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メイドのコレット

「――それでは、お前の承認も得たので明日詳しく説明する。今日一日くらいは休んで疲れを取れ」


 そう言うとギルバートは私に背を向けた。お前には必要最低限のこと以外関わらん、と言っているような背中に、少しだけ腹が立つ。

 嫌がらせも兼ねて、私は彼を呼び止めた。


「待ってください。私もコレットもこの屋敷について全然知りません。お手数ですが案内いただけませんか?」

「ああ? とは言っても見るものなどないぞ」

「書庫などございませんか? 私、珍しい本を見つけるのが好きで」

「我が家に伝わる書庫ならあるが……埃まみれだぞ?」

「そういうところにこそ宝が埋まっているのではありませんか! ぜひ、見せてくださいませ」


 ギルバートに連れられたのは屋敷の二階だった。生活スペースらしいそこは、一階の応接間に比べて随分質素だった。


「廊下は綺麗ですけど……あまり生活感がありませんね」

「生活の大部分は一階の執務室と応接間、それと外で過ごしているからな」

「へえ……忙しいのですね。辺境伯としての仕事ですか?」

「だいたいはそうだな。ただ、書類仕事をしていると気が滅入る。途中から剣を振っていたりするから、四六時中仕事をしているわけではない」

「じっとしていられないのですか? 案外子どもっぽいんですね」


 不真面目だなあ、と茶々を入れるとギルバートは皮肉気に口角を上げた。


「そういうお前はフォークより重いものを持てなそうだな。老いてきた時に『若い時に健康に気を付けていれば……』と嘆くタイプだ」

「ギルバート様は本当にデリカシーというものがないですね。そういうあなたこそ、普段の態度が災いしてひとりで寂しい老後を迎えるのではありませんか?」


 言ってから、想像してしまった。私と彼がキスする未来の後。少し老けた彼に寄り添う私の姿。穏やかに笑い合い、お茶を啜って……


「って違う! 全然違いますからねギルバート様!」

「おお……」


 たじろいだギルバートの顔が直視できなくて、私は顔を逸らした。

 ……なにをやっているのだろうか。私はもっとこう、冷静沈着で冷酷無比、未来を見通す公爵令嬢だったはずなのに……。


「ここが書庫だ」

「うわあ……ギルバート様、比喩でもなんでもなく埃まみれですね」

「だからそう言ってるだろうが。普段使う本は執務室にある。ここにある本は長年放置されたものだ」


 それにしてもこれはない。もともと茶色だっただろう本棚は灰色になっている。空気もどんよりと淀んでいて、息を吸えばせき込んでしまいそうだ。

 これは、彼女を呼ぶしかないだろう。

 

「――コレット! 今手は空いている!?」

「はい、お嬢様!」

「うわっ、なんでここにいるのよ!?」


 大声で彼女を呼ぶと、びっくりするくらい近くから返事がした。ひょこ、と廊下の曲がり角からメイドのコレットが顔を出した。

 彼女はいつもの元気な笑顔で答えた。

 

「お嬢様の貴重な馴れ初めが気になりまして。それにお嬢様は変にこだわりが強いじゃないですか。それで気まずい感じにならないか気になって観察しておりました!」

「いや仕事しなさいよ!」

「終わりましたよ。昼食の下準備は終わりましたし、お嬢様の部屋の掃除も済ませました」

「……本当に要領がいいんだから」


 必要な仕事はササーッと終わらせてニコニコ笑顔で私と話を始めてしまう。王城にいた頃からのコレットの日課だ。


「ここの掃除、頼める? 本を見たいんだけど、埃がすごくて……」

「はい。任せてください」


 軽い汚れくらいなら私が掃除しようかとも思った。

 しかしこれは流石にプロの手を借りた方がいい。どこから手をつければいいのか分からないレベルだ。

 

「ありがとう。今度髪飾りくらいなら買ってあげる」

「いえいえ、この程度でチップなんて結構ですよ。これが私の仕事ですから。それでは、準備してきますね」


 足音をほとんど立てずに、コレットは速足でどこかに去って行った。


「良いメイドを持ったな」

「ええ、そうでしょう?」


 コレットは私の自慢のメイドだ。仕事の手際の良さで言えば、王族付きのメイドにも負けないと思っている。

 

「……今になっては信じられないけど、あの子はもともと孤児だったんです」

「そうだったのか」


 不思議と、ギルバートになら彼女の過去を語ってもいいと思った。彼なら、否定しない。

 そして、彼には私の最高のメイドについて知ってほしかった。


「私の領でスリをして生きていた彼女は、ある時衛兵に捕らえられた。それを見た時に、私の未来視が発動した。その光景を視て、私は彼女と関わりたいと思えた」


 今でも思い出せる。メイド服を着たコレットが、私に元気に笑いかける姿。それを見る私の胸には、穏やかな温かさがあった。


「未来視は、正しく使えば人を幸福に導ける。孤児として世に出たコレットが、ちゃんとした服を着て、ごはんを食べて、笑っている。――私が王国のために頑張る理由、少しは分かっていただけましたか?」

「ああ、立派だな。確かにお前にしかできない役割なのだろう」


 ギルバートはそこで、じっと私の目を見つめた。

  

「ところでその目は、お前の未来も見えるのか?」

「ええ」

「それなら、最初に幸福にすべきは自分じゃないのか?」


ぽつ、とつぶやいた彼の言葉は、不思議と自分の胸に入ってきた。

 

「……それは、どういう意味でおっしゃっているんでしょうか」

「いや、深い意味はない。単純な疑問だ」


 それ以上は言わずに、彼は目を逸らした。

 

 突然訪れた沈黙。そこに、遠くからコレットの元気な声がした。


「おまたせしましたー! このコレットにかかれば、蛆虫の湧く汚部屋すらも素足で歩ける綺麗なお部屋にしてみせましょうー!」

 

 見れば彼女は、はたきや雑巾、箒などの掃除用具を両手いっぱいに持っていた。彼女にかかれば、埃だらけの書庫も元の姿に戻るだろう。

 

「ってあれ、なんか雰囲気微妙ですか、お嬢様? あっ、ギルバート様。お嬢様の口が悪いのは気にしないでいただけると幸いです。変に頭が回るし真面目なせいで人に煙たがられる宿命を持ったお方なので。でも悪い方ではありませんよ!」

「失礼ね!」


 この子は本当に私のメイドなのだろうか。敬意というものが毛ほども感じられない。


「いいや、むしろ立派なやつだと感心していたところだ。よくこの年までそのままでいれたな」

「ギルバート様、馬鹿にしていますか!?」

「いやだから、俺の言葉は全部そのままの意味だと言っているだろう。お前みたいに純粋な奴は珍しい」

「や、やっぱり馬鹿にしているのですね! ああもう、ギルバート様に何かを期待した私が馬鹿でした!」


 まったく、二人とも失礼な人たちだ。


「ギルバート様、意外とお嬢様といい感じですね!」

「そうか? なんだかずっと怒らせているような気がするんだが」

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