後輩ができたよ!3(side.アロイス)
しばらくするとジョルジュの卵が孵り、レッドドラゴンが生まれた。今期生の中でも一番早い孵化で、生まれた雌の竜にはルージュと名づけられた。
「ルイズとルージュって似てるよね! かわいい! かわいい!!」
「こらルイズ。あんまり騒がない」
「はぁい」
初めて後輩ができたルイズはルージュにメロメロだった。今まで「アロイス、アロイス」と言っていた彼女が二言目には「ルージュは?」と言ってそわそわしだすので、アロイスはジョルジュと顔を見合わせて笑う日々だ。
ジョルジュもあまりルージュだけを竜舎にいさせたくないようで、自分が竜舎に行けないときは、よくルージュをルイズに預けて面倒を見させているようだった。
そんなルイズはルージュに本を読んであげたり、歌を歌ってあげたり、細々と世話を焼いている。
そうして英才教育を施されたルージュはといえば。
「りゅいじゅ、ちゅき」
「んっふふふふふふふ」
「俺の名前より先にルイズの名前を呼んだ……」
「これが努力の賜物だよ! ほら、ルージュ、もう一回!」
「りゅいじゅ、ちゅーき」
「くそぅ……」
「あはは、してやられたな、ジョルジュ」
お世話をしている間に、ルイズはルージュに言葉を仕込んでいたようで、生後半年もしないうちにルージュがルイズの名前を言えるようになってしまった。それに悔しそうな顔をするのは、ルージュの育て親であるジョルジュだ。
「それにしてもルージュが言葉を覚えるなんてね。これ、赤ちゃんの時から言葉を覚えさせれば、他の竜もしゃべれるようになるのかな」
「どうだろう? 竜ってさぁ、歯並びと舌の形が人間と違うんだよねぇ。発音がかなり難しくてさぁ」
アロイスがルイズの名前を連呼するルージュを見ながら呟くと、ルイズがそれに言葉を返した。発音が難しいような話はルイズがそれなりにおしゃべりがうまくなった頃にも言っていたことを思い出して、アロイスは「そっか」と頷く。
「思念波の方はだいぶうまくなったから、他の竜とも交流できると思うよ。私じゃなくても、面倒見れると思う」
「竜慣れも人慣れもしているし、ちょっと早いけど、訓練の時間には外に出して、散歩とかさせてもいいのかもしれないな」
「ええ? 早くないですか?」
「ルイズっていう前例あるから、いいんじゃない?」
そのルイズはルージュに夢中でアロイスとジョルジュの話なんか聞いちゃいない。それでも白桃色の竜がせっせと葡萄酒色のちいさな竜にかまっているのは微笑ましいので、アロイスはそれを微笑んで眺めているだけだ。
ジョルジュはそれがルージュにとっていいことかどうか、一生懸命頭を悩ませている。ルージュの成長をどう判断するのかはジョルジュによるところが大きいので、アロイスは助言はしても、命ずるようなことはしなかった。
うんうん頭を悩ませているジョルジュは、何かを思い出したようにふとアロイスを見上げた。
「そういえば、先輩」
「ん?」
「竜騎士の試練の話、街にも広がってるみたいです。その、今年の受験生は不正者がいるって……」
「なんだって?」
ぴくりとアロイスの眉が動く。ぐっと声をひそめたアロイスに、ジョルジュもルイズたちに聞こえないように声をひそめた。
「自分も、馴染みの店に顔を出したらそう言われました。出処を聞いたら、竜騎士の候補生から除名された真犯人がどうも言いふらしてるみたいで……俺、何か悪いことをしてしまったんでしょうか」
思い詰めるようにぼやくジョルジュの瞳には不安の色が揺れていた。同期からもはみ出し者にされ、街でも疑われているこの状況下で、この生真面目な後輩は自分のせいだと思い始めているらしい。
アロイスはそんなジョルジュの背中を軽く叩くと、頭をくしゃりと撫でてやった。
「そんなことない。竜騎士はそんな簡単になれるようなものじゃない。ジョルジュが竜騎士に相応しい人間だっていうのは、同じ道を通ってきた僕らが証明できる。それに人を逆恨みするようなやつは竜の情操教育にも悪いから、どちみちなれなかったよ。卵を孵したところで、仔竜は死んでしまいかねないからさ」
一般的に竜は食物連鎖の頂点に立つと思われているからか、強者のイメージがある。野生の竜なども縄張り争いをすることが多く、気性が荒い個体が多いせいか、どうしてもそんなイメージが抜けない。
だけど本来、竜は愛情深い生き物だ。卵を温めておかないといけない彼らは排泄や食事の時以外は卵を外敵から守っている。生まれてからも、二、三年は飛べない仔竜のために、世話をし続ける。
昔、戦争のために竜を乱獲し、産めよ増やせよとしようとした時代があった。だけど人の手で育てた竜は番うことを知らず、また劣悪環境、人の殺伐とした感情に中てられ続けた仔竜もあっという間に衰弱死した記録が残っている。
だからこそ、竜は正義のために、一人ひとりが愛情をこめて育てるようになった。
「今期生の中に一人、まだ卵が孵っていない地竜騎士がいたね」
「はい」
「彼、君に嫌がらせしていた奴だろ?」
ジョルジュは黙ってしまった。
アロイス含め、飛竜部隊の全員、むしろ地竜部隊の年長者も皆知っている。
竜舎や先輩騎士の見ていないところで、ジョルジュが地竜騎士の一人から当たりが強いどころか、嫌がらせをされていることを。
ジョルジュが助けを呼ばないからこそ、何も言わないだけで、きちんと彼らは見ていた。
「彼、あとひと月で卵が孵らなければ、卵を竜の渓谷へと返すことが決まってる。竜は卵の中で生まれる前から外の世界に耳をそばだてているんだ。彼の悪意にさらされ続ければ、あの卵は孵ることなく命が消える。それに気づけなければ、彼はせっかくの竜騎士の称号を剥奪されることになるだろうね」
ジョルジュがきゅっと唇を噛みしめた。
その表情を見たアロイスは、頬をかきながら、人を元気づけるのは難しいなと実感した。
「何が言いたいかって、僕らはみんなジョルジュの味方だってこと。街の噂も、ジョルジュが竜騎士として立派になればそのうち消える。だからがんばれ」
「……はい」
「あー、ごめん、ほんとごめん。元気づけるつもりがなんだか失敗した気がする」
「いえ、そんなことは」
自分の髪をぐしゃぐしゃしだしたアロイスに、ジョルジュがおろおろとした視線を向けるけれど、アロイスは「そんなことあるよ」と言いながら、ちょっとだけ落ちこんだ。
「あー、アロイスまた髪をぐしゃぐしゃにしてる!」
「ルイズ」
「もう、ちゃんと髪整えて! せっかくかっこいい顔してるのに台なし!」
口を尖らせるように言うルイズに、アロイスが肩をすくめてしまう。それからルイズに言われるまま、髪を結び直し始めたアロイスを、ジョルジュは眩しそうな目で見つめた。
「ぴぴぴ」
「ルージュ」
そんなジョルジュの足元にルージュがちょこちょこやってくる。ルージュを抱き上げてやれば、ジョルジュに甘えるようにすり寄ってきた。
ジョルジュはルージュに救われている。
嫌がらせを受けようと、汚名を受けようと、くじけないでここまでこれたのは、ひとえにルージュがいたからこそ。
アロイスが言うように、いつか胸を張って竜騎士だと言えるよう、頑張ろうと思った。




