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【書籍化】冷徹宰相に溺愛された錬金術師はのんびりと暮らしたい~婚約破棄された令嬢でしたがグルメ生活で幸せです~  作者: りょうと かえ


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32/56

32.去り際に

 ふたりは翡翠の海の料理をあらかた堪能した。

 最後に出てきたのはデザートだ。


 細かく砕いた氷をまぶしたラズベリーとぶどうのタルトである。お腹もかなりいっぱいになったが、甘味は別腹だ。


 濃いめの酸味とタルトの甘さ、冷たさが身体に染み込んでくる。


「締めとしては最高ですね……!」


 ふたりでボトルを3本空け、発泡酒もたくさん飲んだ。ジウスには分からないように、フィリアはちょっとだけドレスを緩めていた。


「満足そうで良かったよ」

「ええ、それはもう……。水産物をたくさん食べました」

「ウィード王国の王都では珍しいからね」

「そうですね。海と接しているのが南東しかありませんから」


 ウィード王国の王都は国土の西にある。西には山脈が多く、古くからこの山の鉱石を活用してきたのだ。そのため、南東の海沿いが注目されたことはあまりない。


「近年は道も魔術具も整備され、かつてより遥かに近くなったけどね」

「製氷技術も普及して……おかげで新鮮な魚も市場に出回っています。このデザートもですけど」


 しゃくしゃく……フィリアは氷の振りかけタルトを食べながら答える。魔術具による製氷技術は徐々に食生活を変えつつある。

 とはいえ、まだまだ氷は高価であるが。


「私としては水産物が広まれば、もっと食料事情が改善すると思うんだ。でも魚の匂いや味には抵抗感がある人も多くてね」

「まぁ、そうですね……。私は魚も貝も甲殻類も好きですが」


 エイドナ家は武功の貴族であり、地方への駐在も多い。そのため水産物にも非常に慣れている。

 とはいえ、フィリアの両親も他国の料理まで積極的に食べようとはしない。それは恐らく、フィリアだけであった。


「海沿いは農業に向かない土地も多いですしね。魔獣から奪い返しても、人が定着しなければ……」

「ウィード王国の標準的な食料生産では、色々と問題も出てくるからね」

「そういえば、成長の植木鉢もありがとうございました……! 昨日、届きました!」

「それは良かった。もう試したのかい?」

「今は土を慣れさせてる段階ですね。でも数日中には稲を育ててみます……!」


 いい感じにアルコールが入り、自分の仕事の話もできて、フィリアは楽しくなってきた。歩いて帰れるのも良い。


「次のお酒は何にする?」

「じゃあ、赤ワイン行ってみましょうか!」


 わいわい盛り上がりながら、楽しい時間は過ぎていった。


 ◇


 数時間後、ふたりは店をあとにした。かなり夜も更けているが、大通りだけあって人はまだまだいる。店も開けているところが多く、街の明かりも絶えてはいない。


「今日はありがとうございました。何もかも美味しく頂けました……!」

「それは何よりだよ」


 ジウスもにこにこと微笑んでいる。


「家まで送っていこう」

「えっ……あっ、はい……」


 フィリアの屋敷はすぐそこだ。しかし、だからこそ逆に断るのも変な気がした。

 とことこと大通りをふたりは歩く。心地よい風が気持ちいい。アルコールが身体に溶け込み、最高の気分だった。


「……また行きたいですね」

「ああ、また来よう」


 隣を歩きながらも、言葉は少ない。でも不快ではなかった。フィリアはジウスも浸っているのだとわかっていた。


 5分後、フィリアの屋敷の入り口にたどり着く。残念だがジウスとはお別れだった。


「おやすみなさい、フィリア」


 ジウスがフィリアの頭を軽く撫でた。

 その瞬間、フィリアはたまらなくなった。心の中の何かが急に溢れ、身体を突き動かす。


「……はい」


 気が付くと、フィリアはジウスに抱き着いていた。嫌だと思われるとか、何だとか――全ては消え失せ、ただ思うがままにフィリアはジウスの胸に頭をうずめる。


 ジウスはそのままフィリアを抱き止め、髪をそっと撫でた。彼は身体に腕を回しはせず、ただフィリアの髪を撫で続けた。


 どれくらいそうしただろうか。数分だったかもしれない。こうしたままだと、彼も帰れずに困るとフィリアはぼんやり思い――そっと離れた。


 ジウスは嬉しそうにしている。それを見て、フィリアは遅まきながら自分のしたことを悟った。


 身体の奥が一気に燃え上がる。とんでもないことをしてしまった……とフィリアは焦った。


「あっ、わ、あっ、その……!」

「ふふっ……じゃあ、また明日ね」


 ジウスはそれだけ言うと、上機嫌に貴族街の街並みへと歩き出したのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


おもしろい、続きが読みたいと思って下さった方は、

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