星の降る夜
暇、だ。
汐の部屋で、彼は退屈と戦っていた。
一応汐が暇潰しにと置いていった推理小説や玩具はあるが、読書は好きではないし、ぬいぐるみで遊ぶほど子供ではない。
部屋にいる唯一の話し相手も、
「きゅー?」
頭に生えたプロペラで、部屋中をぶんぶん飛び回っている、それと目が合った。
汐が雨と名付けたこの生き物は、一言で言うなら、変な生き物である。
大きさはテニスボールくらい。金属のような質感の丸い体に、前述したプロペラが生えている。手足はない。だが、体のど真ん中に大きなぎょろりとした目玉がひとつだけついている。
その見た目はどう見ても、悪趣味なロボットかメタリックな妖怪である。
こんな得体の知れない生物を飼っている辺り、汐は本当にどうかしていると思う。
「きゅきゅっきゅ」
しかもこいつ、この機械のきしむような音でしか喋れないらしい。眉も口も鼻もなく、目がひとつしかないため、表情から感情を読み取ることも不可能。手足がないからジェスチャーも論外。
こいつと会話が出来るのはただ一人。飼い主の汐だけだ。何故出来るのかは全くわからないが。
「おい」
「きゅ?」
声をかけると、雨は右へ三十度程傾く。人間で言えば可愛く小首を傾げる仕草、なのかもしれない。
とりあえず、なんかムカついたので、はたき落とした。
「きゅべぎゅっ」
雨が無様な悲鳴を上げて床にダイブした瞬間、部屋のドアが開いた。彼は咄嗟に左目を隠す。
『汐』
「きゅ」
そこにいたのはこの部屋の主。
年は十五歳。紺色のセーラー服姿。分厚い黒縁の眼鏡。黒くて背中まである髪を、首の後ろで束ねている。
控えめに言っても地味なその少女は、うつむいてびしっと片手を前に出す。『ちょっと待って』のジェスチャーらしい。
汐はそのまま制服を脱ぎ、ハンガーにかけると、クローゼットからワンピースを取り出して身につける。
汐の好きな、臙脂色のワンピース。色合いは地味だが、確かに汐に似合っている。
汐は髪を束ねていた赤い紐をしゅるりっとほどくと、そのまま左の手首に結ぶ。
分厚い眼鏡を外すと、それは不思議なことに、銀色のブレスレットになり、巻き付くように汐の右腕に装着された。
髪をおろして眼鏡を外した汐は、可愛いと言えなくもない。外でこのくらいの格好をしていれば、それなりに声をかけられそうだ。
まぁ別に、彼がいないところで地味でいる分には全く構わないが。
突然汐が口を開く。
「美女が出た」
『は?』
「怪談スポットに行ったら、美女スポットだったんだよ」
『わけわからん』
「きゅ」
その後続けられた汐の支離滅裂な説明によると、学校の階段でものすごい美女を見かけた、ということらしいが、
『お前の綺麗と可愛いは当てにならねぇ』
「なんでさ」
蠍は雨を示して、
『こいつは?』
「かわいい」
『そーゆーことだ』
「?」
汐は首を傾げる。その仕草が何故か雨に似てるような気がして微妙にむかつく。
「でも、あれよ。あの人は例えるなら美の女神というよりは月の女神のような···そんな感じの美人さんだったから」
『どっちも見たことないからわかんねぇよ』
否定され続けた汐は、ちょっとむっとした顔で、
「蠍さんだって虫だから、人間の美人はわかんないんじゃない?」
『お前よりはわかる』
汐の言う通り、彼は両手に鋏を持ち、尾に針のある、汐のペットの毒虫、サソリである。
あえて他のサソリと違う点を挙げれば、針に毒がないことと、目が赤いこと、そして、体が通常のサソリよりもひと回り程でかいことだろうか。
彼女の家に来たきっかけは公園で怪我をしていた蠍を汐が拾い、でっかい海老だと勘違いした彼女に素揚げにされかかったのが縁だが、そんなことはどつでもいい。
『そもそも怪談が本当なら、それ、幽霊なんじゃねぇか?』
汐が、「今気づいた」という顔で停止した。
「でも、ウチ、鏡に引きずり込まれてないし。違うような···、いや、やっぱりそうなのかな?」
なにやらぶつぶつ言い出す。普通なら頭の中身を鏡に引きずり込まれてないか心配するところだが、生憎汐はこれが通常運転だ。
そのとき、こつんっと窓に何かが当たる。
「星降りだ!」
呟くのをやめて汐は叫ぶと、窓を開けて桟に足をかけると、そのまま外に飛び出す。
「雨ちゃん」
「きゅ」
雨もプロペラで文字通り窓から飛び出す。汐はその丸い体を両手で掴んだ。
雨はそのまま汐を連れて屋根の上まで飛んでいく。
その小さな体のどこにそんな力があるのかは謎だが、そもそも存在が謎の生物に筋肉理論が通じるかが怪しいところである。
「蠍さーん」
汐が呼ぶ声がする。
蠍はやれやれと、壁をつたって屋根に登っていった。
星降り、とは、世界各地でたまに起きる現象である。
文字通り、星屑が降るから、星降り。しかし、空に輝く星とはまた別物のようでー。
汐の頭に向かって星屑が降ってくる。
すこんっと軽い音がした。
この通り、星降りで降ってくる星屑に当たっても痛くも痒くもない。
過去に人間大の星屑が家屋を直撃したことがあったそうだが、そのとき砕けたのも星屑の方だったそうだ。
汐は嬉しそうに自分にぶつかった星屑を拾うと、手のひらで撫でる。
『いつも思うんだが、もうただの石なんだろ。それ。拾う意味、あんのか?』
光りもしないそれは、正直綺麗でもなんでもない。人に投げてもダメージがないから武器にもならない。
しかし、汐は嬉しそうに、
「ただの、じゃないの。ウチにとっては」
空の星よりもきらきらと目を輝かせて汐はそう言い切った。
マスコットキャラクターは、なるべくシンプルな見た目が良い。
喋るより、可愛い鳴き声が良い。
空が飛べると動き回らせやすそう。
むしろちょっとメカっぽい方が格好良くなって良いかもしれない。
と、熟考した結果雨が生まれました。
どこからなにを間違えたのかわかりません。