第4話:幸せ……なのか?
「失礼、しまーす…………」
ふらつく身体をなんとか支えるよう勤めつつ、ガラララ、と保健室の扉を開ける。
「先輩、大丈夫ですか!? ああ、私のせいで……」
今にも泣き出しそうな表情で会長が右方から僕を支えてくれている。自分より華奢な少女に支えられる自分。情けなく思わなくもないが考えれば考えるほどドツボにハマって目に汗が浮かびそうになるので深く考えないよう努力する。
「あの、会長? 自分は大丈夫ですから、どうか授業に………」
僕の言葉に会長はフルフルと頭を振った。
「ヤです! 先輩を見捨てては行けません!! 大丈夫、事情を説明すれば先生方も分かってくれるはずです!」
拳を握って力説する。ああ、また誰かに迷惑をかけてるなあ、僕………。
「いらっしゃーい。って、アラアラ。霧耶君、また貴方?」
自己嫌悪しつつ保健室へと入ると、女性の声が聞こえてきた。俯く頭を上げれば白衣に身を包んだ(少なくとも外見は)若い女性が椅子に座った姿で迎えてくれたのが見えた。その手には湯気の立ち上ぼる白いマグカップ。空気中に漂う香りから中身はコーヒーであると推測する。来る度に思うが、保健室でコーヒーって可だっただろうか?
「どうも、田村先生」
我らが神桜学園の誇る保険医、田村遙氏に軽く会釈する。彼女は一度マグカップに口をつけてから、
「はいどうも。しかし貴方はよくここに来るわね。そんなに保健室が好きなの? それとも、私に気があるとか?」
いたずらっぽく笑う保険医に僕は苦笑を持って答える。
「恐ろしい冗談はやめてくださいよ先生。大体貴女今年でいくつになると…………ひっ!?」
何かが勢い良く飛んできたので反射的に首を振って躱す。カラン、と渇いた音がした。首だけ動かして見ると、ピンセットだった。
あ、危ない……躱せてなかったら確実に失明ルート一直線でした……。
「霧耶君。私は大人の女性だから寛容な心を持って今の失言を許すけど、女性に年齢と体重の話題は誤法度ということを記憶しておきなさい。でないと次はその頭に直接刻みこむわよ?」
ニコリと綺麗な微笑みを浮かべる田村氏。本能が逆らうなと警告しているので迷う事なくそれに従う。
田村先生は頷いて、
「まあ、君が学園を代表する希少な虚弱体質だという事はよく知ってるけどね。ついでに中々の不幸体質でもあったっけ? 去年だけで何回怪我や貧血でここに足を運んだっけ?」
「さあ、数えたくもありません」
あんまり思い出したくもないので視線を逸す。先生はクスクス笑いながら、
「それに、君の好みは私みたいな女と言うよりはもっと――――って、あら?」
そこで田村先生は僕を支えている会長に視線を向けた。
「貴女確か、姫野魔弥ちゃんだったかしら? 一年にして生徒会長に就任したっていう」
「あ、はい。初めましてです」
ペコリと可愛らしく頭を垂れる会長。それを見た田村先生は今度は僕に嫌な笑顔を向けてきた。
「霧耶君、あなたこんな綺麗な娘をいつの間に物にしたの?」
僕は嘆息しつつ、
「ですから恐ろしい冗談はやめてください。有り得ませんから」
そこだけは会長のためにもきちんと否定しておかなければならない。会長が? 自分と? 有り得ない。ハブとマングースができちゃった結婚するくらい有り得ない。
先生も分かっているはずなのに嫌な笑みを引っ込めようとはしなかった。
「照れんなよ少年~。あれか、青春してんの? いいねー若いって!」
「年寄り臭いですよその台詞。会長、ここまでで結構ですから、どうか自分の教室に」
それでも会長はまだ不安そうな表情をしたまま、
「え、でも!」
そこで田村保険医の助け船が。
「大丈夫よ魔弥ちゃん。この子、折れるのは早いけど治るのも早いから。だからここは任せて授業受けに行きなさい」
行った行った、と手を振る田村先生。会長は納得できない様子だったが、
「…………分かりました」
渋々、といった感じではあるが了承してくれた。教師、しかも保険医に言われてしまっては仕方がないと悟ったのだろう。この状況では彼女に任せるのが一番いいのだから。
「でも! もし何かあったらいつでも呼んでください! すぐに駆け付けますから!!」
まるでヒーローのような事を言いつつ一枚のメモ用紙を僕に差し出した。取り敢えず受け取ると、
「では、本当にお大事に」
礼儀正しく頭を下げてから退室していった。
二人残された保健室、先生が僕の手の中のメモ用紙を覗き込んだ。
「何それ?」
「……携帯の番号とメールアドレスのようです」
090から始まる数字の羅列にローマ字表記。確実に誰かの番号とアドレスだ。いや、誰かと言っても一人しかいないんですけど。ここで知らない他人の番号を勝手に渡されても困ってしまう訳ですし。
「わーお………こーの幸せ者め☆」
つーんと僕の頬を人差し指でつついた。
僕はメモを手にしたままただ立ち尽くしていた。
肩の痛みは、既に忘れ去られていたが、代わりに何故だか胃が痛くなっていた。