答えろ魔王!なろうに恋愛系の小説が多いのは何故だ!
おそろしい氷の城が崩れていきます。傷ついた勇者が聖剣をかまえ、魔王を前に最後の呪文をとなえました。
「トラペゾヘドロン! 這い寄る混沌よ正体をあらわせ!」
魔王はもだえ苦しみ、一冊の魔導書に姿を変えました。ばりばりとはがれる壁のむこうには、たくさんの本がおさめられた棚がならんでいました。氷でおおわれた城も、実は大きな図書館だったのです。
「キサマ……ヨクゾ我ノ正体ヲ見破ッタ……」
「人類を影であやつり、争わせ苦しめた根源め!」
「グヌヌ……モハヤ、ココマデカ……」
魔王は知恵と魔術をつかい、人々を奪いあい憎しみあう世界へとみちびきました。立ち向かう勇者の仲間たちも、魔王の手によってつぎつぎと倒されていきました。それでも勇者は戦い続け、ついに魔王の正体をあばくことができたのです。勇者とは強きものを表す階級ではありません、あきらめない人をたたえる言葉なのです。
「魔王め、最後に俺の質問に答えろ」
「ククク……イイダロウ……何デモ答エテヤル……」
「どうしてなろうの小説は恋愛ばっかりなんだ!」
「……何テ?」
「どうして恋愛の小説ばっかり評価されるんだ!」
「……オイ、何ヲ言ッテイル?」
「ホラーとかSFとか童話とか30ptでランキングの日間一位とったりすることもあるのに、異世界恋愛系だと1,000ptでも二十位以内に入れるかどうかなんだぞ、エグくないか?」
「……マア、厳シイ世界ダヨナ」
「おかしいだろ、しかも似たような話ばっかりじゃねえか!貴族夫人が旦那都合で離婚して再婚相手とざまあする展開はもういいよ!もっと色んな話書けよ、読めよ!このままだと文学が滅んじまうよ!こんなの間違ってるよ!」
「……ちょっと口調変えるで」
魔王、いいえ、その正体である魔導書は、いかにもな言葉使いをやめて出身地である関西の方言で話しはじめました。
「勇者くんよ、あのな、間違ってるのは君や」
「なんだと!」
「人類は元々恋愛のことしか考えてへんねん」
「はあ?」
「恋愛で勝ち残った人間だけが子孫を残し繫栄してるんや、君もその一人やないかい」
「い、いやでも恋愛せず子どもを育てる人も……」
「それは現代に入って社会制度がしっかりしてからの話や」
「いやいや、昔からシングルマザーは立派に子どもを育てていたぞ」
「立派という言葉を使うのは、それが美談であり、つまりはレアケースであるということや」
「なにい!」
「両親健在の裕福な家庭とシングルマザー、石器時代から近代に至るまで子どもの生存確率が高かったのはどっちや」
「いや、でも……」
「人間の子どもはな、動物とちがって産まれてすぐには歩くこともできん。何年も親がつきっきりで見守っとかなあかんのや。親が見捨てることは死を意味する。せやから社会は女に母性を強要し、男に秩序と簒奪 (さんだつ) を強要するんや」
「さ、簒奪?」
「男の話は長くなるから置くわ。恋愛はシビアや。女は男に安定した食料確保と外敵を払う戦闘能力、そしてそれらが持続可能な健康状態にあるかを審査する。体型や顔の良し悪しはそれを判断する目安にすぎん」
「じゃあイケメンで強くて金持ちだと勝利確定かよ」
「いいや、家庭を顧みないケースが想定される。それを見抜くことは近世になるほど重要になってきとる。戦闘能力も今は体力より知力と精神力を重視や。粗暴で家族に暴力を振るうなど論外、自己抑制できる理性と、共同生活に必須な価値観を共有する感性も見抜かなあかん。恋愛小説はそれを学ぶためにあるんや」
「じゃあ子どもがいないなら意味ないのかよ」
「子孫を残し繫栄するのが人類の存在意義や。子孫は残さずとも繁栄に寄与すべし、社会の安定に貢献すべし、聖書や神話など古い哲学のテーマがそうなっとるやろ。文化文明はそれを維持するシステムや。そんなん知るかボケ、という気持ちもわかるが残念ながら進化の過程で遺伝子にも刻まれてるねん」
「じゃあ下品な恋愛小説やエロ小説はどうなんだよ」
「むしろ学びが多い。知的装飾を施さず興奮できるなら、それこそ人間の根源に触れる名作やんけ。あるいは感性が合わず受け付けないなら、それはなぜかと自分に問うのも意義がある。偏った性的嗜好含め百合やBLは、高次元での人間関係を深く考えさせるものばかり。極論するが学びのない小説は絶対に存在しない」
何を言っても反論ばかりされる勇者はアタマにきています。魔王、もとい魔導書が急にむずかしい言葉をつかいだしたことにもイラついています。
「で、でも同じような話ばっかじゃねえか、そこはどうなんだよ!」
「はぁ……あのな、勇者くん」
「……なんだよ」
魔導書が魔法で勇者の記憶を図書館の天井に映し出しました。勇者が自宅で秘蔵するエッチな小説が次々と晒されていきます。
「やややや、やめろおおおお!」
「なんやスライムが服を溶かす話ばっかりやな」
「マジでやめろおおおお!」
「しかも魔法使いがダンジョンで、みたいな?」
「ぎやああああああああ!」
「魔法使いのブーツ率高くない? 足フェチ?」
「殺してくれえええええ!」
「君こそ同じような話ばっかりと違うか?」
「違う!同じシチュエーションだからこそ繊細な違いが楽しめるんだ!あと足フェチじゃない!靴フェチだ!」
「フェチはどうでもええけど、繊細な違いは恋愛小説も同じと違うか。女はそこに共感の楽しさを、男は攻略の楽しさを見出してるわけやん」
「攻略?」
「せや、男は恋愛小説に攻略の視点がある。例えばどんなに女性目線と言われても、男性作家の作品にはほのかに媚びと違和感が香る。まあ、それこそが男性作家作品の魅力ではあるんだけど。逆に女性作家、特に漫画家の男性向け作品には独特の感性を感じる、これも魅力やな。読むのも書くのも、性差は必ず存在する」
「で、でも、このままだと文学が……」
「勇者くん、自分が気に入らないからって、文学の名を出すんじゃないよ。あんたには関係ないし卑怯でカッコ悪いよ。それに批判されバカにされたカルチャーが滅んだためしは無いねんで。誰もが認めるようになり、過剰に評価されるようになり、形骸化して滅ぶんだよ」
「……ぐぐぐ、随分と肩を持つじゃねえか」
「だって私は魔導書、文字の書かれた本だしね。まあ私のような考えが一般化すると文化は滅ぶねんけど、魔王だからむしろ好都合」
勇者は膝をつきました。もはや彼に魔導書へ立ち向かう気力はありません。いまさら恋愛小説を書き始めたところで、名作を読みなれた恋愛系小説の読者層に評価されることなどとうてい無理だと思ったからです。
図書館は再び氷におおわれ、世界に闇が広がりはじめました。魔導書は再び魔王に姿を変え、これからありとあらゆる悪事に手を染めるでしょう。どう考えてもエッセイとは呼びがたい短編を書いて投稿するかもしれません。それを小論だ、斬新な形式だと言い張るかもしれません。なんておそろしい……
「そういえば魔王も恋愛小説書いてたりするのかよ」
「え? い、いや、私は……」
動揺する魔王、勇者は図書館から何冊かの本を手に取りました。
「ん? ロマンチックトゥルフ? なんだこれ?」
「まって、ちょっとまって」
「恋愛小説にクトゥルフ神話混ぜたんだ、ふーん」
「勇者くん、ちょっと話ししよっか」
「あれ? 偉そうに語ってたわりに評価が……」
「いやほんとやめよ、そういうの」
「そうだね、これは恋愛小説じゃないよ、幼稚すぎる」
「ギヤァァァァァァァァァ!」
全身が炎に包まれ燃える魔導書。魔王の名状しがたい絶叫は世界中にとどろきました。ニワカ知識で恋愛を語る適齢期を過ぎた独身の黒い安……魔王は灰となり、妄想がたぎる勇者が闇を払ったのです。人類は愛と平和をとりもどしました。勇者は聖剣を天にかかげ、大声で叫びます。
俺も恋愛小説を書く!
ヒロインは魔導士!
主人公は勇者!
ラストは俺がブーツで踏まれるハッピーエンドだ!
おわり。
P.S.
12月4日
要望があったので、勇者くんルートで続編も書きましてよ
「勇者はブーツで踏まれたい~服を溶かされた魔法使いの少女は怒っています~」