竜の病は気から2
セザールと示し合わせた私は、お医者さんがやってくるという日がくると、時間を見計らって自分の柵がある竜舎をこっそり抜け出した。
もちろん、魔法を使って人の姿でね!
しばらくぶりの人の姿。御前試合のときのように省エネモードでの出力なので、数時間くらいなら大丈夫なはず!
せっかくなので、前にアロイスから買ってもらった菫の花飾りがついている麦わら帽子を、寝藁の底から引っ張り出してきた。たまにアロイスが寝藁を総替えするから、ああいうときは隠すところに困るんだよねぇ。
お気に入りの帽子をかぶって、人目を盗んで火竜の竜舎を出た私は、翼竜のいる竜舎へと向かう。
ひょっこり建物の影から顔を出せば、予定通り竜舎の入り口で、セザールがお医者さんらしき白衣の男の人と並んでいた。
「セザール、お待たせー!」
「……ルイズ、か?」
「んっふっふっ、そうだよー! でもこの姿の時は笑海って呼んで!」
手を振りながら近寄っていけば、セザールが心底信じられないような表情で私を見た。帽子を取れば、白桃色の髪がふんわりと風にさらわれていく。
にっこり笑顔でセザールの前にまで来ると、白衣の男の人が私を見下ろした。
「セザール、この子が竜と話ができるという子か?」
「そうだ。ルイ……じゃないな。エミというそうだ。エミ、こちらは竜専門医のモーリスだ」
セザールが私を白衣の人に紹介して、私にも白衣の人を紹介してくれる。
「よろしくね、モーリスさん!」
「ああ、よろしく」
モーリスは胡乱げに私のことを見てから、表情をとりつくろうように、作った笑顔をはりつけた。うん、私が竜の言葉が分かるってのを信じてないんだろうね!
「じゃあさっそくだが、診察を始めよう。セザール、貴方もそんなには訓練を抜けていられないだろうからな」
「すまない……エミも頼む」
「もちろんだよ!」
モーリスの音頭で、私たちは翼竜の竜舎へと足を踏み入れた。
翼竜の竜舎は、火竜の竜舎よりも風通しが良かった。窓が多くて、密閉感があんまりない。
その竜舎の柵のうちの一つに、シザーはいた。
緑青色の鱗に角ばった翼膜。琥珀色の瞳は疲れたように伏せられていて、いつも訓練場で私たちを先導していくような覇気はない。
なんだか、胸の奥がざわざわした。
古い、古い記憶で、似たような感情を持ったことがある気がする。
なんだろうかと記憶の蓋を開けてみれば、前世の記憶。
これはそう、中学の時に死んでしまったお祖父ちゃんのお見舞いのために、病院に行ったときの、あの感情に似ているかも。
「シザー。起きてるか。医者を呼んできた。また、朝の食事を抜いただろう? 食べなくては、力も出ないぞ」
『セザールか……すまんな……せっかく用意してくれたのに……食えないのだ』
シザーがぐるると鳴いた。
その鳴き声に乗ってきた思念派は苦しそうで。
「セザール。シザー、ご飯食べれないって」
「本当か? なぜだ?」
『……娘? 私の言葉がわかるのか?』
シザーが私に気がついて、鎌首をもたげる。
それさえも億劫そうなシザー。私は柵に近づいた。
「こんにちは、シザー。私は笑海。セザールに頼まれて、通訳をしにきたの!」
『なんと……これはけったいな』
ケッタイって。
言葉通り、シザーは奇妙なものを見るかのように私を見てくる。何さ何さ! ルイズが人間の言葉をしゃべれるんだから、笑海が竜の言葉を理解したっていいじゃない!
「エミ。通訳を頼む。問診をする」
「はい!」
モーリスに頼まれて、私は元気よく返事した。
それから言われるまま、聞かれるまま、シザーの言葉を通訳していったんだけど……。
「食欲がないということだが、いつからだ」
『一年も前からだな……食うと腹の下あたりがごろごろして気持ちが悪くなる』
「ごろごろするのはどの辺りだ」
『ぐっ……そこだ』
モーリスがシザーのお腹をぐっぐっとマッサージするように押していくと、あるところでシザーが呻いた。
モーリスはそこを重点的に触診していくけれど、首をひねる。
「外傷のようなものはないから、内臓の中か? 厄介だな」
「厄介って?」
「人間と違って、触診にも限界がある。人間の腹なら、痛みの位置で臓器の特定ができるし、腫瘍があればしこりがある場合もある。だが竜相手だと、臓器の位置は分かっても、腫瘍ができてるのかどうかまでは分からない」
「え? 血液検査とか、胃カメラ的なものはないの?」
「ケツエキケンサ? イカメラ? 何だそれは」
おっと、この世界、どうやら医療が遅れているようです。
まさかまさかの事態に、私のほうが困ってしまう。
血液検査も胃カメラも知ってるけど、それをやって何がわかるかとかまではわかんないから、説明しがたい!
「何でもない! ねぇねぇ、今までもシザーみたいな症状の竜はいたんでしょう? 何かわからないの?」
「似たような症状を引き起こす原因はいくらでもある。腫瘍ができているのか、内臓が傷ついているのか、腹に石ができたのか……」
「石?」
お腹の中に石ができるの?
「竜胆石と言ってな。死んだ竜の腹から稀に出てくる石だ。魔除けの宝石として、王家に献上されることが多い」
「そーなんだ」
ちょっとあれみたい。人間で言う胆石症!
竜でもなるんだ、胆嚢が竜にもあるんだな〜とか思ってたら、くすくすと笑う気配がどこからか漂ってきて。
あ、これは精霊さんの気配。
ちょっとそっちに耳を澄ませば、聞き捨てならないことが聞こえてきた。
――竜胆石だって。宝石だって。
――魔除けだなんてすごいね。
――すごいよ、すごいよ? だって竜気の塊だもん。
――でも残念。あの翼竜もダメだね。
――竜気が詰まってて可哀想。
竜気? 竜気ってあの竜気?
私が今こうして人間の真似事をするために、精霊さんに対価として差し出してる、あの竜気?
『ちょっと待って、詳しく聞かせて!』
「エミ?」
「どうした」
セザールとモーリスに声をかけられるけど、それどころじゃないよ!
『セザールが弱っているのは、竜胆石ができてるから?』
――できちゃった、できちゃった、竜胆石。
――だってこの竜、私たちとお話できない。
――嵐を飛ぶのが取り柄なのに、晴れの日しか飛びやしない。
――竜気がどんどん溜まってく。
――いーっぱい溜まったら、ちょっと頂戴?
いやいや、溜まる前にほどほどなら持っていってあげて!
「セザール、モーリスさん! シザーの体調不良の原因分かったよ!」
こんなことなら最初から精霊さんに聞いてみれば良かった!
「シザーのお腹に竜胆石がある! 竜気が溜まりすぎちゃってるんだって!」
「なに?」
「竜……気?」
モーリスは私の顔を見て怪訝そうに眉をひそめるし、セザールも耳慣れない言葉のようで疑問符を頭に浮かべてる。
私はそんな二人に一生懸命、説明を試みた。
「えぇっと、竜気って分かる?」
「超常をも引き起こす竜の力だな。レッドドラゴンの火炎や、シーサーペントの水流を操る力などがその名残だと」
「その竜気がね、溜まっちゃうと竜胆石ができちゃうのは?」
「まさか」
目から鱗が落ちそうなくらいに目を見開くモーリス。
それから唸りながら腕を組んで深く考え始めて。
「そんな話は聞いたこともないが……そもそも竜胆石の生成についても謎に包まれていることが多い。古の記録では竜気を意のままに操る竜がいたそうだが……だが竜胆石の採掘量と比較できるか? だが竜気が腹にたまるなど、どういう仕組みで……」
おっと、これは……?
「セザール、モーリスさんが……」
「あぁ、放っておくしかない。医者のことは私にも分からない」
あー、そうくる??
でもセザールの言う通り、私の言ってることと医学的知見をちゃんと噛み合わせようとするその姿は、お医者さんそのもの。私たち素人が口出しするよりも、見守っている方が遥かに建設的だ。
やがてモーリスさんは納得のいく答えを見出したのか、顔を上げて、私とセザール、それからシザーを順に見渡した。
「竜胆石が溜まりすぎた竜気から精製されるものであれば、竜気を使うことで症状が緩和できるかもしれない。セザール、シザーに竜気を使わせることは可能か?」
「分からない。何しろ前例が……」
竜騎士たちは竜気を使うような訓練をしていない。そもそも竜気の目に見えた具現化が可能なのは火竜と潮竜くらいらしい。
でもでも、そんなセザールに朗報が!
「竜気のことなら任せて! 適任がいるじゃない!」
「エミ?」
セザールとモーリス、それからずっと臥せってたシザーまでもの視線が私に集まる。
私は胸を張って答えた。
「ルイズは竜気の使い方、とってもよく知ってるよ!」
なんせ竜気を使って人間になれるくらいなんですから!




