蠍男の恐怖
「どうしてこんなことに···」
準備室の扉の向こうで、教師も頭を抱えていた。
最初は、ただ自分一人で楽しめれば良かった。
星降りの夜に拾った不思議な石の力で理想の女性を具現化し、その絵を好きなだけ描く。
しかし、それだけでは物足りなくなった。
あの最高の美女を、彼女を描いた絵を、他の目にも触れさせたくなったのだ。
だから放課後、一人の人間を見つけては、わざと美女を目撃させていた。
やりすぎて、『七不思議』として噂になってしまったのは計算外だったが、それだけ自分の『作品』が美しいのだと浮かれていた。
まさか、本体の石の方を見つけられてしまうなんて。
しかもあの女子生徒、石を手放した方が良いなどとのたまった。
冗談じゃない。
認められない。そんなことは。
しかし、どうすれば···。
そのとき、教師の頭に、考えが浮かんだ。
そうだ。この部屋ごと、あの生徒を燃やしてしまえば良い。
教師の頭には、理性や倫理という言葉は浮かんでこなかった。
教師はふらふらと、火種を探しに教室からで出ようとする。その目には、もはや狂気しか浮かんでいなかった。
しかし、美術室の扉を開けると、そこに立ちふさがっている人物がいた。
つややかな黒髪。陶磁器のような白い肌。輝かんばかりのその美貌。
彼の作品ー幻の美女が立っていた。
「どうして君が···」
教師が美女に近づくと、
「寄んな。糞野郎が」
拳が飛んできた。
「ぶげぇ!」
教師は床に思いきり叩きつけられる。
「きゅー」
美女の後ろから、ギョロギョロした目玉のついた丸い物体が文字通り飛んできた。
「きゅ!」
謎物体は、準備室の前に立ちふさがるように、旋回する。
教師がその光景に呆気にとられていると、美女に乱暴に前髪を掴まれ、正面を向かされた。
「あー、こりゃダメだな
完全にイカれた目ぇしやがって」
美女が言う。低い、男の声で。
教師はそこで初めて、美女の姿がいつもと微妙に違うことに気がついた。
美女の目は漆黒に設定したはずだが、今目の前にいる彼女は左目だけが、赤い。まるで血のような暗い赤だ。
教師の視線に気がついたのか、美女が手で左目を隠す。
ほとんど一瞬で、その姿が変化した。
紅い髪が、焔のように揺れる。
美女の立っていた場所に、二十代ほどの長身の男が立っていた。
「な···なんなんだ!!お前らは!」
「答える義理があるか?」
男は冷たく言い放ち、ずいっと顔を近づけてくる。その目は両方とも赤かったが、よく見ると緋色の右目に対して左目の方が暗い色をしている。
「てめぇにゃ、言いたいことが山ほどあるけどよ」
切れ長の瞳がぎらりっと光る。
「今は何言っても無駄だろうな」
そう言って、男は再び美女に変身する。
「な、何をする気だ?」
不穏な空気に、教師は後ずさる。
「そりゃあ勿論、てめぇがもう星屑を使わなくても済むように···
この姿を二度と見たくねぇような目に遭わせるしかねぇだろ」
「ぐ、具体的には···?」
震える教師に、美女、いや、美女の姿をしたた赤い髪の男は、にぃぃぃぃっと、嫌な笑みを浮かべた。
「まぁ、死にゃしねぇよ」
夜の校舎に悲鳴が響いた。