31.趣味
フィリアがグラスを傾け、ワインを口に含む。さっぱりとした甘みとほのかな渋み。確かに口当たりは軽いが、奥行きのある味わいだった。
「んー……いいですね」
「ここはアルコールにも力を入れてるみたいだから、気になったのがあればどんどん頼むといいよ」
「このレベルなら期待できます……！」
フィリアがすぐ歩いて帰れる距離に、実家の屋敷がある。シェナにも今日は帰ると伝えているので、かなり飲んでも大丈夫だった。
とはいえ、一気飲みはフィリアの飲み方ではなかった。少しずつ、着実に飲むのがフィリアは好きである。
「前菜のハムとチーズの盛り合わせになります」
ウェイターが切り揃えられたハムとチーズの大皿を持ってきた。コース料理にしてはかなりの量がある。
各種ハムとチーズの組み合わせで、いくらでも食べられそうだ。さっそく、ふたりはハムとチーズに手を伸ばす。
「ここは見ての通り、ゆったりと美食を味わえる。追加の料理も結構充実しているよ」
「珍しいですね。コースで盛り合わせとは……」
「ここはアルコールにもかなり力を入れているからね。最初はお酒にあったものが出てくるんだ」
「へぇー……はむはむ……」
弾力あるモッツァレラチーズやブルーチーズ、さらに薄味の生ハムや燻製ハム。チーズとハムもくどい味ではなく、白ワインとぴったり合う。これでお酒が進まないほうがおかしい。
次にウェイターが持ってきたのは、茹でた白身の肉に深い紅色のソース、そしてキャビアが乗ったものだった。
「こちら、茹でたカニの身にトマトソース、キャビアを添えた前菜となります」
「わぁ、美味しそう……！」
「海という名前にふさわしいね」
ぷりっとした甲殻類の身に対し、それほどソースの量は多くない。期待に胸をふくらませ、フィリアは身とソース、キャビアをフォークですくいとり、口へと運ぶ。
カニの身は強烈な旨味が凝縮され、そこに酸味の効いたトマトソースがアクセントとして際立っている。さらにキャビアの塩気、ぷちっとした食感が最後の後味を残してくれる。
「カニもいいですね……。白ワインが合います」
「ああ、ここは名前通り水産物が美味しい。カニはそれほどメジャーではないけれど、きちんと調理されると格別だ」
「東方ではカニも食べますよ。高級食材です」
「へぇ、なるほど……。今度食べてみたいね」
フィリアは頭の中でカニ料理を検索する。
「簡単なものなら、しゃぶしゃぶがいいですかね。カニが手に入れば作れます」
「しゃぶしゃぶ？ ああ、それは美味しいだろうね」
「淡白系の肉なら、どれも合うはずです。出汁とタレは変える必要がありますが……」
話しながら、酒と食事を進める。ちょうどカニがなくなった頃にウェイターが次の料理を持ってきた。
「牡蠣とレモンクリームソースになります」
小さめの皿には、いくつもの大ぶりな牡蠣に乳白色のソースがたっぷりとかけられていた。よく火が通され、柑橘の香り際立つ湯気が立ち昇っている。
しかしフォークですくってみると、パサついてはおらず、牡蠣はまだぷりっとしていた。ソースによく絡めて噛むと、じわっと海の味わいとレモンの清涼さが口内を駆け巡る。
「うーん……これも美味しい。火加減が絶妙ですね」
「そうだね、ソースにもこだわってる……牡蠣の出汁を使っているのかな？ おっと、そろそろ追加のアルコールも頼もうか」
「いいですね……！ えーと……」
ちらっとフィリアはジウスを見る。メニューには発泡酒も取り揃えられていた。
ウィード人の間では発泡酒はそれほど重視されない。ウィード王国では元々、ワイン飲みのほうが遥かに比重が大きかったからだ。
「こちら、発泡酒をいいですか？」
「フィリアはそれもいけるんだね。じゃあ、私もそれにしよう」
意外なことにジウスも発泡酒に乗ってきた。
「ワインとは違う、あの味わいは私も好きだよ。なかなか、おおっぴらには言えないけどね」
それについてはフィリアも同じだった。ほろ酔い気分に浸りながら微笑む。
「ふふっ……お酒の趣味も合うんですね」
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