30.翡翠の海
数日後、フィリアはジウスとの待ち合わせ場所へと到着していた。フィリアの屋敷からもさほど離れていない、貴族街にあるレストランが待ち合わせ場所だった。
「しかし翡翠の海――聞いたことがありませんね」
フィリアにとって、ここら辺はほとんど庭と言っていい。待ち合わせ場所のすぐ近くには、フィリアお気に入りのパン屋もある。
「……建物はここでいいはずですが」
シェナの選んだドレスに身を包み、ジウスから渡された小さな地図を見る。深緑に塗られた4階建ての建物、間違いない。
だが看板はなく、一見してレストランのようには見えなかった。
と、黒塗りの魔術車が建物のすぐ近くに停まる。細長い馬車を改造した魔術車は、貴族街においてさして珍しいものではない。
ゆっくりと魔術車の扉が開く。
「フィリア、待たせたかな?」
王宮よりも年相応、ラフめの黒服を着たジウスが現れた。しかしそこでジウスの動きがやや止まる。
「ええと、私も今来たところですが……あの、普段着ないドレスで、その……」
もごもご。フィリアとジウスは特に婚約式もしていなかった。フィリアが畏まった席でドレスを着るにしても、ぴしっとしたものだけである。
こうした――デート用とでも言うべきドレスをジウスの前で着たのは初めてだった。
「よく似合ってるよ、フィリア。今回のために用意したのかい?」
ジウスが柔らかく微笑む。
「え、ええ……シェナのチョイスです。本当におかしくはありませんか?」
「いいや、全然。綺麗だよ」
「そ、それなら良かったです……!」
フィリアは内心、安堵した。
(どうやらセーフみたいです!)
とりあえず第一関門は突破した。錬金術の難しい実験で、良いデータを得られたのと同じ気分だ。
「それじゃ入ろうか」
「はい……! それにしても、ここは看板が出ていないレストランなんですね」
そのまま建物に向かうジウスにフィリアが並んで歩く。
「ああ、ここは紹介がないと予約が取れない。だから看板も出していないんだ」
「ほうほう……」
そうした店はもう少し貴族街の奥まった所に密集している。大通りに面した店としては珍しい。
「だけど料理は良いものを揃えているよ。あとは基本的に、静かな店だから」
黒と茶を基調にまとめられたシックな店内。壁が張り巡らされ、個室がほとんどのようだった。
ランクの高いレストランでは開放的なホールが多いのだが、翡翠の海は違うようだ。これなら開放的なホールと違い、知人友人が話しかけてくることもない。
そこに上品なウェイターが現れ、予約席に通される。ここも仕切りがあり、落ち着いて食事を楽しめそうだった。
「料理はコースだけど、アルコールは頼めるよ。どうする?」
「……そこそこ飲みたい気分ではあります」
ジウスでなければ、遠慮するところだが――フィリアは正直に言った。もう隠す必要もない。
酔いすぎるのはマズいだろうが……。
「なら、このプロマット地方の白ワインがいいな。今年のは軽いが味に深みがあって美味しい」
「では私もそれで……!」
フィリアはパカパカと飲むタイプで、それほど産地にはこだわらない。ほどなくしてソムリエがグラスと白ワインを持って現れた。
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