竜の息吹3
雛を守る横で、精霊たちにもう少しお願いをして遠視を使わせてもらう。
アロイスたちはどうだろう? ちゃんと追いかけてきてくれてる?
大陸の方の様子を視てみれば、潮竜を筆頭に、翼竜の群れがいる。よくよく見れば、翼竜の隙間に火竜もいて、それがベランジェを乗せたベルだってことに気がついた。
アロイスはどこだろうと視線を巡らせると、潮竜の長老の背中に乗って、先頭をきっていた。アロイスの追いかける先には、私が残してきた、白桃色の鱗が風を滑るように浮いている。
良かった、ちゃんと追いかけてきてくれているみたい。
後はどうやってこの船を止めるかだけど……。
この船の周囲にも、トゥーサンが調教しただろう竜たちが何匹もいる。
数としては騎士たちが有利でも、あの竜笛をどうにかしないと、また返り討ちにされちゃう。
あの竜笛をひったくれれば、一番いいんだけど。
精霊さんにダメ元で頼んでみるも、どれかわからない、むーりー、とのお返事。
誰が持ってるかとかも分からないしね。一人ずつ見張ってひったくっていく? 塵も積もれば山となる作戦で!
そんなことを真面目に考えていると、ふと私の本体の方で気配が動く。
遠視をやめて、重たい身体を無理やり起こせば、ゲイルが私の檻に近づいていた。
「……なに?」
「チッ」
舌打ち。カッチンってきた!
「ちょっと! 舌打ちってなにさ! 態度悪くない!?」
「うるせぇ。黙れ」
言い捨てて、離れていくゲイル。
この人、私の檻に近づいて何する気だったのさ。
これはしばらく、ここから視線を外すわけにもいかないか。
私はゲイルを見張りつつ、たまに遠視をするのを繰り返す。
アロイスたちが進む分、船も進むから、なかなか距離が縮まらない。
じれじれとアロイスたちの到着を待っていると、やがて夜になる。見張りたちも交代で仮眠を取り出して、手薄になってきた。
アロイスたちは夜通し竜に乗り、船を追う。
夜に航海する船は風向きの都合もあり、進みが遅くなったおかげで、朝方にはもう船の姿が見える位置まで来てくれた。
もう少し。
もう少しだよ。
本当は、ちょっとどころか、私もだいぶつらい。
眼の前にいる雛へとはっている風の結界に、繰り返す遠視、それからアロイスたちを導く鱗。
精霊に持っていかれる竜気が、過去一番の大盤振る舞いだ。
それでも私は遠視をやめない。
アロイスたちがどう動くのか、どうサポートするべきかを、考える。
そのうち、水平線の向こうに太陽が昇り始める。
アロイスたちはさらに距離を縮めてくる。
そしてとうとう、見張りが気づく距離まで来てしまって。
「総員、迎撃準備! 竜騎士が来たぞ!!」
船の中がざわつく。
壁に背中を預け、私を見張りながらまどろみの淵にいたらしいゲイルも、パチリと目を覚ます。それと同時に、トゥーサンが私の檻のもとまでやってきて。
「大陸からは距離を取りました。大陸に残してきた別働隊は、陸路で陽動する手筈になっていました。それがなぜ、竜騎士がもう追いついてきたんです!? あなた、何かしましたね……!」
息巻くトゥーサンに、これは彼の想定外だったことだと理解する。
ふふん、ざまぁなんだよ!
「私、ここにずっといたじゃん。何言ってるの」
「白々しい! そう言いながら、裏で何かしら合図をしていたのでしょう……! ゲイル、アレを用意なさい! 竜騎士を迎撃するのです!」
ゲイルがだるそうに立ち上がる。アレってなんだろう? 竜笛以上の秘密兵器があるの?
「竜は笛でどうともできますが、あの数の騎士が船に乗り込んできたら厄介です。近づく前に仕留めなさい。こちらの竜たちは、巻きこまれないように引かせなさい」
巻きこむ?
一体何をするつもり?
トゥーサンが私を一瞥すると、ゲイルを連れて檻のあるこの部屋を出ていってしまう。
取り残されたのは、火竜の雛と、私だけ。
私は遠視を使って、トゥーサンたちを追いかける。
彼らはある船室の一つまで行って、何やら他の人たちにも指示を出している。そこからゴロゴロと大きな荷物を甲板に運び出して――包みをはがしたそれに、私は思わず、遠視の焦点がブレる。
自分の視界を取り戻した私は、唖然とした。
『大砲……!? なんであんなものがあるの!?』
アロイスたちが危ない!
早く知らせないと……!
でも、私の意識をアロイスに届けてもらうように、精霊さんたちにお願いしようとしたら、精霊さんたちからストップがかかる。
なんで!?
――あぶない。
――やりすぎ。
――死んじゃうよ?
死んじゃう? 死んじゃうって、誰が? 今死にそうなのはアロイスなんだよ!?
――おなかいっぱい。
――ねてないでしょ。
――なくなっちゃうよ?
警告してくる精霊たち。
それでも私はゴリ押した。
『お願い! 私をアロイスのもとに連れて行って!』
――しょうがない。
――しょうがない。
――死なないでよ?
精霊たちの不穏な言葉。
私の鱗を一枚剥ぐと、またごっそりと竜気が削がれる気配。
つらい。
苦しい。
けど。
鱗に意識を乗せて、私はアロイスの元へ飛ぶ。
檻の隙間、扉の隙間、悪党たちの隙間を縫って、大海原へと飛び出す。
大砲はセッティング中。今なら間に合う!
まっすぐにアロイスの元へ飛んで、アロイスの目の前で人型に変化!
「アロイス!」
「うわっ! エミ!?」
「散って! あいつらもアロイスたちに気がついた! 大砲が飛んでくる!」
「たいほう?」
いまいち伝わらなかったアロイスに、焦れる。
大砲がやっぱり伝わらない! この世界じゃ、まだ主流じゃないんだ……!
「大砲! 大きい鉛を船からふっ飛ばすの! すごく飛ぶから、射程距離に入った途端、狙われる!」
「そんな武器を持ってるのかい!?」
アロイスが目を丸くする。
私の声を聞いたらしい、すぐそばにいたヴィヴィアンが顔をしかめていて。
「お相手さん、なかなか厳重装備なようだね。どこからその資金を持ってきているのやら」
「シュミットだろうな。今、軍事的に一番覇権を持ってるのはあそこだ。知らねぇ武器があってもおかしくはない」
プロスペールの言葉の通り、あの船はシュミットの船だ。あんな武器持ってるなんて、やっぱりシュミットは怖い国なんだ……!
そうこうしているうちに、船への距離は更に縮む。
今までのペースじゃ追いつくまでにもう少し時間がかかると思ったのに、なんで……?
遠視をした。ずきずきと頭が痛む感覚。いよいよ、竜気の使いすぎだと、精霊たちが言い出してる。
でもやめない。
そうしてのぞき込んだ船は、大砲の焦点をアロイスたちに定めていて。
気づいた。
船が、止まっていることに。
大砲に、火が入る。
「待ち伏せされた! 射程距離内! みんな離れ……――違う! 寄って!」
こうなったら正面突破!
精霊さん、頼んだ!
『砲弾を弾き返して!』
ぐっと風の結界がはられる。
風の結界にぶつかった砲弾は、アロイスたちの随分手前で海へと墜落する。
うん、今のうち……!
「アロイス、今のうちに進んで。船に乗ったら、制圧して。竜たちは笛の音が聞こえないように、制圧が終わるまでは離れるように指示をするから大丈夫。海の中でも、雲の上でもいい。それから、ええと……」
「エミ? エミ、どうしたんだい?」
「ん、くぅ……大丈夫、だよ」
へらりと笑ってみる。
大丈夫、大丈夫だよ、アロイス。
ちょっと竜気を使いすぎて、疲れてるだけだから。
まだ、頑張れるよ。




