35.王太子のご要望
1週間後、フィリアのアトリエ。
アトリエの外では強風とともに雨が降っている。そんな悪天候の昼下がりではあるが、フィリアはうっとりとしていた。
「うーん、素晴らしい……」
借りてきた成長の植木鉢には、すでに稲が植えられている。そればかりではない。もう小さな穂が実り始めていたのだ。
アトリエの窓を強めの雨が叩く。しかしフィリアの気分は晴れ晴れとしていた。
「これほど早いとは……。しかし大量生産できないのが悲しいですね」
現状、借りることができた成長の植木鉢はひとつだけ。あくまで試作以上のことはできない。
「稲1株からは……ええと、お皿半分くらいのお米が取れるでしょうから、それなりではありますが」
フィリアは屈んで小さな穂をじぃっと見つめる。こうして見ている間にも、穂が大きくなっている――気がする。
「精米したら、どうしましょうか。おにぎりにするか、そのまま白米で頂くか……」
経過は順調である。なので収穫後も考えなければならない。すべて自分で消費したいが、成果物として広めるほうが優先だろう。
「先生に頼んで、有効な手を一緒に考えましょう」
この数週間、ジウスとは食事をしたりアトリエで過ごしたりはしていた。しかし向こうが忙しいようで、それほど長い時間を一緒にはできていない。
少し寂しいと思う反面、自分の感情を整理する時間があるのはありがたかった。
ジウスは一国の宰相であり、自分だけの身体ではない。それはフィリアもよく理解していた。
もとよりこの関係自体のこともある。ゆったりと一緒にいられるだけでも満たされるのだ。
と、そこへアトリエの扉がノックされた。
「おや……?」
聞き覚えのあるノック音。軽めのノックはジウスのものだ。いつもは割と事前に連絡があるのに、今日は突然の来訪だった。
「はいはいーい」
扉を開けると、そこにはやはりジウスがいた。小さめの傘を差しているが、やや濡れてしまっている。
雨が強すぎたせいだろう。
「やぁ……今、大丈夫かな?」
「私は問題ありませんが、先生のほうが雨に濡れて大丈夫ではありません……!」
フィリアはジウスをアトリエに入れるとすぐに扉を閉じ、替えの上着とタオルを彼に渡した。
いつの間にかアトリエに置かれるようになったジウスの上着である。婚約者だし、何もやましいことはなかった。
「ありがとう、思ったよりも雨の勢いがあってね」
タオルで濡れた髪を拭くジウス。
……どことなく艶かしく色気があるのは気のせいだろうか。いや、異性に騒がられる度合いを言えば、ジウスのほうが圧倒的に上だった。
「と、ところで今日はどうされたのです? 迷惑などではありませんが、何かありましたか?」
「ああ……今日は軍務省の閲兵式だったんだけど雨のせいで取りやめになったんだよ」
「ガルフ殿下が残念がったでしょうね」
「それはもうね。とはいえ、雨は仕方ない――ということで午後の予定がなくなってしまったんだよ」
ジウスが肩をすくめる。そういう事情なら納得だ。
「それと相談もあってね。まだ未確定の部分もあるけれど」
「ほうほう、それはどのような……?」
「今度、ワーテリオン王国の王太子が来訪されるのだが、どうやら生魚を使った料理が食べたいそうだ」
「……生魚!」
それはウィード王国ではタブーだ。少なくとも都市部では生魚が食卓に出ることはない。
「どうもグルメな人のようでね。変わったものが食べたいらしい」
「東方料理には生魚を使った料理もありますが、どうされます?」
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