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乗馬

 翌日の朝、私とギルバートはウェンディという街に行くために外に出ていた。


「それではギルバート様、さっそく行きましょうか」

「その服装……本当に馬に乗る気なのか」

「もちろん」


 今の私は、動きの邪魔にならないよう装飾の少ないシャツにピッチリしたパンツスタイルだ。

 髪も邪魔にならないように後ろで一纏めにした。


「お転婆過ぎて怖いぞお前」

「そうですか? ところでギルバート様。馬が一頭しかいないようですが」

「ああ、うちは貧乏家だからな。乗馬がしたいなんて我儘なお嬢様に用意できる馬はない」


 ……いや、私の分が用意できないのは分かるが、しかし一頭とはどういうことだ。

 この貴族様は一人で旅をするつもりだったのだろうか。

 

 ギルバートは馬の方に近づくと、その頭を乱暴に撫でた。

 

「ノブレスだ。俺の自慢の愛馬だが、変にプライドが高いのが玉に瑕だな」

「たしかに、気高い立ち姿ですね」


 王都の騎士が使う馬と比べても遜色のない大きさだ。白色の毛なみはよく整っている。

 

「いえそうではなく、他の騎士の方たちは一緒に行かないのですか?」

「ああ。我が領では革命戦線以外にもさまざまなならず者どもが蔓延っている。騎士たちには後から合流してもらうことになっている」

「不用心な辺境伯様ですね」

「お前に言われたくない。そもそもここで一番強い騎士は俺だ。戦力配置として間違えていない」

 

 彼は自信満々だった。しかしそれは根拠のない自信ではなく確固たる自負のようだ。

  

「それではどうするのですか?」


 私を連れていくのは最終的に賛成してくれた。

 しかし移動手段が一つしかないとなると遠出は難しいのではないか。

 

「……これを聞いてお前が諦めてくれないかと思ったんだがな」


 ギルバートは、淡々と告げた。

 

「お前がどうしてもついてくるというなら、俺の後ろに乗ることになるな」

「え?…………えっ?」



 ◇



 本日の天気は晴れ。風もなくて乗馬には適した1日と言えよう。

 

「ぎぎぎ、ギルバート様! 色々とまずいのですが!?」

「はあ? さっき自分で馬に乗れるって言っただろ! 今更降ろすのは無理だぞ! 耐えろ!」


 そうではなく、あなたとの距離がまずいと言っているのだ。

 不安定な馬上では、何かに掴まらないとあっさり落ちてしまう。一人で乗るなら手綱を握ればいいが、後ろに乗るとなるとそうはいかない。


 私が掴まれるものと言えば、ギルバートの背中くらいのものだった。

 私はギルバートの肩をちょこんと掴んでバランスを取っていた。


「ヒヒーン!」

「わっ」


 ノブレスが嘶くと、その体が大きく振動する。足元はゴツゴツした石が転がっている。どうやら足場の悪い場所に突入したらしい。

 

「おい、もっとちゃんと掴まれ! 振り落とされたいのか?」

「っ……分かってますけど……分かってますけれども……!」


 再び振動。ノブレスの体が大きく揺れる。


「きゃっ!?」

「言わんこっちゃない」


 反射的に私はギルバートの背中に抱き着くような格好になってしまった。

 彼の大きな体の感覚がダイレクトに伝わってくる。私の心臓がうるさく鳴り始めた。


「そのまま掴まっておけ」

「っ」


 離れたい。今すぐ離れて顔の熱をパタパタと冷ましたいが、振動は大きいままだ。

 大きな体に掴まっていると、不思議な安心感がある。包まれるような、というのは言い過ぎだろうか。しかしながら、守ってもらえるような安心感がある。

 

「……」

 

 男の体に密着するなんてはしたないこと。そんな風に教育されていたから、背徳感と羞恥心でどうにかなってしまいそうだった。

 ……これでキスなんてしたら、どうなってしまうのだろうか。


 ……いやいやいや! まだ確定したわけじゃないし!


「おい、もぞもぞ動くな。くすぐったいだろ」

「その、ノブレスが暴れるので……」


 そういうことにしておいて欲しい。

 




 馬に乗りはじめて結構な時間が経った。私の心臓もようやく落ち着き始めた。

 先ほどまで無言だったギルバートが、唐突に口を開いた。 


「そういえば、エレノアは見た目によらず運動神経がいいんだな。普通の貴族の女なら乗馬なんてできないだろ」

「見た目によらずとは私はいったいどんな印象を持たれていたのですか?」


 ちょっとだけ少し気になる。彼の中の私の印象はどんなものだろう。

 

「派手な見た目と派手な服をした女」

「ひどくないですか!?」


 そんなに派手な服だっただろうか。……いや、そうだったかも。あの時はパーティーからそのまま馬車に押し込まれたから派手めなドレスだったかもしれない。


「最初は俺が嫌いなタイプの女かと思った。ただお前の目をちゃんと見ると、案外見た目とは違うやつだと分かった」

「目を見たら、ですか?」

「ああ。俺は自分の人を見る目を信じている。俺がお前をひたむきで好意の持てる人間だというのは最初に言った通りだ」

「……そう聞くと、なんだかギルバート様はあっさり人に騙されそうに聞こえますが。第一印象が良くても心変わりすることだってあるでしょう」


 人は変わる。たとえ過去に尊敬できた人であっても、悲劇やトラウマ、貧乏や脅迫をきっかけに人が変わってしまうことだってあるだろう。

 そういう実例を、私は何度も見てきた。


「それは分かっている。人は変わる。明日の飯の不安、明日死ぬかもしれない恐怖は善人を悪人に変える。だから、第一印象で決めつけるのではなく、そいつを見続けることが重要だ」


 彼の言葉には、不自由ない生活をしている貴族には出せない実感がこもっていた。

 きっと、何度も醜く変わっていく人間を見てきたのだろう。逃げてきた犯罪者や困窮した人間が集う領地、ホークアイ領。ここにいる人間は、善人ばかりではないのだろう。

 

「だから俺は、お前を観察し続ける。俺と一緒にいて不利益を与える人間ではないか見極める。婚約者だろうと従者だろうと例外はない。俺は俺の周囲にいる人間を観察し続ける」


 聞きようによっては冷たい言葉だ。利益をもたらさない人間は不要だともとれる。

 言葉には、あえて私を突き放すような雰囲気すら感じた。自分に無償の愛を期待するな。そう言っているようにも取れた。


「……ひょっとして、ギルバート様は本当に信頼できる人間がいないのではないのですか?」

「……」


 なんでもハッキリ言う彼にしては珍しい沈黙だった。

 

「あなたの価値観は正しいのでしょう。けれども、その正しい思考はあなた自身を苦しめているようにもとれます」


 私だって、王城にいた頃は周囲の人間が信用できなかった。周囲は政敵ばかりで、常に他人の目を気にしていた。

 

 それでも味方はいた。メイドのコレットは私をずっと気遣ってくれたし、故郷の家族はよく手紙をくれた。

 真の意味の孤独とは、ギルバートのような人のことを言うのではないだろうか。

 

「お前は、違うのか」

「似たものですが、違います。私には信頼できる人間がいます」


 王城に入ってからはずっとコレットに悩みを相談していた。故郷にいた頃には義理の兄が話を聞いてくれた。


「ギルバート様は、自分の弱さを晒せる人がいないのではないですか」


 ギルバートが悩み一つない完璧な人間だったならいい。

 けれど、彼が私と同じように普通に悩んで普通に苦しむ人間だったなら。


 ギルバートは、私の顔をじっと見返して話し始めた。


「……俺の親父はよく言っていた。この領地を治める人間は舐められら終わりだ。自分を強く見せろ。相手を観察し続けろ。表情を窺うな。睨み付けろ。親父はもういないが、あの教えは正しかったと俺は今でも思っている」


 彼の顔は何の表情も浮かべていない。けれどその鋭い瞳は、私を威嚇するようだった。


「弱さを見せる人間は格好の的だ。つけいられ、足を引っ張られて、利益をしゃぶり尽くされる。俺が弱さを見せる相手など必要ない。それこそが辺境伯として生まれた俺の宿命だ」 

「ギルバート様……」


 本当にそれでいいのだろうか。

 その考えが間違っていると断言できるほど、私は彼のことを知らない。


 けれども、婚約者という立場の自分くらいには弱いところも見せて欲しいと思った。

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