シーサーペントの棲家2
竜の渓谷のうち、潮竜の棲む場所というのは、私が初任務で行った火竜の多い火山地帯とは全然雰囲気が違った。
まさに渓谷。とげとげしい岩場と、急な流れの川。うんと山奥にある谷川だ。鮎とかも泳げない感じの急流だ!
アロイスと一緒に空を飛んで、竜の渓谷までくると、当然のように野生の竜も空を飛んでいる。何しに来たんだてめぇって感じの胡乱な目つきで見られてしまった。ごめんね! お邪魔するよーう!
そんな感じで竜騎士たちが拠点にしているところにまで飛んでいけば、川から少し離れたところに翼竜の群れが固まっているのを見つけた。
「お待たせしました。五班のアロイスです。合流します」
「おー、アロイス、待っていたぞ!」
拠点になってる野営地に着地すれば、ウスターシュが真っ先に駆け寄ってきた。ここの任務に来てたの、ウスターシュの班だったんだね!
私から降りたアロイスは、早速ウスターシュに現状を聞いていた。どこまで調査していて、自分たちは何をするために呼ばれたのかを再確認していく。
「シーサーペントはやっぱり河口のほうに降りてきてたぜ。その原因の調査を進めてたわけだが、実はな。川の上流近くで、野営の跡が見つかった」
「野営の? 竜騎士か試練の受験生のものじゃないんですか?」
「それにしては野営人数の痕跡が多いし、煙草の吸殻も落ちていた。嗜好品の類を試験に持ち込む馬鹿はいねぇだろ」
ウスターシュの言う通り。確かにそんなものが落ちていれば、竜騎士や受験生のものだっていえないよね。
ウスターシュが私の背中にくくりつけていた野営用の物資を取り外し始めたものだから、アロイスも慌ててそれを手伝う。うーん、あー、やっと肩の荷が下りたよ! 文字通り!
「それで、上流から念入りに捜索を続けてたんだが……野生のシーサーペントだけではなく、ワイバーンの警戒心も高くて、なかなか思うように進まないのが現状だ」
「警戒されてるんですか」
「そうだ。竜騎士の試練のときにはそれほど気にしていなかったはずの竜が、俺たちを警戒している。地竜部隊の一人が、シーサーペントのテリトリーに入った瞬間攻撃された」
「っ、大丈夫だったんですか?」
「幸い、大事には至ってない。判断が良かったようで、すぐに竜に指示を出してテリトリーから離脱させたからな。だが、そういうこともあって、なかなか調査が進まない」
何かが起こって、だからこそ竜たちが警戒心をむき出しにしているのは分かっているのにな……と、ウスターシュがため息をついた。
すっかり私の背中から取り払われた物資は、ウスターシュの班の騎士たちに回収されていった。その背中を眺めていたら、ウスターシュが「そこでだ」と大きく声を上げた。
私がつられてウスターシュを見ると、彼は私の方を見てにんまりと悪戯が成功した子供のように笑顔を浮かべつつ。
「ルイズに聞き込みをしてもらいてぇ。なんでシーサーペントやワイバーンたちが俺たちを警戒するのか。ついでに俺たちが敵じゃないってことを伝えてくれ!」
あ、さっそく私の出番なんだね!
アロイスの方を見れば、凛々しい表情で頷いていて。
「分かりました。ルイズ」
「うん、任された!」
朝も早いうちから飛んできたからね。日はまだまだ沈む気配を見せやしない。ならお仕事しましょうってことで!
「着いたばかりなのにごめんな。一応、本格的に任務に入る前に、地竜部隊の班にも顔を出しておいてくれるか?」
「分かりました。それじゃあ、行ってきます」
来たばかりだけど、アロイスはもう一度私の背中に乗り込んだ。私はしっかりとアロイスが体勢を整えたのを見計らってゆっくりと立ち上がる。
アロイスが笛に呼気を吹き込んで、私へと飛翔の合図を出す。
さぁ、まずは地竜部隊の人たちを探そうか!
ウスターシュの話だと、地竜部隊のシーサーペント班の人たちは、川の河口の方にいるそう。中流から下流の方に野生の潮竜が集まっていて、川を登ろうにも警戒されてしまうからだそう。
潮竜の鱗は常に湿っている。いつも水の中を泳いでいるわけじゃないらしいけど、乾燥しすぎると、肌が割れて血が出ることもあるんだって。
地竜っていうよりは、もはや水の生き物……って思ったんだけど、泳ぎが上手くて湿ってるだけで、分類上は地竜なのだとか。うーん、竜の世界って奥が深い!
アロイスの指示で空を飛ぶ。下を見下ろせば、川のあたりに白いものが密集しているのが見えた。
「アロイス、あれは?」
「シーサーペントの群れだ。すごく密集しているね」
おしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅう詰めになってない? 川の流れが堰き止められていないか不安になるくらいの密集具合なんだけど。
「後で向こうの班に報告しよう」
「はーい!」
アロイスに返事をして、真っ直ぐに飛ぶ。
しばらく飛べば、あっという間に河口が見えてきて。
潮の香り。河口の向こうには、大海原が広がっていて。
私は今世、初めて見る海の綺麗さに、胸が躍った。
「すごい! 綺麗! アロイス、海、海だよ!」
「うわ、ちょ、落ち着いて! 揺れる!!」
興奮のあまりに飛行が乱れてしまって、アロイスに怒られてしまった。
いやでも海! 海なんだよぅ!
「青いね! 青いよ、アロイス!」
「海だからね。……そういえばルイズ、海見たことなかったっけ」
「ないよ! そりゃ、竜の渓谷来たときに、遠目であの辺り海かなぁ〜、くらいには見たけど! 潮の香りがするところまでは来なかった!」
「……潮の香り、分かるんだ」
アロイスの声がほんの少しだけ落ち込んだものになる。え? なんで?
「アロイス? どうしたの?」
「いいや、なんにも。良かったな、海が見れて」
「うん! ねぇねぇ、任務が終わったら、ちょっと海で遊びたい!」
「海で?? えっ? ルイズが??」
「泳いでみたい!」
だって成竜になってからというもの、お風呂は愚か、水浴びなんてしてないしさぁ!
「ローズドラゴンって、レッドドラゴンの亜種だよな……? 泳げるのか……? え、でもルイズだし……?」
なんだか困惑してぶつぶつぼやきだすアロイス。その声が小さすぎてよく聞こえなかったけど、私が泳げるのかどうか疑ってる感じ??
竜じゃ泳いだことないけど、前世ではバッチシ泳げたからね! 二十五メートルどころか、五十メートルだって余裕だし、クイックターンもお手のものだったよ!
前世のことを思い出したら、ますます泳ぎたくなってきてしまった。実は前世でも、プールや川は行っても、海で泳いだことなかったんだよね。海で泳ぐってどんな感じなのかなぁ?
「ルイズ、騎士団に戻るまでは任務だから。海はまた今度来よう」
「はぁい」
残念、アロイスからストップがかかってしまった。仕方ないよね、お仕事だもんね。
私はふるふる頭を振って、気持ちを切り替える。
お仕事、大事!
そうして海から視線を外して、改めて河口のあたりを見てみれば、そこにもまた、まばらだけど白い生き物がいるのが見えた。




