36.即席寿司
フィリアの提案にジウスは好奇心のこもった目を向ける。
「興味深いけど、フィリアのほうは大丈夫なのかい?」
「ええ、それほどの手間はかかりませんので。しかし先に言っておくと、ウィード王国の常識からはかなり離れている料理です」
提案した後だったが、フィリアは念の為ジウスに補足を付け加えた。
多分大丈夫とは思いながら、これまでの料理とはまた違うのも事実なのだ。
「私は問題ないよ。むしろどれほど離れているか、楽しみでさえある」
ジウスの言葉は本心だった。それを聞いて、フィリアも意気込む。
「では、少し試してみましょうか……!」
フィリアとジウスはおもむろにキッチンへと向かう。フィリアはてきぱきと冷蔵室や棚から必要なモノを取り出し始めた。
「作るのは寿司という料理です」
「ふむ、聞いたことのない料理だね」
「寿司は米、酢、生魚、醤油を使います。普通だと手に入りづらいですが、今なら揃ってますね」
フィリアは冷蔵されたてのひらに載る程度の米と酢と凍らせたサーモンの脂身をまな板に置く。
醤油は最後に使うのだが、スムーズにするため刷毛も一緒にセットしておく。
「米とサーモンは温めるとして……」
「焼くわけじゃないんだね」
「ええ、適温にするだけです。そこまで高温にしなくてもいいはずですが」
フィリアは米とサーモンの脂身を薄い鉄板に載せる。さらにキッチンに備え付けられた、四角の板の上にそれらを載せた。この四角の板はヒートパネルという魔術器具であり、上に載せられた物を加熱することができる。
「あとは酢ですが……」
「酢にも色々な制約が?」
「まろやかで風味豊かな酢がいいのですが、とりあえず手持ちがありません。モルト(麦芽)ビネガーを使いましょう」
「ワインビネガーやバルサミコ酢よりもまろやかな酢だね」
「そこに砂糖と塩を足して、さらに薄めましょう……。この辺は感覚ですので」
モルトビネガーを小さなボウルへと移し替える。使うのはほんの少量なので、これで十分だ。フィリアは砂糖と塩の小瓶を取り出し、小さなボウルにちょっとずつ入れて味を調整する。
「ふむ……こんな所でしょうか」
最後に水を足して、即席の寿司酢である。本場とはかなり異なるが、やむを得ない。
とはいえ丸みのある甘めの酢は米との相性は抜群のはずであった。
まずはサーモンを木べらですくい、まな板に置く。
フィリアは加熱したまま米に調合酢をちょっと振りかけた。それを木べらで混ぜてからさらに調合酢を振りかけ、再び混ぜる。
「均等に混ぜ合わせるんだね」
「ええ、ムラができては美味しくなりません」
加熱を止め、酢飯は完成である。
サーモンの脂身を指の幅ほどの厚さに切る。
「この米と切り身を……組み合わせます」
フィリアはごくりと喉を鳴らす。要領はおにぎりからそれほど離れているわけではない。
手に水をひたし、熱の残る米をふんわりと一掴みする。そのまま握った米の上にサーモンの切り身を載せる。
最後に刷毛で醤油をさっと切り身部分に塗り――まな板の上に置く。
これで即席寿司の完成であった。
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