40.新たなる寿司
「はぁ……料理対決、ですか」
「……ああ、そういうことになった」
フィリアは王宮のアトリエで酢をブレンドしながら、ジウスの言葉を聞いていた。
ここ数日、王都の天気は崩れがちであり、外はかなりの雨が降っている。今日訪れたジウスはしっかりと傘を差してはいたが、風のせいで濡れてしまっていた。
そのため今のジウスは上着を脱いで、かなりラフな姿でアトリエのキッチンにいる。フィリアはそんなジウスの姿をあまり見ないようにしていた。
「ナルン殿下から正式に話があってね……」
「気になさらないでください。私としては最善を尽くすだけですから」
モードの話を聞いても、フィリアはクールなままだった。スレイン大公家が力のある貴族なのは変わりなく、王宮にどこかで関わることは避けられないからだ。
「ただ……負けたくはないですね」
ぽつりとフィリアは小声で漏らした。他のことならまだしも錬金術と料理であれば、負けたくはない。
「小麦等のウィード王国で流通している品なら、スレイン大公家も色々な手を使ってきただろうけど――幸いにも今回の難題は『生魚』だ。水産物なら邪魔はされない」
「しかもこちらが使うのは米ですしね……」
すでに炊きたての白米が木桶に入った状態でキッチンに置かれている。今、フィリアが作っているブレンドの酢を混ぜれば完成だった。
慎重に小さなガラス皿へ色々なものを垂らしていく。塩、砂糖、それに半透明の液体も。
「ふむ……その液体は?」
「これはおにぎりでも使った昆布の出汁です。多分、いい感じになると思って……」
「ほう、なるほど……。東方料理で使われているモノ同士を組み合わせるのか」
ジウスが感心したように頷く。
「とはいえ、どうなるか……」
調合し終わった酢を小さなスプーンですくい、味見する。まったりとした旨味とすっきりとした酸味――この前のより、優れた味になったはずだ。
「それをまた混ぜるんだね」
「はい、酢の量もちょっと増やして……本によれば扇で煽りながら混ぜるといいらしいのですが」
フィリアが腰からすすっと扇を取り出す。シェナに言って実家から持ってきてもらった扇だ。
「……うーん……」
フィリアが広げた扇は金粉と銀糸の豪奢な代物である。料理で使うとは言わなかったので、夜会用の扇が送られてきたのだ。
「私があおごうか? ずっと見てるのも忍びない」
「ああっ……! それは助かります」
「酢の調合とか混ぜ合わせは手が出せないからね……」
ジウスが一歩近寄り、扇を受け取る。ラフな格好とはいえ、夜会用の扇を持つと完全に社交界の貴公子だ。キッチンに酢の香りが充満しているが……。
「あおぎ方は工夫したほうがいいのかな?」
「いえ、水分を飛ばせればいいみたいなので、とりあえずそこそこの速さであれば大丈夫なはずです」
フィリアが調合酢の入ったガラス皿と木べらを手に持つ。
「じゃあ、もっと近くのほうがいいか」
ジウスがさらに近寄る。そこでフィリアは不意に気がついてしまった。もしかしてこれは、ふたりの共同作業ということになるのだろうか?
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