チョンセの謎と韓国不動産の法律③
「伝貰権」とはどんな権利なのか?
前回紹介した論文、髙翔龍教授「韓国における不動産賃貸借制度」において、
「伝貰」には、民法で規定された登記されている「伝貰権」と、
登記していない「未登記伝貰」といわれる「債権的伝貰」の2種類あると書いてある。
この事は学術的にも証明されており、大法院判例でも認められている事実である。
しかし「伝貰」を紹介する殆どのサイトでは、
いわゆる「伝貰」を「伝貰権」として解説してるものばかりだ。
その理由は第一に「伝貰」が韓国民法で「物件」として規定してあるからだろう。
日本のメディアでも、平気で「伝貰」は日本にはない「物件」であり・・・とか
賃貸借とは異なり・・・とか紹介されている。
ここで一つのネット記事を紹介する。
「第11回日韓パートナーシップ研修」という記事である。
この記事でも「伝貰」については「物件」としてしか解説しておらず、
「未登記伝貰」についての解説はゼロである。
これでは「未登記伝貰」は対抗力を持たないと誤解してしまう。
現状は「未登記伝貰」は「債権的伝貰」と呼ばれていて、
その権利は普通の「伝貰権」と遜色ない対抗要件を備えているとされている。
「住宅賃貸借保護法」(1981.3.5法律3579)では、
抵当権等と競合した「未登記伝貰」は、その順位によって優先順位が決定されるとある。
つまり、住宅の引き渡しと、住民登録が、抵当権登記より先であれば、
「優先弁済」を受けられるとされているのである。
それでは伝貰についての記事を読んでみてください。
国際研修
第11回日韓パートナーシッピ研修(韓国セッション)
国際協力部教官 杉山典子
資料p17に伝貰権の記述がある。
https://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&url=https://www.moj.go.jp/content/000095830.pdf&ved=2ahUKEwi2vIPrko__AhVZHnAKHb3GDMgQFnoECAgQAQ&usg=AOvVaw3OJKzyrXOPrZqqucwaGVt9
伝貰権
「伝貰権」とは,日本にはない物権であり、通常、建物に対して設定される権利である。
「伝貰金」という一時金を家主(建物所有者)に支給すれば、
一定期間、当該建物を占有して居住することができるというものである。
賃貸借とは異なり、伝貰権者は毎月の賃料を支払う必要はなく、
他方、伝貰権の設定者である家主は取得した伝貰金を運用することによって、
賃料と同様の利益を得る。
また、一定期間が経過すると、
今度は伝貰権設定者である家主(建物所有者)は、伝貰金を伝貰権者に返還しなければならず、
かつ、この伝貰権者の伝貰金返還請求権は、
当該占有に係る建物によって担保されるのである(韓国民法第303条第1項)。
つまり、伝貰権とは、通常は用益物権として分類されるものであるが、
伝貰金の返還請求権が当該建物によって担保されている点において、
担保物権的な色彩を帯びた権利といえる。
いずれにしても、このように「伝貰権」が民法において物権として規定されていることから、
韓国の不動産登記法には、登記すべき権利として伝貰権も列挙されている
(韓国不動産登記法第2条)。
ちなみに、日本民法では、不動産質権、先取特権が担保物権として規定されているが、
韓国民法においては存在しない。
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次に「伝貰権」と「不動産質権」について考えてみたい。
見てもらいたいサイトがこれです。
https://kaigai.starts.co.jp/korea/life/230
チョンセ権設定(ソウル・韓国)
1.チョンセ権設定とは?
韓国と日本の不動産賃貸借契約の相違点のひとつに、高額保証金(千万ウォン単位~億ウォン単位)があります。特に韓国では、高額の保証金のみをオーナーに預け賃貸料を支払わないというチョンセ制度というのが根強くあります。しかし、個人のオーナーさんにこれだけ高額の保証金を預け入れることは高いリスクを伴うため、保全策を立てなければなりません。そこで有効的なのがこのチョンセ権設定です。
チョンセ権は不動産の登記簿に賃貸借契約に伴い保証金をオーナーに預けていることを質権化することを言い、一般の抵当権と同じく順位により保護されますので、オーナーが倒産し保証金返還不能になった場合に競売手続きを経て返還してもらうことが可能になります。
また、オーナーが契約満期になっても保証金を返してくれない場合には、このチョンセ権を以って競売申請をすることができます。
2. チョンセ権設定の注意点
(1)チョンセ権を設定したとしても不動産が競売で落札されない場合は保証金の返還が遅れてしまいます。従って、不動産賃貸借契約をする前に、韓国人にも人気がある物件がどうかを確認する必要があります。
(2)オーナーによってはチョンセ権設定に同意してくれないオーナーも多くいます。契約前にチョンセ権設定をしてくれるオーナーかどうかの確認が必要です。
(3)先順位の抵当権がいくら付いているかの確認が必要です。競売で落札されても先順位の金額が多すぎると全額戻って来ない場合もあります。
※その他の保証金保全策としては、預金質権設定や支払い保証保険加入等がありますが、あまり一般的ではありません。
>チョンセ権は不動産の登記簿に賃貸借契約に伴い保証金をオーナーに預けていることを質権化することを言い、一般の抵当権と同じく順位により保護されます・・・<
ここで、伝貰を質権化すると書いてますが、
これはどういう意味でしょうか・・・?
韓国では権利質は登記できますが、
不動産質は登記できないどころか禁止されています。
ゆえに、この解説のように、オーナーに預けている保証金の担保として、
住居を占有して担保を設定するのに不動産質権は設定できません。
(韓国民法第345条)
その代わりに『伝貰権』があると解説しています。
日本には「不動産質権」という権利があります。
これは「抵当権」とほとんど性質は一緒なんですが、
不動産を占有するという特徴があります。
日本の「不動産質権」では10年を越える期間の設定はできません。
そして「伝貰権」も最長10年という規定になっています。
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次に見てもらいたいのがこれです。
https://hgo.jp/news/lawtopics/h20090916/
日本における「保証金」の裁判判例です。
保証金は「敷金」に似てることから混同されている方も多いのですが、
保証金にも色々あります。
「敷金」はオーナーが破綻しても新オーナーに承継されるお金ですが、
「保証金」は必ずしも新オーナーに継承されるお金とは限りません。
現在の日本の裁判所の考えでは、
新オーナーには保証金返還義務が承継されないとされています。
韓国の賃貸保証金である「伝貰金」ですが、
ネット記事では日本の専門家も平気で「保証金」のようなものと解説しています。
カニの私見ですが、日本の不動産専門家は、
そこに「敷金」のようなものではないのだよ、
という含みも込めて「保証金」という言葉を使っているような気がします。
よく調べると、
その「保証金」と「伝貰」は大きく性格が違っていることに気づきます。
「敷金」とか「保証金」とか、業者はなぜ言葉を使い分けるのでしょう。
そこには勿論、税金面で、「敷金」と「保証金」では課税率が違うということもあるでしょうが、
それよりもビジネスをスムーズに流すため、
平たく言えば相手の警戒心を解くため、
その商品ごとに最良の言葉を選んで使ってるように思えます。
カニ太郎は昔よく実務で「敷金」を「預り金」と記載していました。
契約書もわざと敷金のところを預り金と換えて作っていました。
領収書記載も「預り金」です。
理由は「預り金」の方が「敷金」よりお客様に安心感を与えるからです。
現状回復の義務を契約書に記載していれば特に問題ありませんでした。
そう考えると「伝貰」はどうなんでしょうか?
「伝貰」のことを「保証金」のようなものだと解説してる人は、
「伝貰」を「敷金」や「預り金」だと説明している人よりも、
リスクを強調している分、私には良心的だと思われます。
返還されて当然だと思われてる「預り金」や「敷金」という言葉を使うと、
返還されないことも多い「保証金」の言葉が持つリスクは伝わりません。
ところで「保証金」という言葉は、日本で「伝貰」の説明に使うことは、適切なのでしょうか?
リスクを伝えるという意味においては、間違ってはいないと思いますが、
「伝貰」の性格を「保証金」という言葉が正しく表しているとは思えません。
まず大きな相違点は「伝貰」には日本の「保証金」よりも遥かに強い対抗力があります。
それは「債権的伝貰権」で「未登記伝貰」について解説した時に説明しました。
そして、話を戻して、もう一度この保証金裁判の判決理由を読んでもらいたいのですが、
>本件保証金は、返還約定に照らしても建設協力金として賃貸借とは別個に消費貸借の目的とされたというべきものであり、賃貸借の存続と密接な関係に立つ敷金とはその本質を異にするものである。<
と書かれています。
「建設協力金」とはなんでしょうか?
「建設協力金」の性質も、昔と今とでは違います。
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/14975/1/50(4)_p209-223.pdf
この論文は北海道大学の瀬川信久教授による1996年に書かれた、
「なぜ韓国では伝貰金が授受されるのか?」という論文ですが、
この論文のp6に「建設協力金」の説明があります。
(1970年代の建設協力金についての説明ですが)
>・・・(我が国では)1950年ごろから「(建設)協力金」が授受されるようになった。
このように敷金が家賃債権等の担保を目的とするのに対し、
建設協力金は建設費の一部の調達を目的としていた。
しかし、「建設協力金」という名称は、テナントに共同経営者的意識を持たせるため、
賃料値上げを困難にし、また新築ビル以外のビルでは違和感がある。
そこで次第に空室危険に対する「入居期間の保証」という意味で、
「保証金」という名称を用いるようになった。
その後1970年代末まで「建設協力金」「保証金」の授受は増加し、
70%~80%のビルで授受されていた・・・<
以上の解説でわかるように、
「建設協力金」は1970年頃から「保証金」と呼ばれるようになった。
当然、賃貸借契約書にも領収書にも「保証金」と記されているが、
内容は関西で広く使われていた所謂「敷金」と同じ意味の「保証金」ではない。
「建設協力金」の性質は貸付金であり、それを業者が勝手に「保証金」と呼んでいたのです。
これなど、相手に信用させるため、用語を変えたいい例です。
そして、この「建設協力金」である「保証金」の性質は、
韓国の「伝貰」と似てはいるのだが、日本の裁判では競売後の新オーナーには、
この「保証金」の継承義務はないと判断された。
ここが「伝貰」と大きく違うところである。
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建設協力金はロードサイドのフランチャイズ店舗契約でよく使われています。
「リースバック方式(建設協力金方式)」と最近は呼んでるようですが、
あの大東建託がサイトで説明してました。
https://www.kentaku.co.jp/estate/navi/column01/post_42.html
>リースバック方式(建設協力金方式)
土地オーナーが出店企業から「建設協力金」という名目で建築資金を預かり、
その資金を建築資金の一部に充当し、建物を建設します。
建物完成後、拠出された「建設協力金」は、
土地オーナーと出店企業との間で締結した賃貸借契約の「保証金」に転換され、
毎月の賃料と相殺しながら出店企業に返済します。
この場合、建物の所有者は土地オーナーとなります。
また、建築資金を建設協力金方式で調達すれば、
金利を負わなくても良いことが多く、金融機関から借りるよりも有利です。<
そして、大東建託の説明文には書いてませんが、
返済が完了する前にテナントに解約されてしまった場合、
オーナーに返済義務が生じないよう、
契約期間中に借主が中途解約した場合、
オーナーの返済義務を免除する特約を付けるのが一般的となっています。
・・・・・・以上。
「リースバック方式(建設協力金方式)」で使われる「保証金」は、
第7回で既に説明した「建設協力金」と同じ性質なのですが、
大東建託の説明では、巧みに「建設協力金」が「金銭消費貸借契約(金銭の貸し借り)」の性格のもとで授受される金銭であることが隠されているように感じます。
建築費用として預け入れた一時金は、
建物賃貸借契約期間中に分割して月々オーナーからテナントへ返済され、
テナントからの家賃と相殺されます。
ここで「伝貰」と比べてみよう。
「伝貰」の場合は、オーナーの運用利益と、家賃が相殺されるため、
「伝貰」では元本は賃貸借契約期間終了時に、全額オーナー(家主)からテナント(入居者)へ返済されます。
しかし、「リースバック方式の建設協力金」はオーナー(家主)の運用利益の他に元本の一部が月々返済されているので、契約期間終了時の元本の返済はありません。
それでは「リースバック方式の建設協力金」と「敷金」の違いはどんなところでしょうか?
「リースバック方式の建設協力金」と「敷金」の一番の違いは、
それは「リースバック方式の建設協力金」は賃貸物件の買い主に承継されないということです。
「リースバック方式の建設協力金」に限らず、あらゆる建設協力金は、金銭の貸し借りなので、
新所有者(新賃貸人)に返還を請求することはできません。
ビルのオーナー破綻時の保証金返還債務の承継裁判
最高裁第一小法廷 昭和51年3月4日判決
https://hgo.jp/news/lawtopics/h20090916/
それに比べ敷金は、継承されます。
民法605条の2により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、
敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する(民法605条の2第4項)
と規定されています。
そして「伝貰」も、新オーナーに代わっても返済義務は継承されます。
それでは「伝貰」と「敷金」の一番の違いはなんでしょうか?
それは課税されるか、されないかです。
国税庁のHpです。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6225.htm
これはネットで見つけた敷金についての解説ブログです。
https://www.ouka-housing.co.jp/blog/sikikin/726/
国税庁のホームページを見ると、敷金や権利金の取り扱いは、
「事業用の建物の賃貸借契約の締結や更新に伴う保証金、権利金、敷金又は更新料などのうち、返還しないものは、権利の設定の対価となりますので、資産の譲渡等の対価として課税の対象となり、契約の終了により返還される保証金や敷金などは、資産の譲渡等の対価に該当しないので、課税の対象にはなりません。」とあります。
返還しないものは課税対象で、返還するものに関しては課税の対象にならないとのことです。
さて、「敷金」と「伝貰」を比べた場合、もっとも大きな違いが、
「敷金」は課税されないが「伝貰」は課税されるというところです。
これはチョンセに課税されるという記事です。
全文掲載しました。
https://mottokorea.com/mottoKoreaW/mBusiness_list.do?bbsBasketType=R&seq=3604
2住宅以上所有者の家賃収入、2016年から課税
◆チョンセ・ウォルセ追加対策◆
2016年から2住宅以上の所有者のチョンセ賃貸収入に税金が課される。
(一括払いの賃貸保証金である)チョンセ金額の合計が3億ウォンを超える分に対しては、
銀行の金利水準で所得税を賦課し、
(月極め家賃である)ウォルセ所得者とともに課税対象に含まれる。
これに従うと、所得が5,000万ウォンある2住宅所有者が、
5億ウォン相当を出した場合は、年間19万ウォンの税金を払わなければならない。
企画財政部は5日このような内容を骨子とする住宅賃貸借市場先進化方案補完措置を発表した。
政府は2住宅保有者で住宅ウォルセ賃貸収入が、
年2,000万ウォン以下の家主は限定的に2年間非課税とし、
2016年から14%の分離課税を適用するが、
必要経費率を45%から60%に高め、税負担を軽減することにした。
また、ウォルセ収入だけで生活したり、
ウォルセ収入が2000万ウォン以下の場合には、
400万ウォンの基本控除を認めることにした。
また、小規模な賃貸者が過去に申告していない賃貸収入に対しては、
国税庁は調査せずに黙認することにした。
とは言え、3住宅以上の所有者や2住宅保有者として、
住宅賃貸収入が年間2000万ウォンを超える場合、
あるいは1住宅所有者で基準時価9億ウォンを超過する住宅所有者に対しては、
チョンセ・ウォルセ確定日付のデータを活用して今年の賃貸収入を把握し、
所得税の申告案内資料として活用すると明らかにした。
入居者のウォルセ税額控除優遇と家主のウォルセ収入課税の原則を明らかにした去る「2・26チョンセ・ウォルセ対策」発表後、市場に混乱だけが大きくなるやいなや、政府は同日、急きょ補完策を出したが、市場では政府の今回の措置でチョンセ・ウォルセ賃貸市場に混乱が加わるだろうと懸念している。ハム・ヨンジン不動産114リサーチセンター長はこの日、「公共賃貸住宅が不足しているわが国の現実から、金持ちたちをしてもっと家を買わせることで民間賃貸市場を活性化させるべきなのに、今回の措置でむしろ多住宅所有者の投資が萎縮する可能性が高い」と指摘した。
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建設協力金は保証金とも言われるが、所有者が代わると返還されない
http://kansai-kantei.co.jp/mame_chishiki/Vol53_%E5%BB%BA%E8%A8%AD%E5%8D%94%E5%8A%9B%E9%87%91%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf