第5話:その日のお昼は味がしませんでした
保健室で会長と別れた後は無事に教室に帰還した。そして午前の授業を受け、チャイムと同時に昼休みに突入し、
「おい霧耶、コーヒー買ってこいよ」
「なら俺はポカリな」
「んじゃ俺はコーラ。さっさと行ってこい」
「………はい」
僕は日課であるパシリに精を出していた。
いやいや、イジメじゃありませんよ? 皆さんちゃんと自分の分のお金は出してくれますから。ただ自分の足で自販機まで行く労力を出し惜しみしつつ自分に押し付けているだけで、決してイジメとかじゃないんです。
………まぁ、帰りが遅いと軽くど突かれて激痛に悶えたりすることもありますが。
とりあえず今日は三人分のお金を持って校内の自販機へと向かう。三人という数字は少ない方で、凄い時は十人とかもある。みんなどれだけ面倒くさ………出し惜しみしているんだろう。
「ヤッホー聖十郎。ご苦労様だね」
そんなことを考えていると、とある人物が僕に話しかけてきた。
肩まで届く茶髪を後ろで束ねた髪型で、整った顔には軽薄そうな笑顔。
高等部三年生の辻井大翔先輩だ。
「何の用ですか、先輩」
「オヤオヤ、何の用とはつれないなぁ。頑張っている聖十郎君にエールを送っているんじゃないか」
「………でも手伝ってはくれないんですよね」
「まぁね」
大翔先輩は笑って、虚空から小さな白旗を出してふりふり振った。先輩の特技は手品とナンパである。…………しかし白旗って。
「それよか、聞いたぞ聞いたぞ聖十郎? 魔弥から生徒会役員に任命されたって? いやぁ、聖十郎が仲間に加わるか。中々に楽しそうだ」
興味津津という感じで先輩が聞いてくる。それからうんうんと頷く先輩、軽薄そうな雰囲気に似合わず実は生徒会副会長であったりする。
「容認はしてませんけどね」
「何言ってんだ。お前の押しの弱さに加えて、見ただろ? あの娘のパワフルっぷり」
「………まあ、それは」
確かに彼女はパワフルではあった。少々強引すぎるくらいではあったが。
「いやいや、我が校には今彼女のような元気と魅力と若さ溢れる人材が必要なのだよ。まぁとにかく、お前が逃げられないことは確実だな」
先輩の言葉を聞いて僕はため息をついた。
「………全く、どうして自分なんかが。先輩何か知りませんか?」
「さて、それは彼女本人に訊くんだな」
質問はさらりと受け流された。その表情からは、この人が何を考えているかは分からない。知っているのかもしれないし、本当に知らないのかもしれない。先輩結構な秘密主義者だからなぁ。何と言っても現在絶賛八マタ中という猛者だし。後ろから刺されないか他人事ながら心配だ。
「はぁ……じゃあ、もう自分は行きますから」
「ん。生徒会で待ってるぞ。………あ、そうだ聖十郎」
はい? と振り返ると、何かが飛んできたので慌ててキャッチ。見ればそれは百円玉だった。
「俺ソーダな」
アンタもか。というか二十円足りないのですが?
大翔先輩にソーダを渡して(僕のお財布から十円玉が二枚消えた)、残りの飲み物を手に教室へと戻る。すると廊下で、噂の彼女とあった。
「あっ、霧耶先輩」
生徒会長・姫野魔弥。彼女は僕を見つけると迷わず駆け寄ってくる。揺れる金髪に惹かれて彼女に視線を向ける生徒多数。
「もうお肩の方は大丈夫ですか?」
「え、えぇ。すっかり何ともありませんよ」
心配してくれるのはありがたいが、できればそのまま素通りしてほしかった。さっきから周囲からの視線が痛いんです。
彼女は僕の報告に破顔した。
「そうですか! それは何よりです! ………ところで、先輩って喉がよく渇いたりするんですか?」
そう尋ねてくる彼女の視線は僕の抱える飲み物達に向けられている。
「いえ、これは僕の分ではなく、クラスメイト達の分です」
そう説明したのだが、彼女は『?』と可愛らしく小首を傾げただけだった。パシリって率直に言ってあげた方が良かったかな?
「では、自分はこれで」
「あっ、待ってください先輩!」
横を通ろうとしたら彼女に止められた。はて、何でしょう?
「お昼をご一緒してもよろしいですか?」
ピシリ、と空気が固まった気がした。
「…………えっと、それは何故」
「え? 何故って、先輩と一緒にご飯が食べたいからですよ?」
彼女は不思議そうに言うが、こっちはそれどころではない。
「………えっと……」
それはマズいだろう………と思う。彼女といると目立って仕方がない。それは精神的によろしくない。そこ、チキンとか言わないで。僕だって必死なんです。
「駄目………ですか?」
不安そうな表情の会長。う………しかし、ここで断らないとまた目立つことになるし、クラスの方々に見られたら何と言われるか分からない。
断れ、霧耶聖十郎。ここは心を鬼にして! さあ言うんだ、『ごめんなさい』と!
「……………か、構いませんよ」
僕の馬鹿。
「そうですか! ありがとうございます!」
彼女は輝く笑顔を向けてきた。ああ、まぁ、この笑顔を守れたのなら、僕の心的疲労なんて安いものかな、なんて思ってしまうほど見事な笑顔だった。
「えっと、昼食場所は先輩のクラスでよろしいんでしょうか?」
「ええ……まぁ」
「では私、お弁当を取って参りますので少々お待ちください!」
そう言って彼女は走り去っていった。残された僕は、何となく右手で十字を切っていた。
「おう、遅いぞ霧耶………って」
教室に戻った僕と会長を迎えたのはクラスメイト達の驚愕の瞳。まあ、無理もない。今朝やって来た例の彼女がまたやって来たんだから。
「えっと、先輩の席は………あ、あそこでしたね。お隣りの席を借りますよ?」
そんな彼らの心中に気付くことなく、会長は僕の席の隣りを陣取った。
僕は三人のクラスメイト達の机にそれぞれ注文した飲み物を置く。
「………けっ。良いご身分だな霧耶」
「あんまり調子に乗んなよ」
「後で全身にデコピンを喰らわせてやる」
「粉砕骨折でもして身悶えろ」
………………僕はこんなクラスメイト達を持って幸せでした(過去形)。