3.代償
それから半年、フィリアは宮廷錬金術師の勉強に没頭した。錬金術師の試験は座学の他にも実技があり、様々なことができるようにならなければいけない。
アトリエの机には細長いナイフが置かれている。フィリアが魔力で加工した逸品だ。
「これでどうかしら」
「とても高品質です。市場なら高値がつくかと」
シェナは刀剣類にも詳しい。優雅な手付きでナイフを手に取り、台に置かれた生肉を細切れにしていく。
「では、これはいつものように?」
「エイドナ家からだとわからないよう、こっそり市場に流して頂戴」
「承知いたしました」
「……モードの嫌がらせは、いつまで続くのかしら」
フィリアはため息をついた。ここ数ヶ月、スレイン大公家はエイドナ家の産出する小麦や香辛料を暴落させようと暗躍している。
もちろんフィリアを貶めるような噂も飛び交っていた。ほとんど社交界に出ないフィリアの耳にも入るレベルで、だ。
エイドナ家に出入りする商人や王都でも見境なく噂をばら撒いているらしい。
「お嬢様が宮廷錬金術師の試験に合格すれば、風向きは変わるでしょう。それまでの悪あがきです」
「そうね……。あともう少しで試験だもの」
フィリアは深呼吸した。座学も実技も問題はないはずだ。蓄えた知識、磨いた実技を携えれば合格できるはず。
アトリエの隅にはガラスケースがあり、その中にはフィリアが改良した稲が置かれている。大量の穂をつけて。
「改良した稲も、実ったしね」
◇
その夜、王都の社交界は揺れていた。めったに顔を出さない人物が姿を見せていたからだ。
「あいつは……っ」
令嬢達から黄色い歓声を浴びる、その人物が近づいてきてモードは顔をしかめる。
「最近、スレイン大公家は商売が好調で、多額の儲けを出しているそうだな。羨ましい限りだ」
毒を含むゆったりと甘い声。宰相ジウス・ガルシアがモードに呼びかけた。
淡い銀髪、鋭く尖った紺碧の瞳。モードも美形としての自覚はあるが、ジウスはさらに群を抜いている。
「これはこれは……ジウス伯爵。公務はよろしいので?」
「多忙を極めているが、少しは骨休めもしないとな」
元々、ジウスの父がこの国の宰相として辣腕を振るっていた。しかし急病で倒れ、その代わりとして嫡男のジウスが宰相になったのである。
もちろん最初はすぐに辞職するだろうと誰もが思っていた。毒蛇の住まう王宮にとって、ジウスは若すぎる――はずだった。
だが彼にとって、王宮は自分の力を試す場でしかなかった。今では彼の父が倒れたというのも、ガルシア家の高度な政治戦略であると信じられている。
「ところで知っているだろうか、昨今よからぬ商人が王都に出入りしているとか」
「……よからぬ?」
「どうやら小麦などの価格を不当に上下させている。そのせいで市場が混乱し、苦情が舞い込んできた」
モードは心中で毒づいた。もちろんフィリアに嫌がらせするためのスレイン家の差し金であるが、尻尾を掴ませるような下手は打っていないはずだ。
(単なる揺さぶりか、馬鹿め……)
「それは宰相殿も大変ですね。小麦はスレイン家の大切な商材。もし我らで協力できることがあれば仰ってください」
「それは好都合。その『よからぬ商人』は別件で密輸に関わっているようだ」
「密輸とは、事実なら捨て置けませんね」
モードは適当に受け流した。スレイン家は密輸には関わっておらず、どうやってもスレイン家の咎にはならない。
だがジウスは冷たい目のまま、言葉を返した。
「何年も前から密偵を進めて……やっと最近になって尻尾を掴んだ。大富豪のドミニカ、あなたの懐刀でしょう?」
「……!」
「金で何でもする輩は恐ろしいものだ。主人の預かり知らぬところでも悪知恵を働かせる」
ジウスはゆったりとワイングラスを掲げた。前々からモードの動きはお見通しだったとでも言うように。
「さて、では明日にでも協力してもらおう。ドミニカの身柄はすでに拘束しているのでね」
モードが父親のスレイン大公から謹慎を言い渡されたのは、それから3日後のことであった。
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