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第一王子

 エレノアとギルバートのいる場所、ホークアイ辺境伯領から遠く離れた王城。豪華な装飾のされた廊下を、一人の若い男が歩いていた。


「クソ、なぜだ、なぜだ! どうしてあの女を追い出したというのにこうも反乱が続くのだ!」

 

 王国の第一王子、エレノアの元婚約者であるラインハルトは苛立たし気に髪を搔きむしりながら独り言を吐き捨てた。見事な金髪がハラハラと地面に落ちる。

 彼の頭の中にあるのは、王都で相次ぐ反乱軍の出現情報。騎士たちの苦しい戦況。そして貴族たちの反抗的な態度だ。

 

 こんなはずではなかった。ラインハルトの算段では、エレノアを追い出した時点で反乱はピタリとやむはずだった。ラインハルトは魔女を追放した功績をたたえられるはずだった。

 

 なぜなら、すべての反乱、暴動、治安の悪化は、エレノアが裏で手を引いて引き起こしているからだ。ラインハルトはそう信じていた。

 彼が何よりも信じているアイリスがそう言っていたからだ。

 

「クソッ、なんでどいつもこいつも分からないんだ……!」

 

 もともと、出会った頃から彼はエレノアが未来が視えるなどという虚言を吐いているのは気に食わなかった。

 

 そんなことありえない、と思っていた。彼のエレノアへの反感、もっと言えば魔法や魔道具全体への反感は、彼の生まれが関係している。

 ラインハルトは第一王子だが、幼い頃は王家の魔道具の適正に恵まれなかった失敗作だと言われていた。

 王家に伝わる魔道具を使うことができない彼が王位を継ぐことに反感を持つ貴族も少なくない。


 そんな彼のためにと、この国においてもっとも魔法使いらしい貴族、エレノアが婚約者として選ばれた。

 エレノアは現代において絶滅寸前の魔法使いだ。魔道具を使用せずに未来視の魔眼を使うことができる。


 魔法崇拝者――かつて魔法によって繁栄した王国を知る年嵩の貴族たちも、「エレノア・ブラッドストーン嬢が王妃になるなら」とラインハルトが王になることを認めた。

 

 しかしラインハルトは、自分でエレノアを追放してしまった。

 力を持つ貴族たちが、既にラインハルトの愚行を咎める言葉を何度も吐き捨ててきた。


 しかしラインハルトは、それに対して反抗心を募らせるばかりだった。

 己の使えない魔法や魔道具に価値があるはずがない。人の力で新しい世を切り開くのだ。ラインハルトはそう決意した。

 

 しかし、ラインハルトの壮大な夢はさっそく暗礁に乗り上げていた。

 平民の反乱に、貴族の離心。

 いずれ、父も黙っていないだろう。ひょっとしたらまだ幼い弟を王にしようと言い出すかもしれない。

 

 

 うまくいかない現実に腹が立つ。


 ラインハルトが政治に関わるようになってから急激に増加した反乱や強盗。報告によれば、生活が苦しくなった平民が次々と犯罪に手を染めて王都ですらも治安が悪化しているようだ。

 王国の騎士たちも鎮圧のために全力を尽くしているが、あまりにも数が多すぎる。


 廊下を歩き目的地についたラインハルトが、ばん、と大きな音を立てながら扉を開ける。中にいたのは、初老の気の弱そうな男だった。

 

「オールドタートル宰相、なぜ状況が良くならない! 原因は俺が排除してやっただろうが!」

「ら、ラインハルト殿下!?」


 初老の男性――宰相のオールドタートル公爵は、動揺してラインハルトの顔を見た。


「しかし殿下、あなた様の課した重税に対して庶民からの反感は強まるばかりです! 生活が苦しくなれば犯罪に手を染めるものも増えます。このままでは騎士たちの負担が増えるばかりです!」

「貴様っ、俺にそのような物言い……チッ、父上のお気に入りじゃなきゃさっさと追放してやるものを。俺が聞きたいのはそんなことではない。エレノアは追放してやっただろう! 反乱を自作自演していたあいつがいなくなれば王国は平和になるんじゃないのか!?」

「殿下! 私はもう何度も申し上げておりました。ブラッドストーン様はそのようなことはしておりません!」

「その妄言はもう聞き飽きたぞ! 元凶であるエレノアはいなくなったのだから、鎮圧は容易だ。アイリスもそう言っていた」


 アイリスの名前を聞いた途端、オールドタートル宰相は眉を吊り上げた。

 

「殿下! あの得体の知れない女を信用するのは――」

「うるさい! 俺に対してくだらないことを言っている暇があったら改善策の一つでも打ち出してみせろ! この役立たずめ!」


 ラインハルトは来た時と同じくドアを乱暴に閉めて、外に出た。


 髪を搔きむしり、ハラハラと金髪が落ちる。

 ずんずんと廊下を歩く彼に、とある影が近づいてきた。


「ラインハルト、お仕事ご苦労様! ふふ、相変わらずあなたの立ち姿は遠くから見てもかっこいいわね!」


 彼女は、ラインハルトの実質的な恋人となっている男爵令嬢のアイリスだった。ふんわりと広がったピンク色のドレス。胸元が大きく開けたデザインは男の目をよく惹く。所々がキラキラと光るそれは、やや華美すぎるという印象を受ける。

 茶色の髪はゆるいウェーブ。可愛らしく男を魅了する顔立ちに、ラインハルトの顔がだらしなく緩んだ。


「アイリス……君の笑顔はいつだって俺を勇気づけてくれるな。本当にありがとう、アイリス」

「そんな、お礼なんていいのよ! 私は私のしたいようにしているんだから!」


 ラインハルトの目は、完全にアイリスの目に釘付けだった。

 それは異常とも言える光景だった。ラインハルトは思慮が足りないと言えども王族だ。女性を見る目は肥えている。それなのに、それなりに整った見た目をしている程度のアイリスに私財をなげうち政策を捻じ曲げるほど執着している。


 アイリスの紫色の瞳が妖しく光る。エレノアが魔眼を使っている時にも似た光。

 しかしそれを直視しているラインハルトは、不気味な光にも気づいた様子がなかった。

 

「ラインハルト、私を救ってくれたヒーローであるあなたなら、私の望みもかなえてくれるよね?」

「もちろんだとも、愛おしいアイリス。なんでも言ってくれ。俺の地位、人脈。力のすべてを使って叶えてみせようとも!」


 ラインハルトが拳を握って断言する。それに対してアイリスは、妖艶で人を魅了してしまうような笑顔を浮かべた。


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