盤上遊戯をしよう!1
人間になれたあの日から数日。
精霊達の言う通り、分霊になるのはかなり竜気とやらを使う魔法だったようで、二、三日ほど、食っちゃ寝の生活をしてしまった。
寝ても寝ても、眠たい状況で、アロイスにもすごく心配をかけてしまったけれど、私としては楽しい一日だったので後悔はしていない。笑海が私だってことにも気づかれていないのか、何も言ってこないので、また機会があればやってみたいとは思う。
でも本当に、竜気が回復するまではめちゃくちゃアロイスに心配かけちゃったみたいで、竜のお医者さんまで呼ばれちゃったから、しばらくはいいかな!! ごめんね、アロイス!!
そんな私もようやく全快して、昨日から訓練にも復帰した。
それでまぁルーティンをこなす日々がまた始まるわけですが、復帰早々でも今日は四日に一度のアロイスが非番の日でして。
「ルイズ。前に言っていた盤上遊戯、買ってきたんだ。今日はこれをやろう」
「これがボードゲーム!」
竜舎から出て、定位置になっている訓練場の隅っこの日向ぼっこエリアで、アロイスがボードゲームのゲーム盤を披露してくれた!
白と黒のマス目のあるゲーム盤に数種類の駒。
一つ一つ、アロイスが駒の説明をしてくれて概要を掴めば、チェスや将棋みたいなゲームだってことを理解した。
「戦略遊戯って言って、これのもっと複雑化したものとかは騎士学校でも流行ってたんだよ。これはそれをもっと一般化したやつ」
「えぇ〜、そんなの、アロイスが勝つでしょ」
「あはは。仰るとおり。初心者相手に本気は出しちゃ大人気ないだろ。だから僕はハンデとして駒は半分ない状態から始める。それでどう?」
「うん、それならいい!」
さっそく駒を並べてアロイスと対局してみる!
精霊さんにお願いして駒を動かそうとしたけど、アロイスが代わりに動かしてくれるそうだから、私は口頭で動かす駒を指示する形で収まった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
さぁ、先攻は私から!
「三番の歩兵を東へ二」
「じゃあ僕は四番の歩兵を西へ二」
「四番の歩兵を東へ二!」
「飛竜騎士を北西へ三」
盤上は私が西側、アロイスが東側と見立てて、北から南向きへ、それぞれの列に番号を振った。これで私も指示が出せるし、アロイスが動かす駒も分かりやすいんだけど。
駒をちょこちょこと動かしていくと、六手目で私の歩兵が取られてしまった。あっと思ったときには更に次の手でもう一体!
そうこうしているうちに、いわゆる王の駒を十三手目には狙われ始めて、私は防戦一方になり、どんどん手持ちの駒は減っていってしまった。
……おかしい。
おかしいよっ!
「なんで! アロイスずるいっ! なんで!」
「なんでって言われても、これがこのゲームの醍醐味だからなあ」
してやったりと言わんばかりににんまりと笑ってるアロイス! 悪どい! 悪どすぎる!
結局私の王の駒はアロイスの歩兵に討ち取られてしまって、私は悔しさのあまりに尻尾をびったんびったん地面に叩きつけた。
「ずるいっ! もう一回!」
「もう少しハンデいる?」
「ぐ、ぐぬぬ……! ほしいけど、めちゃくちゃほしいけど……!」
アロイスの戦力は半減中だ。さらに半減させても、私は勝てないかもしれない。一応前世ではチェスや将棋を人並みにルールを覚えてるくらいは遊んでいたけど、チェスマスターや棋士レベルのように極めていたわけじゃないし!
それでもこれ以上戦力を減らしたアロイスに対して勝てたとして、そこに達成感は生まれるのか?
否、生まれません!
私は正々堂々勝ちたいのです!
すでに戦力半減のハンデもらってるけど!
「このままでいいからもう一回!」
「了解。じゃあ駒を戻すよ」
アロイスが駒をちょんちょんとゲーム盤に置いていく。
私は頭でできるだけ駒の動きをシミュレーションした。
「ルイズ、先攻どうぞ」
「えっと、三番の歩兵を東へ二」
「四番の歩兵を西へ二」
「四番の歩兵を東へ二!」
「六番の歩兵を西ヘ一」
「えっ、そうくるの!?」
前世、こういうチェスとか将棋には、必勝の譜面があるって聞いたことがある。プロの人たちはその譜面を暗譜していて、そこから予測を立てて勝ち筋を読んでいくものだって。
戦略遊戯とかいって、アロイスも騎士学校で勉強してきたのなら、そういう譜面を暗譜していてもおかしくないから、同じ駒の動かし方をすれば、そういった「必勝の譜面」みたいなのが分かるんじゃないかなって思ったんだけど……!
「ルイズの予想が外れた?」
「だってさっきは飛竜騎士の駒を動かしたじゃん!」
「別にその駒を動かさなきゃいけないってルールはないし。まだ序盤だから、どうとでもなるよ」
「くぬぅ……!」
びったんびったん、私の尻尾が唸る!
そんな私の様子に、アロイスは楽しそうに笑い声をあげて。
「さ、次はルイズの番だ」
「待って、考える!」
私のささやかな悪巧みは潰えてしまったので、まずは真剣にこのワンゲームを勝つことを意識することにする。いわゆる舐めプをしていたのですよ、私は。とっても反省しています。
教えてもらった駒の動きを、自分の駒だけじゃなくて、アロイスの駒にあてはめる。この駒はどこにいく? あの駒の動線はどこ?
じっくり考えて、アロイスの駒に引っかからないような自陣の駒を動かした。
アロイスの眉がぴくりと跳ねる。
「へぇ……」
「えー、なにその声」
「いや、やっぱりルイズは頭いいなって。これ、ちゃんと考えたんだろ?」
「ま、まぁね?」
ふふん、と胸を張ってちょっと余裕ぶってみる。褒められたのが嬉しくて、翼がわっさわっさ動いちゃったのバレてないよね?
「これなら上達が早そうだ。はい、六の門番を西へ一」
「んんん……! 六番の歩兵を東へ一!」
「六の門番を北へ一」
「五番の歩兵を東へ二!」
「うまい。じゃあ僕は二番の歩兵を西へ二」
なんとか一手ガードできた! って思っていたら、アロイスはまた全然違うところの駒を動かしていく。私はその度に熟考しては、慎重に駒を動かしていったんだけど。
「また負けたぁ! かなしい! くやしい! もう一回!」
「ふはっ! いいよ、やろうやろう」
二度目の敗北……! 一回目よりずっと考えたのに、まだまだ私の読みが浅くて負けてしまった! 悔しい!
その悔しさに尻尾をびったんびったんさせながら、再戦を申し込めば、アロイスは気前よく答えてくれて、三回目の相手をしてくれる。
まぁ残念なことに、三回目も負けてしまったんだけど!
「くやしぃ……、くやしい……。もう一回……」
「うーん、いいけど、その前に休憩しよう。ルイズが知恵熱出しそうだ」
アロイスに笑われて、ついつい唇を尖らせてしまう。
そんなことないし。ゲームで知恵熱とか、お子様じゃないし!
「ルイズはやっぱり頭いいなぁ。たぶんあと数回したら僕から白星取れるんじゃないか?」
「そんな慰めはいいよぅ。全然勝てる気しないもの」
「いや、ほんとほんと」
からからと笑いながらアロイスは影に置いていた水筒を手にとってぐいっと煽った。それからさらに影においていた荷物から果物を一個取ってくれる。
水分たっぷりのその果物は大粒の葡萄で、それをぷちぷちと房から外したアロイスはひょいっと私の前に差し出した。
「ほら、あーん」
「あーん」
口をパカッと開ければ、アロイスがぽいぽいっと私の口に葡萄を放り込んでくれる。
もきゅもきゅ咀嚼すれば、瑞々しい葡萄の果汁が喉を潤してくれた。
くるくると喉を鳴らしてもうちょっと欲しいとアロイスの頭をちょいちょいと鼻先でつつけば、アロイスは笑いながら葡萄をくれる。
そうして葡萄を一房まるっといただいた私は、潤ってすっきりとした頭でもう一度アロイスに再戦を挑むのでした!




