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エレノアの失敗

 未来視の力は無制限に使えるわけではない。

 まず体力を使う。3日先を見れば、全力疾走をした後のように息が切れる。

 場所や時間を限定しなければ、さらに体力を使う。

 そのため、必要な情報を得る前体力が切れてしまうことすらある。

 

 だからこそ、未来視は情報を分析して何が知りたいのかはっきりさせた上で使うべきだ。

 未来視の力を持つ先達であるおばあ様はそう教えてくれた。


「……今日中に橋に盗賊団の影はなし、ですね」


 廃墟まで偵察に行った日から三日が経った。あれから私は、廃墟と街を繋ぐ唯一の橋を定期的に訪れ未来視を使っていた。夜の分の監視を終えた私は、街まで戻ってきていた。

 街全体を監視するのは負担が大きいため、唯一の通り道である橋のみを未来視で監視している。

 これはおばあ様の教えを活かした結果だ。範囲を絞って未来視を使うことで体力の消耗を抑えている。

 

 一仕事終わった、と私は背伸びをした。

 

「んん……今日もまたトーマスさんのところで夜ご飯をいただこうかな?」


 ウェンディの街にも慣れてきた。今では酒場にも躊躇なく入れる。

 初日にギルバートが睨みを利かせてくれたのが効果的だったらしい。

 「彼女はあの怖い目をした男のツレらしいぞ」という噂が広まり、厄介なナンパの類には絡まれなくなった。……ツレ、というのは少し気になるが。


 酒場の正面に立ち、店の外面を眺める。木でできた看板。年季の入った外壁。決して華美ではないが、清潔に見せようという努力が見て取れる。トーマスは本当にこの店を大事にしているようだ。

 

 ――それをぼんやりと眺めていると、不意に未来視が発動した。先ほど使用したような、自発的なものではない。

 未来において発生する人間の大きな感情に反応して自動的に発動する未来視だ。

 

 息を呑む。その光景は、私にとってあまりに信じ難いものだったからだ。

 

 視えた光景は、以前未来視で視た覚えのあるものだった。おそらくこれは、今日の間に起きる出来事だ。

 

 燃える酒場に、高笑いをする盗賊らしき男。腕を掴まれたケティー。トーマスが決死の覚悟で男に立ち向かうが、倒されてしまう。

 トーマスの胸にあったのは深い絶望だった。何より好きだった幼馴染を守れない屈辱。自分が祖父から受け継いだ大事な居場所である酒場を守れなかった悔しさ。すべてが蹂躙され、破壊される。

 嘔吐感にも似た感情の渦が彼の中に巻き起こり、絶望がそれを覆いつくす。


 未来視が終わった瞬間、己の中に流れ込んできた感情の渦に吐き気を覚える。

 しかし、ここでうずくまっている場合ではない。

 

「っ、ギルバート様に伝えないと……!」


 なぜ、革命戦線の襲撃を見落としたのか。廃墟から街への唯一の進路である橋はちゃんと監視していたのに。

 答えを模索しながらウェンディの街を走る。

 ギルバートは宿の部屋で待っている。もう少しで彼の元に着く。


「はっ……はっ……」


 息を切らしながら走っていると、ようやく未来視で盗賊団の動きを読めなかった理由が分かってきた。

 

 彼らの強奪した、重力を操る魔道具。それを用いれば、川を橋以外の場所から横断することもできるのではないか。

 人目につかないところから、一人一人空中に浮かせて川を通り越させる。


 グラビティ子爵家の魔道具なら可能だ。

 

「魔道具が常識外れのものだってことを失念していた……!」


 思えば、革命戦線は見張りを立てるほど騎士の対応を警戒していた。あの橋はもっとも守りやすい地形。騎士による監視を警戒していても不思議ではない。


 宿に駆け込み、ギルバート様のところまで行く。

 彼は、私の慌てた様子を見て少し目を見開いた。

 

「ギルバート様、申し訳ありません! 襲撃は今夜、この後です!」

「なに? それは随分と急な話だな」


 言いながら、彼は剣を手に持ち立ち上がった。


「すいません、私の力がありながら……! 防げたはずなのに……」


 言いながら、自分の中に深い自己嫌悪が生まれるのが分かった。

 違うのに、こんなことを言っている場合ではないのに、私の中からは後悔の言葉が漏れ出る。


「唯一の通り道である橋さえ視ていれば大丈夫だと慢心しておりました。魔道具の人を浮かせることができるという特徴を考慮すれば、それだけでは足りないと分かっていたのに……私が、私が情けないせいで街のみんなが……」


 こんなことではだめだ。私は未来視を授けられたブラッドストーン家の貴族。みんなを助けることが使命であり義務だ。

 目の前が真っ暗になるような感覚。また失敗したのか、という後悔。

 王城から追放された時もそうだ。私がもっとラインハルトのことをよく理解できていれば。もっと外聞に注意を払うことができれば。

 

 ――本当に変えたい未来は変えることができないのではないか。

 王城から追放されることも、おばあ様が死んだことも、ウェンディの街の優しい人たちが死ぬことも、全部全部、分かっていても変えられないのか?

 

「――おい、エレノア!」

 

 ギルバートの大声に自分の意識が現在へと帰ってくるのが分かる。

 眩暈がする。しかし、ギルバートの射抜くような視線だけはしっかりと捉えられる。

 

「いいか、誰もお前を責めてなどいない。お前はお前のできる最善を尽くした」

「しかし……」

 

 ギルバートは私の言葉を手で制止した。


「顔色が悪いぞ。お前は少し休んでいろ」

「……はい」


 ああ、きっと失望されたのだ、と私はその場に座り込んだ。

 

 未来が視える、という魔法の言葉に人は期待を寄せる。そして、思う結果が得られなかった時に私を責める。

 失望した、嘘つきめ、と言う。

 身勝手だ、なんて思ってはいけない。私はおばあ様の後継者。魔法を失いつつある現代において魔眼を継承した者。

 けれども、しかし、ギルバートにだけは失望されたくなかった。その見ているものの奥深くまで見抜く瞳で、私の苦悩まで見抜いてほしいと願ってしまった。

 

 恐る恐る、彼の顔を見上げる。

 ギルバートは、そんな私の顔を静かに覗き込んだ。


「エレノア。お前が最善を尽くしてこの街を救おうとしていたことは、他でもないこの俺がよく見てきた」


 呼吸が止まる。彼の真摯な瞳から目が離せなくなる。

 

「――だから、後は俺に任せろ」


 彼の瞳が真っ直ぐに私を捉えている。

 彼のぶっきらぼうながら感情の籠った言葉が、私の中に染み入る。

 

 ギルバートが剣を手に部屋から出ていく。

  

「ギルバート、様……」


 彼の言葉を反芻して、私は胸のあたりをそっと抑えた。

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