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ギルバートの所感

 ギルバート・ホークアイにとって、王城から一方的に婚約者を押し付けられたのは不快なことだった。

 そもそも、彼は貴族という生き物が嫌いだ。辺境伯と知るや否や見下してくる人間たち。地位や名誉などの腹の足しにもならないものにこだわり続ける愚か者たち。

 

 彼らは平民より優れていることを誇りにしているようだったが、ギルバートからすれば本心が剝き出しの平民の方がずっと魅力的だった。


 おそらく、彼の目が他人の本性や本音を見通すことに優れていることが関係しているのだろう。彼の家、ホークアイ家の人間は鋭い観察眼を持つ人間が多い。

 亡くなったギルバートの父なども、人の本質を見抜くことに長けていた。息子のギルバートもその観察眼を受け継いでいる。

 

 目は口よりも雄弁だ。自分の目で相手の目を見れば、だいたいの人となりは分かる。


 何か企んでいるのか、自分を利用しようとしているのか。本心で物を言っているのか。どんな感情を抱いているのか。どんな人間なのか。


 見えるからこそ、本当に純粋な人間は素直に尊敬できる。

 

 エレノア・ブラッドストーンに出会った時に、彼はこんな人間が王城にいたのかと感嘆したのだ。


 まず目につくのは、真っ赤な瞳だろう。

 ルビーのように赤い目。気が強そうな印象を受ける。しかしやや疲れが見えるのは、王城から追放される一幕からだろう。けれどその奥には、逆境でもなお己の意思を貫かんとする勇敢さがあった。

 

 髪は曇りのない金色。片田舎ではなかなかお目にかかれない上質なものだ。

 背筋はピンと伸びているが、背丈は長身のギルバートから見れば随分小さく見える。

 

 ギルバートが瞳から感じ取ったのは、彼女の生真面目な気質だった。己の使命を全うするために自分すら犠牲にするひたむきさ。

 放っておけないタイプの人間だ、とギルバートは直感した。


 一人で責任を背負って、頑張って、潰れるタイプだ。だからこそ、せめて婚約者という立場になった自分が見ていなければならないと思った。

 ギルバートは淡白な人間だと思われがちだが、その実気に入った人間にはとことん良くするタイプだ。

 口は相変わらず悪かったが、本心ではエレノアのことを気に入っていた。

 

 

「エレノア、何をしているんだ?」


 自らの屋敷の庭にエレノアの姿を確認して、ギルバートは彼女に話しかけた。

 声をかけられたエレノアはびく、と肩を震わせるとやや顔を赤らめながら彼の方を向いた。


「ご機嫌よう、ギルバート様」

「おう」


 エレノアは男性が苦手なのではないか、とギルバートは思っていた。

 自分が話しかけると少し照れる様子を見せる。やや顔が赤くなる。社交界に慣れた堂々とした女性だ、という印象を受けていたが、案外シャイなのかもしれない。そんなことを思っていた。


「今は庭の花を見ておりました。綺麗に咲いていますね。管理するものがマメに管理しているのがよくわかります」

「ああ。俺が選んだ庭師だからな。3日に一度ここに来て、キッチリ仕事をして帰っていく」


 自分の選んだ人物が褒められるのは悪い気はしない。

 ギルバートの屋敷は、来賓が来た時のために最低限の体裁は整えてある。庭の整備と屋敷の掃除。それから料理人を雇う。


 エレノア相手にまともな応対ができなかったのは、彼女が王城を追放されてここに来るのがあまりに急だったせいだ。

 

 エレノアは目の前の花を眺めて少し微笑んでいる。

 それを見て、ギルバートは疑問に思っていたことを尋ねようと思った。

 

「エレノアは未来が視えるんだろ? そんな凄い力があるのなら、貴族社会に囚われず自由に生きたいと思わないのか? 王子の婚約者が良かったのか?」


 例えば、未来視の力を利用して商会を運営したとすれば。常に流行や景気を先回りして把握できれば、きっと成功できるだろう。

 しきたりや慣習が嫌いなギルバートなら、きっとそうしていただろう。

 

「王妃の立場にはさほど興味はありませんでした。ただ、私と同じようにこの魔眼を持っていた私のおばあ様は、よくおっしゃっておりました。『未来視の力は自分のためだけに使ってはいけない。そうすれば、いずれ身を滅ぼす』と」


 それは、ブラッドストーン家に伝わる伝承だった。未来視の力は、自分のために使うにはあまりに強大すぎる。人を殺すことも生かすことも簡単にできる。国を動かすことすら容易い。

 けれど、その力を悪用した者は最期には未来視を使えなくなり破滅する。

 魔眼に愛想を尽かされるのだ、とエレノアの祖母は語った。

 

「未来視という強大な力を与えられた者に期待されているのは、王国に貢献することなのだとおばあ様は語りました。神様がそれを期待して未来視という力を与えてくださっているのだから、私たちは王国に尽くさなければならない、と」


 彼女の物言いは、まるでそうしなければならないという強迫観念にも聞こえた。

 どうしてそんなに背負うのか。ギルバートはそんな疑問を持った。

 

「そのために一番良かったのが、王子の婚約者として王城に入ることだった、と」

「ええ。実際私の未来視は王国の未来のために使われました。もっとも、王城の人たちはそれを認めてはくださらなかったですが」

「エレノア……」


 最後の言葉を呟いたエレノアは、寂しそうだった。

 何か言いたい。どうにか彼女の助けになりたい。

 

 そう思ったギルバートは、自分でも想像できないような行動に出た。

 だらりと下げられたエレノアの手を、そっと握る。小さな手だ。ギルバートはそれをガラス細工でも触るみたいに丁寧に触れた。


「少なくとも俺は、お前が働けば働いた分だけ評価することを約束しよう。少なくとも王城での生活よりもずっと幸せな未来を迎えさせてやる」

「ぎ、ギルバート様……」

 

 大きく目を見開いたエレノアが、ギルバートを呆然と見つめる。ギルバートは、自分の言葉が真剣であることを示すようにじっと彼女の赤い瞳を見つめた。

 数秒の沈黙。ギルバートの鋭い視線を受けたエレノアは、やがて恥ずかしそうに顔を逸らした。


「その……手を離してくださいませんか?」

「あ、ああ、悪い」


 言う通りにぱっ、と手を離すと、エレノアはなぜか少し寂しそうな顔をした。

 

「……やっぱりギルバート様は、女性の扱いに慣れているように見えます。どうしてそんなに大胆なことをあっさりとできてしまうのですか?」

「なに? いや、これくらいは騎士たちをねぎらうのによくやっていることだが……」


 ギルバートは思ったままに言うと、エレノアは途端に不機嫌そうになった。


「や、やっぱりそうだったのですね! いえいえ、分かっていましたとも。たいそう女性受けしそうな辺境伯様のことですから、一緒に働く方々とはさぞ仲が良くいらっしゃるのでしょうね! 結構ですとも。では、失礼いたします!」


 ずんずん、とその場から去っていくエレノア。しかし彼女は最後に、ぽつりとつぶやいた。


「ありがとうございます、ギルバート様」


 その言葉を辛うじて聞き取れたギルバートは、ひとりになった後でぽりぽりと後頭部を掻いた。


「ご令嬢ってやつは何を考えているのかいまいち分からないな」



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