後輩ができたよ!1
竜騎士の試練からしばらくすると、竜騎士団の訓練場で見慣れない人たちを見かけるようになった。
特によく見かけるのは二人。竜騎士の試練をクリアして、改めて竜騎士として名前を連ねることになったアロイスの後輩だ。
「アロイス先輩、またルイズと遊んでるんですか? 俺も一緒にいいですか?」
そのうちの一人が、アロイスと読書と日向ぼっこをしていたらやってきた。
「ジョルジュ。いいよ、こっちに来な」
キリッとして真面目で優等生な雰囲気のジョルジュは、この間の竜騎士の試練で不正を疑われたあの哀れな訓練生。実はあの後、徹底的に事実関係が洗われた結果、ジョルジュは冤罪で、卵をとれずに脱落した受験生が真犯人だったことが分かったんだよね。笛についてはまだ調査中な部分もあるけれど、一応、犯人については決着がついた感じ。
だけど悲しいかな、一度かけられた疑惑の目は簡単にはぬぐえないものらしい。ジョルジュは同じ同期の子たちとは馴染めないようで、よくこうして卵を竜舎から持ち出してはアロイスのところへ来るんだよね。
ジョルジュはほっとしたように息をつくと、いそいそと私たちに近づいてきて、私の背中を背もたれにしているアロイスの正面にまで来ると、籠を抱えるようにして座った。私は日除け代わりの翼をもう少しだけ伸ばしてジョルジュも日陰に入れてあげる。
「ありがとう、ルイズ」
「どういたしまして!」
るるる、と喉を鳴らしてお返事をすれば、ジョルジュは肩から力を抜くようにへにゃりと眉をたれた。
アロイスはひょいっと身体を起こすと、私とやっていた盤上遊戯を横へとどけた。
「ジョルジュ、最近はどう? 竜騎士の生活に慣れたかい?」
「まぁ……そうですね」
「その割には僕以外と話しているところを見かけないけど」
アロイスが心配そうにそういえば、ジョルジュはぐっと唇を噛みしめて黙ってしまった。ジョルジュはすぐ顔に出るねぇ。
「お友達とあんまり仲良くいってない?」
「……友達、ではないかな。同じ飛竜部隊になれたケヴィンは気兼ねなく話せるようになったけど、地竜部隊の奴らとは……」
言葉を濁すジョルジュだけど、そこまで言っちゃえば全部言ってるも同然だよ。要するに、地竜部隊の同期くんたちとは、まだしこりが残ってるんだよね?
「男の子って馬鹿だよね。間違ってたなら謝れば済むことなのに! 潔く頭を下げて大声張って謝罪するのが侠気って言うんだよ!」
「お、おとこぎ?」
「ジョルジュ、ルイズの言葉は気にしないで。最近読んでる物語本に影響されてるだけだと思うから」
アロイスー! そんな簡単に流さないでよう!
でも私が今、前世で言う刑事もの小説(この国では衛兵だけど!)にハマってるのは否定しないけど!
びったんびったん尻尾を地面に打ちつければ、アロイスが笑って私の尻尾を撫でる。なでなで、なでなで。なでなでが気持ちよくて、私はいつの間にか尻尾の動きを止めてしまっていた。不覚!
「あんまり人間関係うまく行っていないなら、早めに隊長に言いなよ。さっさと竜舎を移してもらうのも一つの手だから」
「でも、そんなことをしたら、生まれてくる竜の仔の情操教育に影響出ませんか?」
「大丈夫じゃない? むしろ主人である君たちの雰囲気がギスギスしている方が、影響出るよ」
アロイスに至極真っ当なことを言われて、ジョルジュの視線は籠の中へと落ちた。あーあ、せっかくの非番でしょ? そんな風に暗い気持ちになるの良くない!
「まぁまぁ、アロイス。ジョルジュに言っても解決はしないよー。だって歩み寄ろうとしないのは向こうもでしょ?」
「うーん……そうなんだけどさぁ。ほっとけないじゃないか。これでも僕、先輩になったんだし……あー、なんだろう。今ちょっとだけ先輩が僕にやたらと声をかけてくれてた理由がわかった気がする」
アロイスが直接先輩って呼ぶのはベランジェだけだ。そのベランジェが自分にしてくれていたことを思い出したのか、照れ隠しに乱暴に髪をかき混ぜてる。
「アロイス、髪の毛ぐしゃぐしゃだよー。せっかく綺麗な髪なのに」
「ルイズに褒められると照れるなぁ。ルイズの鱗だって綺麗だよ」
「まぁっ! アロイスったら、お上手なんだからぁっ!」
おかしいな、アロイスに身だしなみもうちょっと気にしようよって言おうとしたつもりが、褒め返されちゃったよ! その上で嬉しくてついつい、くねくねと体を動かしてしまう。
「まぁ、ルイズの言うとおり、ここで君にいうよりは、相手の方に直接伝えたほうがいいことだったね。ごめんよ」
「い、いえ! アロイス先輩のご指摘のとおりです! 自分が不甲斐ないから反発が生まれるんです」
「そんなことはないよ。君は立派に竜の卵を持ち帰ったんだ。不甲斐ないなんてことはない」
キリッと表情を引き締めて、ジョルジュに活を入れるアロイス。そんなアロイスの表情がかっこよくて、ルイズ惚れちゃいそう!
「本当に駄目ならちゃんと僕らを頼って。君だけじゃなくて、これから生まれくるこの仔のためにも。元気にすくすくと育ってほしいだろ?」
「……っ、はい」
ジョルジュがこくりと頷く。
それを見て頬をゆるめたアロイスは、横にどかしていた盤上遊戯にようやく視線を戻した。
「ルイズ、続きをする?」
「んー……どっちの順番か忘れちゃったから、もういいや! それよりジョルジュの卵が見たい!」
「だってさ、ジョルジュ」
アロイスもあったかい陽だまりみたいな笑顔でジョルジュにお願いをしてくれる。ジョルジュもほんのりと口元をゆるめながら、抱えていた籠をそうっと私の方に寄せてくれた。
アロイスが盤上遊戯の駒を片づけてくれるなか、私は首をそろりと伸ばして籠の中を見てみる。
籠の中には赤い鉱石みたいなものが入っていて、たっぷりとした布で転がらないように包まれていた。これがレッドドラゴンの卵なんだって!
「ねねね、アロイス」
「んー? どうしたんだい」
「私の卵もこんな感じだった?」
アロイスは一度目を瞬くと、アメジストの瞳を細めて懐かしそうにジョルジュの卵を見た。
「懐かしいね。ルイズの卵もそうだった。普通の卵だったよ」
籠の中で布に包まれている赤色の卵。宝石の原石のようで、なんだか神秘的。
「私ってレッドドラゴンとは違うんでしょ? それなのに卵はおんなじだったんだ」
「ローズドラゴンがそもそもレッドドラゴンの希少種だからね。レッドドラゴンではあるんだよ」
「アロイス先輩、ルイズが生まれて、自分の竜がレッドドラゴンじゃなかったって分かったとき、どんな気持ちでしたか?」
「ええ?」
それまで相づち程度だったジョルジュも会話に参加してきた。アロイスがぽりぽりと頬をかいて、当時のことを思い出すように私を見た。
「ローズドラゴンだっていうのを認識したのは、ルイズが生まれたのを噛みしめたあとだったからなぁ。こんな可愛い子だから、ローズドラゴンって言われてもそういうものかって思ったくらいだよ。僕の竜、可愛いしか思ってなかったや」
「いや、そこはもっと感動しましょうよ。百年に一度、数百年に一度の希少種ですよ?」
「でもルイズが可愛いのも本当だろ?」
なんだろう、希少種うんぬんの話をジョルジュは振ってるはずなのに、アロイスは私が可愛いの一点張り。そういう話じゃないと思うんだけどー!
「アロイス、アロイス。私が可愛いっていうのヤメて。めちゃくちゃ恥ずかしいよぉ」
「あはは。ルイズも今は可愛いの意味ちゃんと分かるもんな。ほんの少し前までは僕のマネして『ルイズかわいい!』って自分で言ってたのに」
「やだー! ジョルジュの前でやめてやめて! 言葉を覚えたての赤ちゃんなんてそんなものだよ!」
恥ずかしい! 恥ずかしすぎる! 全然記憶ないから、本当に言葉の意味よりも発音の練習をしていた頃の話だと思う。あのときの自分を殴りたい。もうちょっと意味を理解してから話そうよ!
わぁわぁ騒いでいれば、ジョルジュもくすくすと笑って。
「ルイズが最初に覚えた言葉はなんだったんですか?」
「えー? それ聞いちゃう? 聞いちゃうの?」
「聞いちゃ駄目なような言葉?」
恥ずかしくてイジイジとしながらジョルジュをねめつければ、ジョルジュが面白そうに聞き返してくる。
それにアロイスが。
「ルイズの初めての言葉は『あろいす、ごはん』だったよ。舌足らずで、ちゃんと発音できてなくて、可愛かった」
「アロイース!? なんで言っちゃうの!!」
「いいじゃないか。減るもんじゃないし」
「もぉぉお!」
こんなんじゃ私が食い意地はってるってジョルジュに思われちゃうじゃない!
「いや、ルイズは食い意地はってる」
「ほらルイズ、ドライフルーツ食べるかい?」
「食べる! ……ハッ」
アロイスとジョルジュに笑われる。ぱっくんとアロイスにドライフルーツを口に入れられた後に、はめられたことに気がついて、私はばっさばっさと翼を動かして抗議した!
「わっ、ちょ、ルイズ、砂!」
「わわわ」
「仕返し! 笑うやつにはこうだ!」
ばっさばさしていれば、砂が巻き上がってアロイスとジョルジュを砂だらけにする。
二人がごめんなさいって謝ったので、私は溜飲を下げた。分かればよろしい!




