32.去り際に
ふたりは翡翠の海の料理をあらかた堪能した。
最後に出てきたのはデザートだ。
細かく砕いた氷をまぶしたラズベリーとぶどうのタルトである。お腹もかなりいっぱいになったが、甘味は別腹だ。
濃いめの酸味とタルトの甘さ、冷たさが身体に染み込んでくる。
「締めとしては最高ですね……!」
ふたりでボトルを3本空け、発泡酒もたくさん飲んだ。ジウスには分からないように、フィリアはちょっとだけドレスを緩めていた。
「満足そうで良かったよ」
「ええ、それはもう……。水産物をたくさん食べました」
「ウィード王国の王都では珍しいからね」
「そうですね。海と接しているのが南東しかありませんから」
ウィード王国の王都は国土の西にある。西には山脈が多く、古くからこの山の鉱石を活用してきたのだ。そのため、南東の海沿いが注目されたことはあまりない。
「近年は道も魔術具も整備され、かつてより遥かに近くなったけどね」
「製氷技術も普及して……おかげで新鮮な魚も市場に出回っています。このデザートもですけど」
しゃくしゃく……フィリアは氷の振りかけタルトを食べながら答える。魔術具による製氷技術は徐々に食生活を変えつつある。
とはいえ、まだまだ氷は高価であるが。
「私としては水産物が広まれば、もっと食料事情が改善すると思うんだ。でも魚の匂いや味には抵抗感がある人も多くてね」
「まぁ、そうですね……。私は魚も貝も甲殻類も好きですが」
エイドナ家は武功の貴族であり、地方への駐在も多い。そのため水産物にも非常に慣れている。
とはいえ、フィリアの両親も他国の料理まで積極的に食べようとはしない。それは恐らく、フィリアだけであった。
「海沿いは農業に向かない土地も多いですしね。魔獣から奪い返しても、人が定着しなければ……」
「ウィード王国の標準的な食料生産では、色々と問題も出てくるからね」
「そういえば、成長の植木鉢もありがとうございました……! 昨日、届きました!」
「それは良かった。もう試したのかい?」
「今は土を慣れさせてる段階ですね。でも数日中には稲を育ててみます……!」
いい感じにアルコールが入り、自分の仕事の話もできて、フィリアは楽しくなってきた。歩いて帰れるのも良い。
「次のお酒は何にする?」
「じゃあ、赤ワイン行ってみましょうか!」
わいわい盛り上がりながら、楽しい時間は過ぎていった。
◇
数時間後、ふたりは店をあとにした。かなり夜も更けているが、大通りだけあって人はまだまだいる。店も開けているところが多く、街の明かりも絶えてはいない。
「今日はありがとうございました。何もかも美味しく頂けました……!」
「それは何よりだよ」
ジウスもにこにこと微笑んでいる。
「家まで送っていこう」
「えっ……あっ、はい……」
フィリアの屋敷はすぐそこだ。しかし、だからこそ逆に断るのも変な気がした。
とことこと大通りをふたりは歩く。心地よい風が気持ちいい。アルコールが身体に溶け込み、最高の気分だった。
「……また行きたいですね」
「ああ、また来よう」
隣を歩きながらも、言葉は少ない。でも不快ではなかった。フィリアはジウスも浸っているのだとわかっていた。
5分後、フィリアの屋敷の入り口にたどり着く。残念だがジウスとはお別れだった。
「おやすみなさい、フィリア」
ジウスがフィリアの頭を軽く撫でた。
その瞬間、フィリアはたまらなくなった。心の中の何かが急に溢れ、身体を突き動かす。
「……はい」
気が付くと、フィリアはジウスに抱き着いていた。嫌だと思われるとか、何だとか――全ては消え失せ、ただ思うがままにフィリアはジウスの胸に頭をうずめる。
ジウスはそのままフィリアを抱き止め、髪をそっと撫でた。彼は身体に腕を回しはせず、ただフィリアの髪を撫で続けた。
どれくらいそうしただろうか。数分だったかもしれない。こうしたままだと、彼も帰れずに困るとフィリアはぼんやり思い――そっと離れた。
ジウスは嬉しそうにしている。それを見て、フィリアは遅まきながら自分のしたことを悟った。
身体の奥が一気に燃え上がる。とんでもないことをしてしまった……とフィリアは焦った。
「あっ、わ、あっ、その……!」
「ふふっ……じゃあ、また明日ね」
ジウスはそれだけ言うと、上機嫌に貴族街の街並みへと歩き出したのだった。
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