怖いのはもう終わり
準備室に閉じ籠っていた汐は、緊張が続かず、睡魔に襲われていた。
「雨ちゃんが一人(?)···、飴ちゃんが一匹(?)···」
こっくりこっくりと船を漕いでいるとそこに、ノックの音がする。
「汐、もう良いぞ。出てこい」
それは聞きなれた、安心する声だった。
飛び起きてドアを開けると、床にちょこんと、蠍がいた。
どうやってノックしたんだろう?と一瞬思ったが···。
蠍の姿を見た途端、わっと涙が溢れてくる。
緊張の糸がぷつりと切れて、止めるのは難しかった。さっきまで半分寝てたくせに。
蠍に抱きつきたいが、蠍がぐしゃっと悲惨なことになりそうなので出来ない。
恐る恐る準備室から出る。
「きゅー(ご主人様)!」
雨が飛び付いてきた。
「おー、雨ちゃん」
雨を抱きとめながら、汐は美術室を見回した。
室内は大分荒れていた。教師が暴れたせいだろうか。
その教師はというと、
「先生は、どうしたの?」
教師は部屋の隅っこで、体操座りしていた。
『ああ、冷静になって、反省したんじゃね?』
本当にそうなのだろうか。なんか、一生分の絶望を味わったかのような表情をしているが。
「大丈夫ですか?」
まだちょっと怖いが、今は蠍と雨がいる。汐は教師の顔を覗き込んだ。
しかし、教師は首をぶんぶん振るだけで応えてくれない。
すると、蠍が怒鳴り付ける。
『おい、こいつに言うことはねぇのかよ』
教師はびくっとして、
「も···申し訳なかった!!」
「はぁ」
汐は気の抜けた返事をする。あまりの変わりようにどう反応すれば良いかわからない。
『で、どうするよ、こいつ』
「へ?」
呆けた汐に蠍はじれったそうに、
『警察に突き出すか?』
「うーん」
警察沙汰になって事情聴取とか、ミステリー好きとしては全く憧れないでもないが、後々のことを考えると非常に面倒な気がした。
「特別何かされたわけじゃないし、とりあえず、美術室の掃除だけで良いんじゃない?」
『はぁ!?
んな甘い対応で済ます気か!?』
「済ます気です」
汐はきっぱりと言う。
幸い美術室は散らかってはいるが、壊れたものはあまりない。
汐は、壁際に目をやる。
他の人の絵が無事で本当によかった。
作者の作品で、ここまで事なかれ主義のヒロインは珍しいかもしれない。
あ、作者は平和主義ですよ?