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竜騎士の溺愛 〜竜に転生した私の愛されすくすく成長記〜  作者: 采火
竜騎士編

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シーサーペントの棲家4(side.アロイス)

 プロスペールとヴィヴィアンの口論が激しくなる前に、二人の班の騎士たちがそれぞれ二人をなだめた。

 その隙間をぬって、一応ウスターシュ班長の指揮下なのでと自分たちの所属を改めて伝えたアロイスは、これからさっそく聞き込みに出ると彼らに告げて、その場を離れた。

 野生のシーサーペントを刺激しないように、アロイスはルイズの背に乗って川岸をゆっくりと上流に向けて進んでいく。

 何か異変はないかと周囲に気を配るアロイスとは対象的に、ルイズはといえばご機嫌に喉をるるると鳴らしている。


「ルイズはご機嫌だなぁ。シーサーペントに会えたのが、そんなに楽しかったのかい?」


 ご機嫌な理由を知りたくて、アロイスがルイズに聞いてみれば、彼女はふんふんと鼻を鳴らしてその理由を教えてくれた。


「だってね! ヴィヴィアンとね、プロスペールね! あれなんだよ! ケンカップル!!」

「ケンカップル?」


 聞き慣れない言葉にアロイスが眉を寄せれば、ルイズはちょっと得意げに鼻を天へと向けてアロイスに主張した。


「喧嘩するほど仲がいい! ついつい素直になれなくて喧嘩しちゃうけど、でも本当はお互いに好きでお付き合いしたいんだよ!」

「えぇ……? あの二人が?」

「そうなの! ヴィーとペィルが教えてくれたの! 他のシーサーペントたちも、みーんなやきもきしてるって!」


 ヴィーはヴィヴィアンのシーサーペントだ。その後に知らない名前が出てくる。前後の文脈的に、シーサーペントの一匹だろう。おそらく名前から、プロスペールの竜かもしれない。

 ちょっと意外な形ではあったものの、ルイズは自前の社交性であっという間にシーサーペントたちと仲間意識を共有してしまったらしい。ルイズのその天真爛漫な明るさにみんな惹かれていくから、アロイスは相棒として嬉しくもあり、それでも心の片隅ではルイズがいつか自分を顧みなくなる日がくるのではないかという不安も、少しだけ募った。


「? アロイスー? どうしたの?」

「いいや、なんでも。ルイズが楽しそうだなって」

「うん、楽しいよ! あっ、でも任務のこと忘れたわけじゃないからね! ちゃんとお仕事するからね!」


 黙ってしまったアロイスに、ルイズが慌てて言い訳じみたことを言い始めた。その様子に、怒られそうな気配を察知したのかもしれない。実際アロイスは叱るつもりではなかったけれど、ちょっとした注意はするつもりだったので、事前に気づいたルイズが自分から改められるなら上々だ。

 真面目な顔を作ってキリッと歩き出したルイズ。

 岩肌のゴツゴツとした川岸を登り、道中空から見た、シーサーペントの群れがいた位置まで移動していく。

 まっすぐに進んでいけば、当然のようにシーサーペントの群れらしきものを視認できる距離にまで近づいた。

 かなり遠いけれど、ぼんやりと白いものが見える。


「アロイス、一回止まろう。ここから呼びかけてみる」

「聞こえるのかい?」

「精霊さんにお願いして、届かせる。うっかり近づいて、アロイスに攻撃されたら、温厚な私でもさすがに怒る」


 ルイズもルイズなりに考えているようで、アロイスの口元がゆるんだ。彼女がアロイスのことで一喜一憂するさまを思い描くと、心の中が何かで満たされる気がして。

 アロイスが色んな思いを含めながら、ルイズに了承の合図を送ると、ルイズが空に向けて控えめに咆哮をあげた。


『ぐ、る、る―――』


 耳をつんざくような音ではなく、まるで優しい波紋のように広がっていく、丸みを帯びた声。攻撃の意図はない、優しい鳴き声が周囲に響いていく。

 しばらくすると、ルイズが背中にいるアロイスを振り返る。


「来るな、って言われちゃった」

「マジか」

「でもその代わり、一匹、話を聞きにこっちに来てくれるって……あ、あれ!」


 ルイズが何かに引っ張られるようにして視線を川の方へと向ける。深く急な流れの川。じっと見ていれば、突然その川から、大きく白いものが飛沫をあげて飛び出てきた。


「うわっ! ……シーサーペント?」

『しゅるるる、るる、しゅー』

「何しに来た、これ以上我らは海には行かぬぞ。海に行った仲間がお前たちに攫われていくのをみすみす見ていただけだと思うな、だって。……アロイス、なんか、ちょっとこれ、ヤバいんじゃない?」

「……そうだね。もう少し、詳しく話を聞いてくれないかい?」


 通訳してくれたルイズの言葉に、アロイスも表情を引きしめる。

 どうやらこのシーサーペントの大移動は自然的なものではなく、人為的なものでありそうだ。そうなると、ウスターシュが見つけたという野営地後ももっと入念に捜査しないといけなくなる。

 アロイスはルイズの背中から降りると、彼女の隣に立って、かなり大きなシーサーペントと対峙した。


「お前たちが時折卵を盗んでいくのは知っている。だがとうとう我らまで捕まえようとはどういう了見だ。……卵泥棒かぁ」

『しゅー、るる、しゅるる』

『る、るるる、る』


 ルイズがシーサーペントの言葉を通訳しながら、ちょっとだけ傷ついたような顔になる。アロイスは口が挟めなかった。シーサーペントの主張していることは正しくて、どんなに人間が伝説だ、英雄だともてはやしても、竜からしてみればそんなこと関係ないってことは知っていた。それを覚悟で、竜騎士になるのだから。


「アロイス、ごめん、脱線した。要約すると、笛の音が嫌で逃げてきたんだって。だけど海の方へ出ると、人間の船に追われて捕まるんだって。なんとか逃げ出してきた竜とそれを見ていた竜がいるみたいで、だから今は耐えてるみたいなんだけど……音があんまり酷いと、若い竜は気絶しちゃうから、群れから離れていると捕まっちゃうって」

「笛で気絶って、まさか……!」


 ルイズの通訳で、アロイスは目を見開く。

 ルイズも同じことを思ったようで、こっくりと頷いた。


「竜騎士の試練の時の笛だと思う。あれって結局どうなったの?」

「……引き続き調査はしているけど、出処までははっきり分かっていなかったはずだ。確か実行犯も、指示した受験生も、人から貰ったとしか主張してなくて」

「きな臭くなってきたねぇ」


 ルイズの表情が曇る。

 言葉がなくなったアロイスとルイズに代わって、シーサーペントが何かを主張した。


『しゅーる、しゅしゅるー』

『ぐるる、るるるー、ぐるー』


 竜の言葉。

 竜にしかわからない言葉。

 シーサーペントが何かを言い、ルイズが何かを言い返す。

 ルイズの表情は真剣そのもので、アロイスはじっと二匹の対話が終わるのを待った。

 やがて、シーサーペントが川へと帰っていく。

 静かに水しぶきを上げてするりと川へと潜ったシーサーペントは、そのまま急流の勢いに逆らうように川を登っていった。それを見送ったアロイスが隣のルイズに視線を向ければ、ルイズはぐったりと疲れたように地面に臥せっていて。


「ルイズ? 大丈夫かい?」

「ふぇえええ、緊張したよぉ〜! なにあれなにあれ! 怖かったんだけどアロイス! 長老だって! あのシーサーペント、群れの翁って言ってたよ! 一番長生きなんだって! そんな竜が私のことなんて言ったと思う!?」

「何か言われたのかい?」

「“竜王の雛”だってさ! 本当は人間全員見つけたら攻撃してやりたかったのに、竜王が人のもとで育つのも何かの縁だから見逃さざるを得ないってさ!」

「竜王の雛?」


 聞いたことのないその言葉に聞き返せば、ルイズは地面に伏せながら頭を抱えてしまった。びったんびったんと尻尾が地面を叩いている。


「私みたいな希少種のことだって。色が違う、特別な竜のこと。でも色が違うだけで、そんな、大袈裟だよぅ……」

「もしかしてルイズって、竜の中で偉い立場……?」


 竜は知的生命体だ。

 ルイズと話すことができるようになってよく分かるけれど、独自の言語形態を持ち、意思疎通が可能。人が育てる竜がそうなるわけではなく、野生の竜もそうであるならば、もしかしたら人間の中にある伝説の類いと同じように、野生の竜に伝わる伝説というものがあってもおかしくはない。

 アロイスが漠然とルイズを見つめていれば、ルイズがぷるぷると頭を振って、前足の隙間からちらりとアロイスを見上げた。


「ルイズはアロイスの竜だよ。ずっとアロイスと一緒にいるんだから、捨てちゃヤダよ?」

「……捨てるなんて、しないよ。むしろ僕の方が不甲斐なくて捨てられそうだ」

「そんなことないし! アロイスはルイズの大切な……っ!」


 ルイズが何かを言おうとして、言葉を止める。それからそわそわと落ち着かなそうに尻尾を揺らして、翼をパタつかせて。


「アロイスはルイズの大切な相棒だもの!」

「……ふはっ、そうだね。ルイズは僕の大切な相棒だ」


 恥ずかしそうに教えてくれたルイズを見れば、照れてるあまりにまた前足で顔を隠してしまった。そんな人間らしい仕草をする竜の女の子に、アロイスは自然と笑みがこぼれてきて。


「さぁ、相棒。今聞いたこと、先輩たちに教えないと。忙しくなるぞ」

「そうだね! 急いで教えてあげなきゃ!」


 乗って、乗って、とルイズが背中に乗りやすいように翼を降ろしてくれたので、アロイスは遠慮なく騎乗した。

 ルイズはそっと立ち上がると、ばさりと翼を動かす。


「行くよ」

「了解」


 ルイズの声とともに、ふっと身体を襲う無重力感。

 アロイスはルイズの背中に乗って、空を飛ぶ。

 その空の上で、アロイスは。

 さっきルイズが言おうとした言葉の続きに、相棒じゃない言葉を期待してしまったことを、胸の奥にしまい込んだ。



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