9.薬草園のアルバーン
「それとここに住むのなら、近くの薬草園から色々と持ってこさせるように手配しよう」
「……よろしいのですか?」
「薬草園は研究の関係で夜に作業することも多い。予算には調理器具や食材、寝袋の項目もあった」
「夜にしか咲かない花などもありますしね……」
フィリアも薬草関係は少しだけ自宅でも育てていたが、簡単なハーブ類だけだ。自前で揃えようとしたら世話が大変なことになるだろう。
「今後のこともあるし、薬草園の担当も君へ挨拶したいに違いない」
「なるほど……」
「では、そろそろ私は執務に戻る」
帰り際、フィリアはジウスにぽむぽむと頭を撫でられる。
(……先生だった頃と一緒だ……)
最近ジウスからのスキンシップが多い。いや、正確には家庭教師時代の接触に戻っただけではあるが。他に誰もいないところでだけ、こうしてくれる。
「フィリア、また後で。夜の早め、7時には来られると思う」
「はい……お待ちしてます」
ジウスは宰相府へと戻っていった。
「さて、少し掃除でもしますか……」
掃除用具はアトリエにすでに置いてあった。窓を開けて空気を入れ替え、はたきでパタパタ……。
きれいな布で台や空の本棚をふきふき……
公爵令嬢とは思えない姿だが、フィリアにとっては慣れっこだ。曽祖父のアトリエも、全部フィリアが手入れや掃除をしていたのだから。
少しするとアトリエの扉がノックされた。
閑静なエリアとはいえ、王宮内は衛兵が目を光らせている。不審者が出入りする余地はない。
フィリアが扉を開けると、そこには礼儀正しく礼をした薬師の一団がいた。
緑のローブを羽織った大柄な男性が前に進み出てくる。フィリアはその人物に見覚えがあった。
「お久しぶりです、エイドナ様。王立薬草園の園長代行、アルバーン・ライオネットでごさいます」
「お久しぶりです、ライオネット様。お元気でしたか?」
アルバーンは曽祖父の友人の息子……だったはずだ。もう何年も会っていなかったが、子供の頃に何度か面識がある。
年齢は確か30代前半、既婚で北の出身のはずだ。
「お陰様で、王立薬草園にて職を得ております。エイドナ様も実にご立派になられました」
「フィリアでよろしいですよ、ライオネット様。本日はお忙しいところ、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、お気遣い感謝申し上げます……私めはアルバーンとお呼びください。ジウス様の命により、色々と食料と日用品をお持ちしました」
それからアルバーンと薬師達は荷物をアトリエに運び込んだ。日頃、自分達が触っているものだろうか、てきぱきと作業が進む。
食料庫もあっという間に満杯まで補充された。至れり尽くせりで、さすがにちょっとフィリアの心が痛む。
「……何か、お返しできることはありませんか?」
「は? いいえ、それには――」
「今日はこのあと、私は特に予定がありません。お手伝いできることがあれば、ぜひとも」
「いや、しかし……」
フィリアの真摯な目を向け続け、アルバーンが折れた。
「実は……このあと魔術省に相談に行こうと思ったのですが」
アルバーンが申し訳なさそうに、荷物の箱から3個の植木鉢を取り出した。薄い金属製の植木鉢で、わずかに魔力を放っている。
「『成長の植木鉢』です。最近、どうにも調子が悪くて……」
「なるほど……ふむ……」
『成長の植木鉢』は高度な錬金術の産物である。魔力をもとにして植えられた植物を高速で成長させる――という古代文明のまさに奇跡の逸品だ。
もっとも製作に珍しい材料を使い、作動には魔力が必要な関係上、普及はしていない。もちろん超高級品である。
「私も見るのは初めてですが……」
フィリアはさっそく成長の植木鉢をひとつ手に取ってくるくると回し始めた。
(すごい、成長の植木鉢がこんなに……っ! これがあれば私の研究も捗るでしょうね)
本当なら小一時間くらい撫で回して、隅々までぺたぺたと触ってみたい――フィリアはクールな顔のままそんなことを思った。
アルバーンがため息をつく。
「成長の植木鉢の使い方は心得ているものの、詳しい作動原理などは知らないのです」
「他国で製造されたもののようですしね」
ぺたぺたぺた。くるくるくる。フィリアは熱心に植木鉢を調べている。
「ええ、他国製です。最近は反応しないことが多くてなって……購入当初はそんなことはなかったのですが」
「ふむふむ……」
「フィリア様も初めて見たということですし、やはり魔術省に……」
フィリアが指先から植木鉢へちょっとだけ魔力を放つ。
「修理できました」
「はっ、えっ!?」
「これで問題は解決したはずです」
名残惜しそうに植木鉢を置いたフィリアは、残りの植木鉢へ目を向ける。
「原因はわかりました。多分、手入れに使っていた水の魔力が残っていて、それが植木鉢の機能に悪影響を与えていたのでしょう」
「そ、そんなはずは……取り扱い説明書には魔力濃度3の水で手入れすればいいと……」
「この植木鉢が作られた北の方だと、魔力濃度の単位はかなり適当です。恐らくここら辺だと魔力濃度2になるかと」
「……な、なんと……。さすがは宮廷錬金術師ですね……!」
アルバーンが尊敬の眼差しをフィリアに向ける。
「まさかこの短時間で原因と解決までできるとは……。水の問題だと魔術省でも手間取ったでしょう」
「いえいえ……」
残りの植木鉢にも魔力を走らせ、フィリアは修理を完了させる。
「いわゆる魔力が詰まっていた状態なので、直すのには――ちょいちょいと魔力を流せば終わりです」
「ああ、いえ……魔力操作も素晴らしい……!」
アルバーンは感動し、周りの薬師の視線もまぶしい。
「こちらこそ急なお仕事で申し訳ありませんでした」
「まったく、そんなことは……! むしろ短剣でワイバーンを倒したようなものです」
アルバーンが快活に笑う。
そこでフィリアは、ふと思いついた。
「……たまにですが、薬草園にお邪魔してもいいですか?」
「たまになんて……! フィリア様ならいつでも大歓迎ですよ!」
というわけで、フィリアは薬草園に出入りする許可をもらえたのであった。
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