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5.才能

 フィリアが10歳の頃から2年間、ジウスが彼女の家庭教師であった。


 昔、彼はフィリアの曽祖父に世話になったらしく――その恩返しということだった。


 物静かなアトリエで、フィリアが古代ルーン文字を見よう見まねで紙に書いていく。それを青年になりかけていたジウスが、暖かな目で見守っていた。


 この頃、曽祖父はかなり身体を悪くしており、療養所に入っていた。家族でもっとも仲の良かった曽祖父が屋敷におらず、フィリアは不安を募らせていた。


「おじいさまと会えなくて、寂しいわ」

「……大丈夫だよ。きっとおじいさまは良くなる。前のように錬金術も教えてくれるよ」


 フィリアはペンを止めて、つぶやいた。


「ずっとみんな、そればっかり言ってる……。本当はどうなの?」

「おじいさまは疲れているんだよ。元気になるのにちょっとだけ時間がかかるんだ」


 今から思えば、フィリアはジウスを相当困らせていた。こうなったのも、すでにこの頃のフィリアがどっぷりと錬金術にハマっていたからだった。


 フィリアの他の家族はほとんど魔力を持っていなかったし、錬金術についても知らない。

 ただ、月に数回訪れるジウスだけがフィリアと真の話し相手になれた。


(私ったら……また先生を困らせてる。こんなつもりじゃ、ないのに。楽しくお勉強をしたいだけだのに)


 フィリアは気まずさを覚え、話題を変えることにした。


「ジウス先生……またアレを見たいわ」

「アレ? ああ、いいよ」


 ジウスが自分のバッグの中から、小さめのピンセットを取り出した。


「ふぅ……」


 ジウスは目を閉じて意識を深く集中させる。ゆらりとジウスの魔力がピンセットを伝い、紫色の魔力が先端から火花となった。


 ちり、ちり……。


「すごーい……」


 火花とともにラベンダーの香りが漂う。

 毎回ジウスが来るたびにフィリアはこれをせがむのだが、何度見ても飽きなかった。


 ……ちり、ちりり。


 やがて紫色の火花は消え、芳香も散った。いつも表情に乏しいフィリアも目を輝かせている。


(……いいなぁ)


 普段のフィリアなら抑えている甘えたい心が、曽祖父が戻ってこないことで少しだけ弾けた。


「先生、私もやってみたい」

「うーん……君にはまだ早いかもね。このピンセットは私向けに調整されたもので、君には合わないと思うし」


 ぽん、とジウスがフィリアの頭を撫でる。


「合わないと危険だったりする?」

「危険ではないよ。ただ――何も起きないだけ」

「それなら……大丈夫よ。気にしないわ」


 フィリアは断固として引き下がらない、と机の上で拳を握った。こんなフィリアを見るのは、ジウスにとっても初めてのことだった。


 微笑ましくなったジウスが、そっとフィリアの手を取ってピンセットを渡す。


「ふふっ、じゃあ試しにやってみようか」

「ありがとう、先生……!」


 フィリアはピンセットをしっかり持った。それをジウスが支える。


(温かいわ、先生の手)


 錬金術の機材を持っている高揚感がフィリアを包む。


(いけない、集中しないと)


「ゆっくり目を閉じて。身体の奥にある魔力を表に出すんだ。最初は難しいかもだけれど……」


 子守唄のように、朗々とジウスが語りかける。それを聞きながら、フィリアは言われた通りに自分の内にある魔力を探った。


(どこかしら……)


 ジウスの温もりも、裏庭の小鳥のさえずりも遠ざかっていく。フィリアは深く、深く集中した。


(……あった)


 自分の内、脈打つ心臓のすぐそばに熱を感じる。かがり火のような、燃え盛る力。フィリアはこれこそが自分の魔力だと直感した。


(あとはこれを少し動かす――のよね)


 息を整え、自分の魔力を腕先に流す。


「えっ、まさか……!?」


 ジウスはフィリアの腕に伝わる魔力に驚いた。こんな短時間に、フィリアほどの年齢の子が魔力を動かせるなんて聞いたことがない。


 しかしジウスが驚いている間に、フィリアの魔力は難なくピンセットにまで到達し――小さいながらも紫色の火花が散った。


「……!!」

「あっ、やったわ……!」


 フィリアが目を開けて火花を見た。だが、それで集中が途切れてしまい、火花はあっけなく消えてしまった。


(消えちゃった……。でも火花が出たわ。うん、よかった……!)


 とりあえず火花を出せたので、フィリアは満足げな表情を浮かべた。


 対してジウスはフィリアの手を取ったまま、固まって何かを考え込んでいるようだった。


「先生? どうかしたの?」

「あっ、いや……。私がフィリアくらいの歳には、全然魔力を動かせなかった」

「そうなの……? でも今はジウス様が手伝ってくれたから」

「ほとんど関係がないよ、私の手は」


 ジウスは思わず苦笑いした。


「実際、火花を出すために必要なのは集中だ。純度の高い集中――言葉にすると簡単だけど、ほとんどの人間にはできないくらい難しい」

「じゃあ、もしかして私には錬金術の才能がある?」

「それどころか、いつか宮廷錬金術師になれるかもしれないね。目指してみるかい?」


 その言葉にフィリアは力強く頷いた。


「もちろんです!」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


おもしろい、続きが読みたいと思って下さった方は、

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