53.握り寿司
「寿司、とな。大公殿の寿司とは様子が違うが」
ギラスの問いにフィリアが答える。
「大公閣下の寿司は熟成を重視したものです。こちらはより生の魚を用いる――と、チーズのようなものだとご理解頂ければ」
「なるほど。食材は似ても製法が異なれば、味わいも大きく変わる。確かにチーズだ。わかりやすい」
ギラスが手を振り、続けるよう促す。
「では、そちらも頂こう」
フィリアはちらと大公陣営を伺った。スレイン大公はやや不安そうにフィリアを見ている。モードは直立不動で目を軽く閉じており、何を思っているかは読めない。
「まずはスープとアルコールをご用意いたします。適宜、ご賞味頂ければ幸いです」
フィリアの言葉に、もうひとつのカートからシェナがクローシュを外す。そのままシェナはスープの入ったボウルと調合された白ワインのボトルを取り出して、ギラスの元へと運んでいった。
「ふむ、こちらはスープ付きか。香りからすると魚介のスープだな。だがこれは生魚ではないので、評価の対象にはならぬ」
「はい、承知しております」
フィリアが手に水を含ませ、さっと酢飯を握る。そして流れるような動作でマグロのネタを掴み、ふわっと舟形になるよう指を動かす。
握り方までは東方の料理本には書いていなかったので、これはフィリアの我流だ。しかし素早く握ること、形を保つことを考えれば力は必要ない。
おそらくは手のひらと指先の動きが主要なのは自明である。一呼吸の間に、寿司がひとつ出来上がる。
最後に刷毛で醤油を薄く塗り、小皿に置く。
「どうぞ。まずは一品目です」
シェナが小皿を手に取り、恭しくギラスの元へと運ぶ。
小ぶりで、一見すると生魚の切り身を置いただけ――それが寿司だ。だが複雑さが組み合わさると、驚くほどの味わいになる。
ギラスの側近が毒味の魔術を使い、安全を確かめる。そこでギラスは側にあったフォークとナイフからフィリアに目線を移した。
「うむ、なるほど――。だが、この寿司はさっきの寿司と違って、もしかして素手で食べるのが現地の作法か?」
なれずしは軟化しており、手で掴むことはあまり優雅でない。なので、さきほどギラスはフォークを使っていた。
「ご明察の通り、現地では素手で食べるのが一般的なようです」
「では素手で食そう」
すっとギラスが手を伸ばし、マグロの寿司を手に取る。一切の躊躇がない。
これにはフィリアもジウスもスレイン大公も驚いた。
ギラスの老側近が咳払いをする。
「ワーテリオン王国では手掴みで食べるタコスなる料理が普及しております。王子も特に好んでおり、素手で食べるのには慣れております」
「と、いうことだ」
説明を楽しげに聞き終えると、ギラスがマグロの寿司を一気に口へと放り込む。
「ふむ、ふむ……」
だが特に反応はない。なれずしを食べたときと同じだ。しかしフィリアに焦りはなかった。おそらく勝者を宣言するまで、ギラス王子がこの態度を崩すことはないだろう。
「続きましてツブ貝を握ります」
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