38.大公家の使者
それから数日後。昼下がりの執務室でナルンは来客に応対していた。
「あの噂を聞きつけたのかね――?」
王都ではワーテリオン王国の王太子が来訪するという噂が広まっていた。やむを得ないことと思いながらも、ナルンは首を振った。
「やれやれ。隠し通せるものでもないが、こうまで広まるとはな。それだけウィード王国でも注目されているということだが……」
「……ここに来たのは父の名代としてです」
モードがナルンを見据えながら話す。
「他国の王族を持ち回りで饗応するのは、三大公の役目。今回はスレイン大公家のはずです」
「御父上からの抗議かね?」
「先例の話をしているだけです、ナルン殿下」
ふむ、とナルンはモードを見た。近頃、モードの立場は相当悪くなっていると聞く。
お使いのひとつでもしてこい、ということだろうか。余裕がないのはそのためだろう。
「先例は承知しているが、今回は王太子から特別な要望があってな。スレイン大公家は外されてもらった」
「……どのような?」
「先方は生魚を使った料理を所望している。無論、魚や貝をそのまま並べる料理は不可だ」
「生魚……」
モードは小さく呟いた。ウィード王国ではまず生魚を使った料理はない。そもそも王都で新鮮な魚を手に入れることが難しいからだ。
「スレイン大公家でも容易ではなかろう。なので宰相府に仕事を任せることにした」
「――いえ、不可能ではありません。宴に関わることで、スレイン大公家に出来ないことがあると思われますか?」
「ほう……?」
ナルンは眉を釣り上げた。確かにスレイン大公家は王都の食料供給に大きな力を持っている。
その経済力や社交界への影響力は凄まじい。王都で行われる豪華で贅沢な夜会の裏には、かなりの頻度でスレイン大公家が関わっていた。
「山海の珍味であれば、なおさらスレイン大公家の出番のはず。我らにも正当な機会があって然るべきです」
「ふむ、まぁ……一理ある。しかし先方がなんと言うかな? いまさら饗応役を変えるわけにはいかない」
「他国に生魚を所望するほどの変わり者です。料理の提供者が増える分には、文句を言わないのでは?」
つまりモードは宰相府の料理を減らして自分たちの料理を入れろ、と言っていた。
「先方にそう打診するのも不可ですか?」
「料理対決でも構わないと?」
「ええ」
モードの瞳には何やら力が秘められていた。追い詰められているのか、勝算があるのかはナルンにはわからなかったが。
とはいえモードの提案は面白いものだった。生魚を使った料理を作ったとして、満足してもらえるかはわからない。料理の提供者を増やせば、リスクの分散に繋がることは確かである。
「良かろう。ワーテリオン王国に申し入れをしてみる。そなたの言う通り、先方の興が乗るかもしれん」
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