44.マリアージュ
それから、フィリアとジウスはかなり――ふたりの基準でもかなりの量のワインを飲んだ。
テーブルに置かれた小さな空のワインボトルを見ながら、フィリアが頷く。
「……やはり赤ワインはあまり合いませんね」
何本もぽんぽん空けてなんだが、それがフィリアの結論だった。ジウスも同意の印に頷いている。
「魚には白ワイン、通説ではあるけど……当たり前すぎる結論とも言えるね」
「本当は米のお酒が入手できれば良かったかもですが、どこにもないそうですし」
「アルコールは何がどう入っているかわからないからね。生の魚や貝のほうが商人も直接見て判断できる」
不思議なことではあるが、お金を出せば異国の魚や貝はなんとか手に入る。しかし異国の酒や調味料はほとんど手に入らない。
これは商人独特の感性らしい。魚や貝はモノが腐っていれば目や鼻でわかる。しかし酒や調味料は判別がつきにくい。せっかく大金を出してくれる客を危険に晒したくないのだという。
「この醤油も国の相手でなければ、扱う商人はほぼいないだろう。ここでの自家生産できれば、大きく変わると思うけどね」
「ですね……」
「にしても東方では米の酒が普及しているのか。まぁ、人間はどこでも酒にできるものは酒に変えてしまう」
ジウスがいつもより滑らかに語る。錬金術と諸外国の知識があるジウスにとって、それほど特異なことではない。
「気になるのは、その米酒の絵にちょっと変な描写があることなんでよね」
「変な描写……? どんな絵なんだい?」
「酒を入れている容器を、鍋に入れて加熱していました」
「…………」
ジウスが眉を寄せる。そんな彼の顔を久し振りに見て、フィリアは笑いそうになってしまった。ジウスも自分の表情に気がついたらしい。手を軽く振る。
「失礼。それはやはり酒を加熱しているのかい?」
「多分、そうですね。特に注釈がなかったので、むしろこれは東方では一般的な飲み方かと」
「ふーむ、まぁ……北のほうではワインを加熱するのもなくはない、が……」
ジウスが言葉を濁すのも当然であった。加熱するとアルコールが飛んで風味も減じる。
つまり元のワインとは、似ても似つかないモノになってしまうのだ。そのため貴族向けのワイン生産者で、加熱を推奨する者はひとりもいない。
「調べたのですが、寒冷なところではシナモンや砂糖を入れてワインを加熱するのですよね?」
「そうだよ。私も北に行ったときに、2回出されたことがあるが……」
ジウスはそこで少し口を濁した。だがフィリアの好奇の目に、言葉を続ける。
「忌憚なく言えば、王都の人間でアレを好むのは希少だろう。スパイスも糖分も多すぎる。冷えた身体を温めるにはいいけれど」
「ふーむ、なるほど……」
フィリアは白ワインの入ったグラスを揺らしながら、ふと思いついた。
「でも……東方では酒を加熱するのはよくあることのようです。米酒ではありますが、ワインのマリアージュでも考察の余地はあるのでは?」
「そうだね……。東方には東方の流儀がある。ワインをそのまま出すよりも、そちらのほうが合うかもしれない」
「まぁ、とりあえずは色々と飲んで試してみましょうか……!」
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