教育隊見学ツアーにご参加いただいてありがとうございます。私は一班の旧姓曽我です。今、呉総監部にいます」

 右手に小さな旗を持ち替え、旗を高く上にあげ激しく振っている。

「そがー」と、誰かが叫んでいる。

 九州に帰って、卒業アルバムを確認すればよかった。知らない人だらけだ。

「静かにしてください。今、試験が行われていまーす」と、曽我。

 静かにはならない。懐かしい思い出に浸っているのか、きゃあきゃあと、うるさい声で騒いでいる人が大勢いる。

「あんたら、マジで静かにして。今、昇進試験しているから」

 プンプンが叫んでいる。声は枯れて、ガラガラ。小学生を引率する中年の中性的なバスガイドみたいだ。

「マジで。マジで静かにしろ。あたしら、追い出されるぞ」

 プンプンの大声はおしゃべりするオババたちの声に半分以上かき消されている。

「詩帆ちゃん、遠くから参加してくれてありがとうね」

 曽我がそばに来て言った。

 詩帆は笑顔で会釈した。見たことはある気がする。教育隊の時、曽我とはきっと接点がなかった。航空要員ではなかったのは確かだ。

 当時、要員には船舶、航空、陸上の三種類があった。船舶は船関係、航空は飛行機関係、陸上は基地や事務関係である。

「ここは婦人自衛官の宿舎です」と、曽我。

 大きな建物の前に来た。子供が通った小学校の校舎に似ている。

 集団はぞろぞろと中に入った。玄関で、スリッパに履き替える。廊下に出た。先導している曽我の後ろについて行った。

「ここは、座学室です」と、曽我。

 オババ集団が一斉に部屋をのぞき込む。

 学校の教室のような作りだ。前に大きなホワイトボードがあり、長机が横にたたんで片付けられていた。パイプ椅子も端に並べて整頓されている。

「一階は使われていません」と、曽我。

 隣の教室のような部屋も見た。何もなかった。こんなところであの頃は勉強をしていたのか。

 何部屋か中に入った後、一行は話しながらぞろぞろと階段を上がった。二階では部屋のドアは開けずに廊下側から中を眺めた。ここも教室のような作りで、廊下と部屋の間に窓が連なっていて丸見えだ。部屋にはパイプベッドが、両サイドに三台ずつ、全部で六台ある。その横に小さなキャビネット。ベッドの奥横には長いロッカーがついている。

 この部屋に人が住んでいる気配はない。

 昔は二段ベッドだった。十二人前後が同じ部屋で暮らしていた。奥から一班が始まり三班まで。トイレや娯楽室があった。三階は四班から八班、そしてトイレ、乾燥室。一階は班長室。今考えれば、学校の職員室みたいなものだ。

 当時は他に教室や、当直室、湯沸かし室、アイロン室、洗濯室などがあった。

 視線の先に見覚えのある人影。堀や江頭と同じ下総で働いていた同期だ。名前が出てこない。

 宿舎を出た。また集団で歩き出す。しばらく歩いてから、曽我が言った。

「ここはプールです。あれから建て替えて、前とは変わっています」

 進行方向の右側には大きな建物。室内プールだ。中を見ることもなく入り口付近を眺めて通り過ぎた。当時プールは屋外だった気がした。

 海上は海が基本だ。泳げなかった詩帆は特別訓練で夕方から何度も泳がされた。五十メートル泳げるようになって訓練を離脱した後、今度は泳げるメンバーの特訓が始まった。結局ずっと、水泳漬けだった。水泳は今も嫌いだ。なぜ海上を希望したのだろう、と卒業前まで後悔していた。

 護衛艦が基本の海上。教育隊の基地内でも船の意識が高かった。

 壁に寄りかかってはいけないルールがある。船上の甲板で壁に寄りかかると、揺れた時に、海に投げ出される危険性があるからだ。教育隊は陸上だけれど、寄りかかりは禁止。廊下の壁に寄りかかって立ち話をしている練習員がその場で正座をさせられたり、腕立て伏せをさせられたりしたのを何度も目撃した。

 練習員たち全員が座学を受けている間に班長がチェックをしに各々の部屋に入る。ベッドのマットレス上のシーツにしわがあるのは絶対に許されない。ベッドメーキングは、もっとも神経を使う作業の一つだ。少しでもシーツにしわがあると、シーツをはがされ、ぐちゃぐちゃにされた。ロッカーは施錠できない作りになっていて、そこも躊躇なく開けられた。中が整理整頓できていないと、ロッカーの中をめちゃくちゃに荒らされ、物をかき出された。班ごとに使っている部屋は悲惨な状態になる。泥棒に入られたようなありさま。

 部屋の抜き打ち検査をウエーブ台風と呼んでいた。

 一番ひどい時はマットレスを窓から外に捨てられたこと。泥棒でもこんなにひどいことはしないだろう。

 いろいろな建物の横を通り過ぎた。簡単な建物の説明を聞く。オババたちがきゃあきゃあと騒ぎながら通過していく。

 なじみのある施設を見ながら、詩帆は断片的に当時のことを思い出していた。

「最近は入隊者が減って、横須賀では練習員の教育をしていないんだよ。女子も男子も定員割れ。今は女子、男子合同で指導している。今、女子教育は呉教育隊で行われているんだ」と、曽我。

「へえ、そうなの?」と、詩帆。

「子供の数が減っているからね。海外に動員されて命を失うかもって思う親が多くて敬遠される。慢性的な人手不足だよ。昔みたいに教育中は短髪とか、身長体重制限とか、マイナスなものは取っ払ったけど、それでも入隊希望者は増えない」

 曽我が言った。

 世界では今も戦争が起こっている。戦争に参加するとはならないだろうが、停戦が成立してあとは監視する立場として現地に行くことはあり得る。

 自衛隊は隊員を東ティモールや、ゴラン高原に派遣した過去がある。

 平和のために派遣されていても、現地ではそう解釈しないかもしれない。目線がどちらに向いているかで考えは変わってくる。派遣は命がけなのだ。

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