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エンディングのその先は

作者: 公社

「よく来てくれたわ」

「お招きいただきありがとうございます。実は本日は妃殿下に大事なお話がありますの」

「あら? 何かしら」

「近々、夫と共に領地へと向かわねばなりません」


 その瞬間、シャルロッテ様の周りだけ和やかな雰囲気が、一瞬にして凍りついたのが分かりました。


「な、何を言っているの?」

「私も夫と結婚してもう3年近くになりますが、一度も領地へ赴いておりません。今後のことを考えるとあまり日延べも出来ませんので、少なくとも次の社交シーズンまではあちらで腰を落ち着かせようと」

「私はどうなるのよ!」


 分かってはおりましたが、こちらの都合を完全に無視した利己的な発言に、改めてため息が漏れそうになります。


「貴女は私のサポートをしていればいいのよ!」

「妃殿下、口調が荒くなっております。お控えなされませ」

「貴女までみんなと同じことを言うの!」

「差し出がましいようですが、王子妃となられてもう3年です。これまでは何も知らぬ状態から嫁がれるのだからと私も出来る限りお支えしましたが、そろそろ独り立ちせねば、妃殿下のためにも、マクシミリアン殿下のためにもなりません」




 殿下と結婚して3年。男爵令嬢という身分から嫁がれ、覚えることが非常に多いということを差し引いても、そろそろ妃としての公務をつつがなく遂行できるくらいにはなってもらわねばならないというのに、未だにその目処は立たず、王家主催の社交を差配することすら王妃殿下からお許しが出ておりません。


 今日のお膳立てだって、茶会すら自分で開くことも出来ない彼女に成り代わり、全て私が整えたというのに、それをさも自分が主催者で私がゲストであるかのように振る舞う茶番。


 会うのはこれが最後だろうと覚悟を決めておりましたので、このやり取りも今日が最後かと思うと、何だか寂しく……なるわけがありません。


「妃殿下、いえ、敢えてシャルロッテ様と呼ばせていただきます。貴女はもうただの少女ではありませんの。国王を支え、国中の女性の頂点に立つべき御方なのよ。いつまでも私を頼りにしていては、貴女のためにならないのです」

「そんなの知らないわよ! 細かいことはやり方を知っている貴女がやればいいじゃない」

「私が出来ることを妃殿下が出来ないはずがありません。だって、貴女は主人公なんでしょ?」



 ◆



 あれはまだ学生の頃のお話。私と同い年で学園に入学してきたシャルロッテ様は、それから1年ほど経った頃には、身分の上下を問わず多くの令息たちを次々と虜にしていきました。


 中には婚約者のいる令息も少なくない中、複数の男性に囲まれてチヤホヤされる姿は、淑女としての嗜みの欠片もありません。


 故にその姿に眉をひそめる者や、それを許す殿下たちの意図が全く理解出来ないと言う者は多くおり、令息たちの婚約者や王子妃の座を本気で狙う令嬢たちなどの当事者は特に黙っていられなかったようで、彼女たちのヘイトがシャルロッテ様へと向かっていったのです。


 最初こそ過ちを正そうとしていたようです。しかし彼女は、仲良くすることの何が悪いのかとどこ吹く風のため、皆様の口調も優しく諭す姿勢から徐々に責める、咎めるといった雰囲気に変貌。それでも彼女の姿勢は改まることなく、むしろ殿下の寵愛を笠に負け犬の遠吠えとばかりに皆様を揶揄するものですから、トラブルが絶えませんでした。


 どうやら彼女は裏表が激しいようで、令嬢たちに対しては居丈高な態度を見せているのに、殿方たちにはみんなからイジメられていると泣きついたらしく、殿下や令息たちは批難する令嬢たちを、自分の交友関係に余計な口出しをするなと言って一蹴。


 こうなると怒りのはけ口は余計に身分の低い者(シャルロッテ)に向かうこととなるのは明白なのに、彼女はそんな逆境をものともせず、ついに殿下の婚約者に収まったのでありました。




 男爵令嬢だったシャルロッテ様が、多くのライバルを押しのけて王子妃となった最大の理由は、彼女がこの世界の主人公だったから。


 何故それを私が知っているのかといえば、彼女本人が私にそう言ったからです。


 ここは彼女が前世で遊んでいたというゲームの舞台であり、どういうわけかそのゲームの主人公に転生してしまったのだとか。


 身分の低い家に生まれた女の子が、学園生活の中で様々な選択肢を経て成長するストーリーであり、最後は学友である多くの令息たちの誰かと結ばれてエンディングを迎えるという、そのゲームの主人公に生まれ変わった彼女は、マクシミリアン殿下を選ばれた。




 そのゲームの世界で、私は主人公に色々とアドバイスする立場の人間なんだそうです。


 最初に会ったときは、右も左も分からぬ田舎貴族の娘と馬鹿にするのだそうですが、その後主人公を何かと気にかけ、与えてくる数々の課題の進捗具合によって、ゲームの攻略に有益な情報を次々に教えてくれる人間なのだとか。


 頭のおかしい話とお思いですか? ええ、私も荒唐無稽な話だと思いました。あくまでシャルロッテ様が言うゲームの中での私の役割です。


 普通に考えて、縁もない彼女のサポートを何故私がやるのかと思いますよね? 実際にそんなことは無かったわけですので。


 ただそれには理由があって、彼女は前世でこのゲームを何回も繰り返し遊んでおり、いつどこで何が起きるかを把握していたから必要としなかったただけのこと。


 攻略対象と呼ぶ令息たちが壁にぶち当たったとき、自身がどう動けば彼らの好意を引き出すことが出来るか。それを聞くまでもなく全部分かって動いていたからです。


 本来それらの情報や彼らがいる場所は、ゲームの世界では私から聞かないと知り得ないはずだったのに、この世界に転生してからは自分の足で赴くことが出来るとあって、わざわざ面倒臭い課題を与えられてまで関わる必要が無いと判断して、最初の邂逅から私を意図的に回避していたのだそうです。




 今の私にとっては、だから何? としか言いようがないのですが、そこまで聞かされると、そういうことかと合点のいくこともいくつかございました。


 当時、特に怒りをぶつけたのは王子妃の候補となっていた令嬢たち。半ば妬みに近いものではありますが、これまで歯牙にもかけぬ存在であった男爵令嬢ごときに殿下の寵愛を奪われたとあって、彼女たちの報復はすさまじいものになると他人事ながら気になっていました。が……シャルロッテ様は無事でした。


 彼女に向けられた妨害は、私物を壊されたり、陰口をたたかれる程度。たまに足を引っかけられたりして直接的な危害を加えられることもありましたが、大した怪我もせず翌日にはまた男たちとイチャイチャし始めたのです。


 一連の動きを見て、私はおかしいと思わずにはいられませんでした。目的を達成するための手段としては非常に弱い、つまらない嫌がらせしか起こっていなかったのです。


 令嬢たちの家は錚々たる名家ばかり。言葉は悪いですが、その力を用いれば男爵家1つを消し去るくらい出来ない話ではありません。まして彼女が妃の座に就くのを阻止するなら、存在ごと葬り去るのが一番手っ取り早い手段でしょう。


 何故令嬢たちはそのように分かりやすい嫌がらせしかしないのか。それによって目に見える形で健気に耐えるシャルロッテ様を見て、殿下や令息たちが益々彼女に肩入れすることは明白。にもかかわらず、どうして来る日も来る日も同じことの繰り返しなのかと思ったものです。




 そして、彼女がならず者に誘拐されるという事件があったのはそれからすぐ後のことでした。


 犯人はとある名家の令嬢。雇ったならず者にシャルロッテ様を誘拐させ、傷物にして他国の娼館に売り払う算段だったようです。


 しかし、あわやのところで殿下や騎士団長の子息によって救出されると共に、主犯の令嬢もその場で捕縛され、罪人となった彼女が大した調べを受けることもなく逆に娼館送りになったのです。


 またしてもおかしな話です。シャルロッテ様を亡き者にするなら、さっさと殺せばいいだけ。わざわざ生かしたまま奴隷だの娼婦とする必要など無いのです。


 しかも救出したのが殿下や令息たちというのもおかしな話。普通ならこういうのは騎士団とか警ら隊の任務です。仮にも一国の王子が乗り込んで行くようなものではありません。そんな危険な場所に向かうのを家臣が見逃すとも思えませんしね。




 普通に考えれば違和感を感じることばかり。にもかかわらず、現に彼女は王子妃の座に上り詰めたとなれば、彼女がそうなることは既定路線であり、これまでの過程も自分の身に何が起こるか分かった上で行動していたと考えればつじつまが合います。


 たとえ辛いことがあっても、決して自分が傷つくことはないと分かっており、それを耐えることで殿方の関心がさらに自分に向くことを理解していれば、苦しいとも思わないですよね。


 もっとも、それをより効果的に見せるために、殿方たちに対して健気な少女を演じることは忘れていなかったようですけど……




「何故それを私にお話になられたのですか?」

「貴女は私の味方になるはずの人だったから。これまでは話しかけなかったけど、ゲームの中では散々世話になったしね。出番が無くなっちゃってどうしてるかなと思ってね」


 諸々のことについては、彼女が知る脚本通りに事が運んでいるのだろうと理解しましたが、分からないのは何故私にそれを明かしたのかということであり、その問いに彼女は味方になる人物だからだと答えましたが、なんとなく腑に落ちません。


 彼女の言う設定とやらがどうなっているのか存じませんが、私の助けを必要とせず、自分から関わる機会を放棄しておいて、今更様子伺いをされても反応に困りますよね。




「左様でしたか。ですが、そのためだけにわざわざ会いに来た……ということではありませんよね?」

「私に協力してほしいの。悪いようにはしないわ」


 が……それでもなお会いに来たとなれば、それこそ理由があるのかもと思って水を向けてみれば、やはり目的があってのことでした。


 しかし、ほぼ初対面の人間に協力しろと言い、断れば報復があると暗にほのめかすとは随分と大きく出たものです。


 そんなことを言われて相手がどれほど警戒するか、自身に置き換えてみれば容易に分かりそうなものなのに、彼女は私が味方することを確信したかのような口ぶり。


 おそらく彼女は、()()()()()()私をよく知っているので、知り合い判定というか、私は断らないと確信しているようです。


 しかし、薄ら笑いを浮かべて勝利者宣言する彼女の下卑た顔を見ると、こちらとしては関わってはいけない異形の存在にしか映りませんし、関わる気が無いのなら、最後までそれを貫いてほしかったと言いたいところです。




「お話は分かりました。それで、私に殿下と貴女が結ばれるのをサポートせよと?」

「それは必要無いわ。誘拐イベントが起きたから、もうゲームも終盤だし、マクシミリアンルートは確定しているもん。貴女には仲の良いご令嬢を紹介してほしいの」


 仕方ないので具体的に何をするのかと問えば、味方になってくれる令嬢、言い換えると彼女の意に沿って動いてくれる者を欲しているようです。


 彼女の知る脚本通りであれば、王子妃になることが確定している現在、目下の課題は妃となる自分の補佐をしてくれる存在だが、今の彼女に媚びるのは権力のおこぼれに与りたいと考える下位貴族の令嬢、つまり彼女の同類みたいな存在しかいないのです。


 だけど、彼女が求めているのはそういう存在ではない。それなりの地位にいる令嬢で、周囲の諸事を差配してくれそうな人物というところでしょう。悪い言い方をすれば、自分でやるのが面倒だから押し付けてしまえということです。


 ただ、生憎とこれまでの行いから、彼女に肩入れしようという高位の令嬢はおりません。そこで現世で関わりが無いとはいえ、ゲームの設定上彼女の友人という立場であった私に目星をつけたようです。




「よく考えたらさ、女の子の人脈って貴女経由が多かったのよね。すっかり忘れてたわ」


 ゲームの中では私が彼女と関わる過程で、他のご令嬢とも知り合いになる算段だったようですが、男性の攻略を優先するあまり、そちらを疎かにしていたとのこと。


 ご令嬢との関わりは、あくまで男性を攻略するためのきっかけに過ぎず、全ての出来事を把握していた彼女にとって無用の長物だと思っていたらしいが、攻略も終盤になって、女性の会話相手がいないことにはたと気がついて、私に声をかけたのだとか。


 友人とは長い時間をかけて関係を育むものであり、ほぼ初対面の人に紹介出来るような存在ではありません。 


 それをちょっとそこまでお出かけにくらいの軽い気持ちで紹介しろと言っている。それが非常識なことを彼女は理解しているのか。


 ……いや、理解していないんでしょうね。ゲームの設定で友人である私なら、自分の頼みは断らないと頭から信じているのでしょう。


 いい迷惑だこと……




「シャルロッテ様、それならば1つ、お伺いしたいことがあるのですけど」

「いいわよ。私の味方をしてくれると約束してくれるならね」


 彼女は自身の秘密を私に明かした。それは既に目的が達成できる目処が立っており、今さら私が介入する余地が無いと確信しているからなのでしょう。

 

 それでもなお私に会いに来たのは、脚本と違うこと(イレギュラー)が起こらないように帳尻を合わせる意図もあるのだと思います。


 それは彼女が私との関わりを最初からスルーしたのがそもそもの始まりだと思うのですが、断れば面倒になりそうなので首肯でそれに応えると、満足そうな表情で「何を聞きたいの?」と尋ねてこられました。




「では……そのゲームとやらが終わると、私たちはどうなるのですか?」

「私が愛する男性と結ばれてハッピーエンドよ」

「その先は?」

「さあ? 後書きで幸せに暮らしましたとなってたからそうなるんじゃないかな」


 なるほど、結婚をもってゲームは終わるのですか。


 その先の筋書きは彼女にも分からない様子。となると……


「難しい顔をしてどうしたの?」

「いえ、私が友人を紹介するのはやぶさかではございませんが、貴族というのは派閥がございまして、私と距離を置く者も少なくありません。そのような方たちからは、この先も妨害を受けることになるかと」

「心配無いわ。私は主人公だもの、クリアする方法を知っているのに負けるはずが無いわ」


 シャルロッテ様はかなり自信がおありの様子。ただ、その醜悪な笑みは王子妃として如何なものかと思いますけどね……


「自信があるのですね」

「当然よ、私は主人公だもの」

「……よろしいでしょう。今すぐにと言うわけにはいきませんが、今後のシャルロッテ様の動向を見れば皆も貴女がお妃様になることを気づくはず。そのとき折を見てご紹介いたしますわ」

「ありがとう! よろしくね!」




 こうしてその日のやりとりは終わり、それからというもの、私は自身の友人たちに彼女に関わらないよう諭し、様子を伺うことにいたしました。


 その中には、王子妃候補のご令嬢も複数名含まれており、ライバルであった彼女たちが手を引いたことで、殿下とシャルロッテ様の仲は更に深まることになりました。


 一方で私が声をかけなかったご令嬢たち。これは主に生家と派閥の異なる皆様ですが、彼女たちもまた政敵一派の令嬢たちが大勢手を引いたことを機会と捉え、殿下へのアプローチ、そしてシャルロッテ様への妨害に一層力を入れるようになりました。


 ……しかし脚本とは恐ろしいもので、彼女たちもまた、誘拐を企てたご令嬢のように身を貶す、生家が没落するなどの不幸に見舞われ、ついにライバルを全て蹴落としたシャルロッテ様が王子妃の座に就くことが決まったのであります。




 こうして、彼女(シャルロッテ)の物語は終章(エンディング)を迎えたのでした……



 ◆



「それからというもの、私たちは貴女のサポートを続けておりました。貴女が立派な王子妃になることを信じて……」


 婚約が発表されてから約1年後、シャルロッテ様は正式にマクシミリアン殿下のお妃様となりました。


 ()()()()()素養の娘を妃に据えるなど、国王陛下も王妃殿下もよくお認めになられたと感じたものですが、今思えばそれも脚本の力だったのだと思います。


 どうしてそう感じたかと言えば、結婚をしてからの彼女は明らかに精彩を欠いているから。


 進まぬ王妃教育、身に付かぬ貴族のマナー。本人は努力していると言うものの、周囲が求める努力とは明後日の方向に向かっており、とても王子妃として認められるものではありません。


 それでも結婚してしまった以上、何としても彼女に成長してもらわねばと、教育係もあの手この手で指導するものの、教え方が悪いだのあの教師とは感性が合わないなどど言っては教師の首をすげ替えて早3年。


 未だに終わりは見えず、王子妃としての政務もままならぬとあれば、マクシミリアン殿下の立太子も先送りとなっておりました。




「陛下も王妃殿下も誰を王太子とするか、かなり迷われているようで、臣下もやきもきしております。それもこれも、シャルロッテ様が妃として不適格だと思われているからです」

「貴女がちゃんと私の力にならないからでしょ!」

「異なことを仰せになりますね。全方位で敵だらけだったものを、少なくとも半数は味方ないし中立に変えた私の功績はその程度の評価でしたか……」


 かつて、彼女に敵対した令嬢はことごとく没落の道を辿っておりましたが、最近はそう簡単にことが進むことはなく、折に触れて彼女の不行状が敵対派閥、つまり立太子を狙う第二王子や第三王子の派閥からやり玉に挙げられていたのです。


 それが辛うじて致命傷になっていないのは、この私がいるから。


 学園を卒業してすぐ、私は長らく婚約していたジョルジュ様と夫婦となりました。


 私より5歳上の彼は、若いながらも既に国内有数の軍事力を持つ辺境伯当主を務めており、その夫人である私が、シャルロッテ様の後ろ盾となっているのは、ひいては旦那様がマクシミリアン殿下を支持しているという意思表示にほかならないのです。




「そんなの知らないもん! マクシミリアンが王様になって、私はお妃様になるんだもん!」

「だからこれをお使いになられたと?」


 私はすぐさま、先日彼女から送られた書状を目の前に叩きつけました。


「これは……私が茶会の準備をお願いした手紙。それの何がおかしいの? いつものことじゃない」


 何が悪いのと、私の言いたいことすら理解出来ぬ様子の妃殿下。そもそも茶会の準備すら出来ぬ王子妃という存在自体が悪であると言いたいですが、この場でそれを言っても仕方ありません。


「書状の中身はどうでもいいのです。問題なのはこちらです」


 訝しがる彼女にハッキリと分かるよう、私は書状の封がしてあった箇所を手のひらで示します。




「この封蝋の印璽は王太子妃しか使えないもの。ねえシャルロッテ様、貴女はいつ王太子妃になられたの? 私はマクシミリアン殿下が立太子されたと聞いた覚えがございませんが」


 今の彼女は一王子の妃でしかない。それが勝手に王太子妃だと宣言すれば、それは夫であるマクシミリアン殿下が王太子なのだと宣言したことと同義。王位簒奪の意思ありと見なされてもおかしくない大罪です。


 殿下も知らぬ存ぜぬは通りません。妃が印璽を使ったとなれば、夫の許しがあってのことと思われてもおかしくないし、このことを知れば、そういうことにしたいと考える敵対勢力(弟たち)がいるのだから尚更です。




「知らなかったでは通用しません。妃となって3年も経つのに、その程度の頭も働かぬようでは先は見えております」

「そんなの……みんなが教えてくれないから……」

「教えてくれない? おかしなことを仰いますね。みな事あるごとに王子妃とはかくあるべきと申し上げておりました。それを聞き入れなかったのは妃殿下ではありませんか」


 厚顔無恥な彼女でも、私の言葉に思うところはあったようで、これまでの姿を思い出して顔を真っ赤にして口を真一文字にしながらプルプルと震えております。


「ご安心なさいませ。この件、当家で知るものは私と夫のジョルジュ、そして一部の信頼できる家臣のみ。当家から情報は漏らしません」

「ホントに!」

「ええ。夫がこれは妃殿下が誰の助けも借りることなく、王太子妃になるべくいよいよ本腰を入れる覚悟の現れなのだろうと申しておりましたので」

「えっ……?」




 本当はジョルジュ様も呆れておりました。


 ですが、ここで好意的な解釈を行い、故に私は夫の解釈に従い、妃殿下の意思を尊重してしばし距離を置くことにするのだと言えば、後腐れなく逃げることができるだろうと2人で相談した上でやってきたのです。


「違うのですか?」

「…………」


 ここでシャルロッテ様がそんなつもりではなかったと言えば、ではどういう了見ですかとなりますから、さすがの彼女も違うとは言えないようです。


 既に脅し伝えたように、この話が公になれば彼女もただでは済みませんので、ちょっと間違えただけなどと言って、後ろ盾である(と思っている)辺境伯の心象を悪くするのが下策だということくらいは理解できたようです。


「貴女は主人公なんでしょ? これくらいの逆境、どうということもないですよね。貴女なら大丈夫」

「…………」


 彼女が何も言わないのは私の言葉を是としたのだと解釈し、茶会の話を後にしたのでした。



 ◆



「妃殿下がお倒れになられた」

「まあ……何があったのですか」

「毒を盛られたようだ」


 領地に滞在して半年ほど経った後、王都から知らされた報はやはりと思わざるを得ない内容でした。




 私に縁を切られた彼女は、態度が改まることなく、あれからそれまで以上に荒れた生活を送っていたようです。


 夫であるマクシミリアン殿下にも訴えたようですが、後継者と決まってもいない一介の王子が国の重鎮である辺境伯と事を構えるわけにもいきません。そんなことをすれば、他の王子を推す一派に攻撃材料を与えるだけですからね。


 私が離れたことで、まだ僅かに残っていた私経由で交友関係のあった方も次々と離れた結果、彼女が身近に置いたのは、身分の低い令嬢たちばかり。それくらい彼女に仕えたいと願う者がいなくなったということです。




 しかし、その選択が彼女の運命を決定付けました。


 新たに仕えた者の中には、シャルロッテ様のせいで身を貶すことになった、かつての高位貴族の令嬢が名を変えて何人か紛れ込んでおり、恨みに思う彼女たちが連携して食事に毒を仕込むことに成功しました。


 それによって、彼女は10日以上も生死を彷徨った末、命だけは取り留めたものの、子の産めぬ体になってしまったらしい。


 公言する者はおりませんが、彼女たちが潜り込めたのは、おそらく王宮の中にもシャルロッテ様に恨みを抱く内通者がいたからだというのは確実。そうでなければ毒を盛られたとて、いきなりそこまで重篤化するとは思えません。


 まあ……シャルロッテ様が毒に対するお勉強を怠っていたのも一因ですけどね……


 ただ正妃との子が成せないのは、マクシミリアン殿下にとって大きな痛手です。そもそも妃の器でない彼女を正妃としたことに疑問の声が多い殿下が、今更後室を娶ったところで挽回できるものではなく、後継者争いから脱落することとなりましたのは、なるべくしてなったとしか申せませんね。


「今回の不祥事を受けて、マクシミリアン殿下は後継者候補から外されるそうで、僅かばかりの領地を与えられて逼塞だとさ」

「シャルロッテ様は?」

「共に領地へ向かわれるらしいが、おそらくは屋敷かどこかに半ば幽閉だろうな」


 ジョルジュ様があまり興味無さそうに2人の行く末をお話しになります。それはそうでしょう。私たちにとって大事なのはそこではありませんから。




「そこで、だ。近々の山のように書状が届くことになるであろう」

「第二王子を推す一派と第三王子を推す一派の両方から、ですね」

「そのとおりだ」


 私がシャルロッテ様と距離を置いたという事実を、多くの貴族は縁切りだと解釈しました。


 それは引いては、辺境伯家が第一王子と距離を置いたと言うことにほかならず、今の私たちは後継者争いに関して中立という立場。第二王子派も第三王子派も自派に取り込みたい思惑が働くと思われます。




「おそらくは他の家にも同様に誘いが来ておるはず。それらの家との連絡、君にも頼みたい」

「かしこまりました」


 ジョルジュ様が私に頼む理由。それはシャルロッテ様に友人の紹介をと頼まれた際、私が声をかけ、それ以来の繋がりを私が介したものだから。


 当時の私は諜報を特技とする伯爵家の令嬢。その情報収集力は他家にとって侮れぬものでした。


 それに加えて婚約者であったジョルジュ様の家と連名で、殿下の婚約者候補だった方たちには身を引いていただくようお願いし、シャルロッテ様に懸想したことで蔑ろにされていた側近の婚約者たちには新たなご縁を紹介するなどの裏工作をしていました。


 もちろん詳しい事情は伏せたままでしたが、あのような女が王子妃となったところで国が立ち行くはずがない。だから今はじっと耐え、来るべき嵐に備えるべしと説いたのです。




 最初は訝しがられました。しかし、その後殿下とシャルロッテ様の仲が急速に進展する様と、それを阻止しようとした敵対派閥の令嬢が次々に没落するのを目の当たりにして、聡い皆様は私の言わんとしていること、そしてやろうとしていることをご理解くださったのです。


 そして、一旦は皆様でシャルロッテ様のお側に仕えるという過程を経ながら、彼女の勘気に触れることで1人、また1人と彼女の元を去り、私が離反した今では当家を中心とした中立派閥として、3人の王子の誰にも与さないが、隠然たる力を持つ貴族連合となっていたのです。


 そうなったのもひとえにシャルロッテ様のおかげ。あのとき、私が声をかけなかった政敵一派のご令嬢達が次々に自滅した結果、彼女たちの生家は衰え、相対的に我が勢力の力が強くなったのです。その力は第二王子も第三王子も自身の権力を固めるために是が非でも欲しいところでしょう。




「しかし、ここがそのゲームとやらの世界とはな。未だに信じられん」

「私とて今も半信半疑です」

「だが、その話ではシャルロッテ様が王妃として幸せに暮らしたのであろう? そのまま王妃に就いてもらってもよかったのではないか?」

「彼女は選択を誤ったのです」


 彼女はこの世界の主人公()()()のかもしれない。男爵令嬢が並み居るライバルを押しのけて王子妃となったのだから、それは間違いではないのでしょう。


 ……でも、それで終わりになるわけありません。




 彼女はエンディングのその後を、幸せに暮らしたとしか聞いていなかった。でもそれは、彼女が()()()()成長した末に導かれるものだったのではと推測します。


 たしかに彼女は殿下の寵愛を受ける方法は知っていた。それによって結婚するまでの最短ルートを。


 でも、結婚したところで人生という物語が終わるわけではない。むしろそこからが、1人の人間として、為政者としてのスタートラインです。




 ゲームの中で、仲良くなる過程で私が彼女に様々な課題を与えたと言っておりました。そしてそれは、彼女が貴族令嬢として、王子妃として相応しい人物になるための試練だったのではないかと、今になって思うのです。


 推測でしかありませんが、彼女はそれを解決するのがとても面倒でやらなくて助かったと言っていたので、おそらくは王子妃教育やマナー教育に似た何かだったのでしょう。ゲームの中で私が友人のご令嬢を彼女に紹介したのも、彼女がそれを乗り越えて地位に見合う気品と教養を身に着けたからこそではないかと考えれば、行動の裏付けとしては納得できますからね。 




 しかし、彼女はそれを忌避した。にもかかわらず、王子妃になって以降のために私の人脈だけは必要だと、美味しいとこ取りだけしようとした。


 私がこれと認めて紹介したのであれば、皆様も納得の上で彼女にお仕えしたかもしれません。しかし現実はそうではなかった。成長のための努力を怠った反動が今に至っているのだと思います。


 ……まあ、後ろ盾になっていた私がいなくなったので、遅かれ早かれと予感していましたが、1年も持たなかったか、とは思います。




「彼女にはチャンスを与えておりました。王子妃になって以降、苦言を呈する者の言葉を素直に受け入れ、自身を見つめなおしたのであれば、また違った未来、それこそ彼女が言っていたハッピーエンドに進んだのかもしれませんが」

「そうなれば王子妃の一番の友人である君にとって最良の結果になったであろう」

「そうですわね。そういう未来もあるかと保険をかけておいたのですが、やはり無駄だったようです」


 そう、以前の私の立場は、彼女が真っ当な成長を遂げ王太子妃となった場合には、その親友という最も有利なポジションを確保しておりました。


 ただでさえ男爵家からお妃になるのだから、並大抵の努力でなければ務まらぬ地位。本人にその覚悟があれば支えても問題ないと思っておりましたが、予想通りいつまでも成長しない彼女に対する風当たりは日に日に強くなり、もうこれは見込みがないと見限ったわけです。


 そうなれば王太子争いは弟王子2人を巻き込んだものになる。そのときに誰に与しても不利益とならないようにと計画しました。


 もっとも、そうなる可能性のほうがはるかに高かったので、力の入れ具合としては後者のほうが圧倒的に注力しておりましたけどね。




「このままいけば、どちらに付いても損はしない算段だな」

「左様ですわ。恨みを買わない程度に高く売りつけるのは旦那様にお任せいたします」

「それは大役だな」


 旦那様は困ったなという顔をしておりますが、眼だけは活気に満ち溢れております。権力を強化する千載一遇の機会と捉えておいでのようで、他勢力との交渉はお任せして大丈夫なようです。




 ……ねえ、シャルロッテ様。これが貴女の言っていたハッピーエンドなのかしら?


 今の貴女に会えば、友達だと思っていたのに! と喚かれそうね。


 たしかに表向きは友人関係だったかもしれません。


 でもね、義務も果たさず、初対面でいきなり他人の持ち合わせている利権だけを望む者がはたして友人なんですかね? 


 自分のためを思って苦言を呈した人間を切り捨てるのが友人なんですかね? 


 そもそも、貴女は私と会話するまで私の名前すら知らなかったのにね。


 ゲームでは名前が無かった? だからと言って本当に名無しのわけがないことくらい分からなかったのかしら。


 貴女がそれでも友人なんだからと仰るなら、私が自分の利益のために貴女を利用したことを責められる筋合いはありませんよ。


 だって、私の物語はこれからが大事なの。貴女にとってあそこが終章だったのかもしれませんが、私にとってはこれから先の未来のための序章(プロローグ)にしかすぎなかったのですから……




 ……あれ? でもそういえば私、誰にも名前を呼ばれてませんでしたね!?

お読みいただきありがとうございました。

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[一言] 面白かったです!
[一言] 中身が違うのですから、そうなりますよね。
[一言] 高望みしすぎだわね。 不相応の願いなら何とかなったのに。 自業自得W
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